第4話 ジョギングデート

春風はるかくんがラインで送ってくれた待ち合わせ場所は、私達が住んでいるマンションと、春風はるかくん達が住んでいる団地の中間地点にある、かなり広めの公園だった。

日曜日の朝、私は待ち合わせ時間の10分前についてしまい、そわそわしながら公園にある時計塔の下で春風はるかくんを待っていた。

男の子からデートに誘われたのも始めてだし、ラインでメッセージや電話のやりとりはしていたけど、こうやって直接会うのは2回目。どんな顔をして会えばいいのか正直悩んでしまう。

前髪をさわりながら、脳内で何度も再会した時のことを想像してみるけど、どれも途中でぎこちなくなってしまって、恥ずかしさが込み上げてくる。私たちの普通ってどんな感じだったかなって必死に思い出そうとするけど、心臓がドキドキしていてなにも思い出せない。

私、春風はるかくんと普通に話せるかなって心配になり始めた頃、春風はるかくんがTシャツに短パンと言うラフな格好で現れた。私を見つけるなり、小走りで駆け寄ってくる。

「ごめん! 待たせちゃったかな?」

相変わらずの優しい顔でそう聞かれ、私は首を横にふった。

「ぜ、ぜんぜん待ってないよ! 今きたとこ!」

「そっか、良かった! 道、迷わなかった?」

「う、うん。地図送ってくれたから、大丈夫だったよ」

「そっか、そっか、良かった。なんだか今日は顔合わせの時とは違う感じだね。服装が違うからかな? アクティブにみえる」

私のことをまじまじとみる春風はるかくんの視線に恥ずかしくなってしまって、思わず下を向いてしまう。

今日の私の服装は、スポーツブランドのワンピースと、同じブランドのキャップを被っていて、足元はスニーカーをはいている。

なにを着ようか悩みに悩んで、華子かこに相談したら、服を貸してくれて全身コーディネートまでしてくれたのだ。

「わ、私運動する用の服がなくて華子かこに借りたから、いつもと雰囲気が違うかも……。へ、変かな?」

目をぎゅっと閉じて返事を待っていると、春風はるかくんが優しい声でこう言ってくれた。

「変じゃないよ。可愛い」

「か、かわ!?」

私は思わず顔を上げ、春風はるかくんをみた。目が合い、にこっと優しく微笑んでくれる。それだけでまた恥ずかしくなって、下を向いちゃったんだけど、春風はるかくんは嫌な態度を見せず、私の気持ちが落ち着くまで待ってくれた。

「あ、ありがとう。もう大丈夫。」

ドキドキする心臓を押さえてそう言うと、私は上目使いで春風はるかくんをみた。優しい目と、視線があう。

ドキッとして、顔に熱がこもるのがわかる。

「大丈夫? 走れそう?」

「う、うん! 大丈夫!」

勇気を出して春風はるかくんの目をみてそう言うと、嬉しそうに春風はるかくんが微笑んだ。

「じゃあ、公園をぐるっと一周、まわってみる?」

「う、うん!」

「それじゃ、一緒に行こう!」

そう言って春風はるかくんは私の手をとって走り出した。前を走る春風はるかくんの耳が、こころなしか、赤い気がする。かく言う私も、手から伝わってくる春風はるかくんの体温にドキドキしながら後に続いた。

春風はるかくんはいま、どんな顔をしてなにを考えているんだろう。

気にはなったけど、声をかける勇気がなくて、そのまま一緒に手を繋ぎながら走り続けた。

公園を一周するのに約30分。

スタート地点だった時計塔が見えたとき、春風はるかくんが徐々にスピードをおとしていって、時計塔の下で足をとめ、私の方を振り向いた。

未来みくちゃん、どうする? このまま走る? それとも少し休憩する?」

普段走りなれてない私は、足が震えてこれ以上続けて走れそうにない。膝に手を当て、肩で息をする。でも、春風はるかくんはまだまだ余力がありそうだ。どう答えようかなと悩んでいたら、春風はるかくんが、こう言ってくれた。

「汗がすごいね。ちょっと休憩しながら、水分補給しようか」

「ご、ごめん……! 私、思ってたより走れなくて……!」

恥ずかしくなって視線を地面に落とすと、汗がポタポタと落ちるのが見えた。

私、汗くさくないかな……!?

