第3話 地獄の覇者

 ”地獄の覇者ヘル・クラウン”はただの火炎竜ではない。火炎竜から稀に生まれてくると言われている伝説級の生き物。また、火炎竜の上位種と呼ばれる火焔龍だ。


 上位種はただでさえ珍しい。生まれてくるだけでも稀なことなのに、目撃情報があるとその希少な素材を求め、すぐに討伐隊が組まれ討伐されてしまう。それほど火焔龍とは珍しいのだ。

 だが、同族に育てられ生体となり、人を喰い名前を得てしまう。


 そんな完成された個体である地獄の覇者はじっと八咫烏の部隊を観察する。この慎重さがネームドまで至ることができた大きな理由だろう。


 それと同時にハジメも”地獄の覇者ヘル・クラウン”を観察する。そして指示を終えたシンパチが隣に並び、討伐の計画を立てる。

 ネームドと戦うのはこの2人だけ、あとの隊