気になってこっそり、自分の匂いを嗅いでみる。けど、よくわからなかった。

未来みくちゃんは、なにか飲み物もってきた?」

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、春風はるかくんが穏やかな声で聞いてきた。顔を上げると、優しい目が私をみていて、心臓がドキっとなる。

「も、持ってきてない! 邪魔になるかなと思って……」

汗の匂いがしないか気になって、さりげなく春風はるかくんから距離をとってみる。

「俺も持ってきてないよ。キンキンに冷たいのを飲みたかったから、そこの自販機で買おうと思って、お金だけもってきた。未来みくちゃんはなにか買う?」

春風はるかくんは少しはなれた場所にある自動販売機を指差して、私に聞いた。

汗の匂いは気にしてないみたいだ。

「わ、私はいいや。お金持ってくるの、わ、忘れたし……」

アワアワしながらそう言うと、春風はるかくんがこう提案した。

「じゃあ半分こする? 嫌じゃなければ」

「は、半分こって……!」

か、間接キスになっちゃうよ~!

私は恥ずかしくなって春風はるかくんの顔がみれなくなった。うつむいてぐるぐると考える。こう言うとき、何て言うのが正解なんだろう……!

「スポーツドリンクでいい? ちょっと買ってくるから待ってて」

そう言って春風はるかくんは自動販売機の方へ走っていってしまった。

こ、これは今までの経験から考えるに、断れないフラグ……!

どうしよう、間接でもキスはキス。私のファーストキスが春風はるかくんとの間接キスになるの!?

春風はるかくんの事は嫌いじゃないし、むしろどちらかと言えば好きの分類にはいるけど、でもでも、間接キスになるのはこっちが緊張してしまって、飲めないよ~!

かといって断るのも春風はるかくんを傷つけてしまいそうで、何て言ったらいいのか悩んじゃう。こういうとき、華子かこならスパンと自分の意見を言えちゃうんだろうな。なんて悩んでたら、春風はるかくんがスポーツドリンクのペットボトル片手に戻ってきた。

「おまたせ、買ってきたよ!」

「お、おおおおおお、お帰りなさい!」

緊張して変な返答の仕方になっちゃった。

「ふふっ、ただいま」

春風はるかくんが爽やかに微笑みながらそう言うと、ペットボトルのふたを開け出した。

わわわ、どうしよう、どうしよう。

私はどうしようもなくなって、目をぎゅっとつむった。

ピト。

「ひゃっ!」

ほっぺにひんやりとした感触がする。

慌てて目を開けると、春風はるかくんが持っているペットボトルが頬に当てられていた。

「は、春風はるかくん!?」

私は驚いて春風はるかくんをみる。

春風はるかくんは少し心配そうに私の顔をみていた。

「少し顔が赤いね。熱中症になったら心配だから、先に飲んで」

そう言ってペットボトルを私に差し出した。

ぶわわわっと顔に熱が集まるのを感じる。

私、自意識過剰だったかもしれない!

間接キスにこだわってたのは私だけで、春風はるかくんは特に気にしてなかったのかもしれない。どうしよう、ご厚意に甘えて受け取ろうかな。でもそうなると、春風はるかくんが間接キスになっちゃう!

どうしよう!?

未来みくちゃん、どうかした? 遠慮しないで飲んでいいよ」

心配そうに見つめる春風はるかくんの視線が痛い。

「あ、あのっ!」

「うん。なに?」

穏やかに聞き返してくれる春風はるかくんに気後れしながらも私は勇気を出してこう言った。

「か、間接っ、き、きききき、キスになる、んじゃ、ないかと……!」

春風はるかくんの目が一瞬、見開かれた気がする。

顔が熱くて恥ずかしい。穴があったら入りたい。春風はるかくんは親切で言ってくれてるのに、私はなんて事を口走ってしまったのだろう。後悔先に立たず。私は恥ずかしくなってうつむいた。

「……だね。だから先、飲んでいいよ。嫌じゃなければ」

「えっ! でもそれなら春風はるかくんが間接キスになっちゃうよ……?」

思わずばっと顔を上げたら、口許を手でかくし、顔を真っ赤にした春風はるかくんと目があった。

「俺は……その、嫌じゃないから」

いいながら顔がみるみる赤くなっていく春風はるかくん。

つられて私の顔もボンっと赤くなった。

「い、いいの? さ、先にもらっても」

春風はるかくんは無言で頷いた。

よ、よし。の、飲むぞ。

私は腹をくくって、ご厚意に甘えることにした。

ごくごく喉をならしながら、ペットボトルの中身を飲む。なにも考えずに一息に飲み、ふはーっと口を離した。

「冷たーい!」

思わず漏れる感想に、ふふふと春風はるかくんが吹き出した。

「それはよかった。顔色、少しよくなったね、よかった」

ほっとした顔でそう言われると、良心がチクチク痛む。

「あ、あの! ありがとう。スポーツドリンクでのどが潤いました! これ、残り返します!」

目をぎゅっとつむって春風はるかくんに差し出す。春風はるかくんはなにも言わずにそれを受け取った。

私はゆっくり目を開けると、はにかんだ顔で春風はるかくんがこう念押しした。

「あ、あんまりこっち、みないでね?」

私は顔に熱が集まるのを感じながら、無言で頷いた。

それを見届けた春風はるかくんは、少し緊張した顔でペットボトルに口をつけようとした。

「や、やっぱりちょっと待って!」

私は慌ててペットボトルを両手でつかみ、ストップをかけた。

「ど、どうした?」

少し驚いた様子で私をみる春風はるかくんに、私は目をグルグルに回しながらこう口走ってしまった。

「は、春風はるかくん、本当にいいの? わ、私と、か、間接キスになっちゃっても!」

言ったー! けど改めて口に出すと恥ずかしい!

「俺は、嫌じゃないから、いいよ。未来みくちゃんは嫌?」

ほんのり頬を染めて言う春風はるかくんに、私は顔の熱を感じながら、首を横にふった。

「い、嫌じゃないよ! だけど少し……ううん、かなり恥ずかしいって言うか……その」

「嫌じゃないなら飲んでいい?」

コツンとおでこどうしがぶつかった。息づかいが聞こえるくらい近くに春風はるかくんを感じる。

「わ、私の目の届かないところで飲んでくれたら、い、いいよ!」

慌てて逃げるようにして後ろに後ずさった私を見て、ふふっと春風はるかくんが笑った。

「じゃあ、後ろ向いて飲むね」

「う、うん! わ、私も後ろ向いておくね……!」

こうして背中合わせになって、春風はるかくんはスポーツドリンクを飲んだ。

それからもう一周公園を走って、ジョギングデートはお開きになった。

別れ際、春風はるかくんが真剣な顔でこう言った。

「もしよかったら、なんだけど。またこうして会えないかな?」

「じょ、ジョギングするってこと?」

「それも含めて、その、デート、に誘ってもいいのかなって、聞いてる……」

顔をほんのり赤くさせながら、しどろもどろにそう言う春風はるかくんはレアだ。

そんな春風はるかくんを見て、私も顔に熱が集まるのを感じる。

「い、いいよ!」

私は、最大限の勇気を出してそう答える。

春風はるかくんは少し驚いたようにこう聞き返した。

「本当にいいの!? 無理してない?」

私は目をぎゅっとつむって、首を横にふる。

「よかった。嫌われたらどうしようかと思った……!」

ほっとして笑う春風はるかくんに、私の胸はときめいた。

「き、嫌いになんてならないよ! は、春風はるかくん、優しいし……!」

「そんなの、未来みくちゃんが可愛いからしてるに決まってるじゃん! 誰にでも優しいわけじゃないよ!」

「え、えええ!?」

「それでも、好きでいてくれる?」

少し不安げに聞いてくる春風はるかくんに、胸がキュンとなった。

「き、嫌いになんてならないよ!」

「じゃあ、好き?」

上目使いで聞いてくる春風はるかくんに、私は無言で頷く。

こうして初デートは無事に終わって、私たちはその日を境にお父さんたちには内緒で、付き合うことになった。

かっこよくて優しい王子さまみたいな春風はるかくんに釣り合うように、いまの自分をかえていこう。まずは髪の毛を切って、うつむく癖を直そうと決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初恋カルテット だんち。 @danti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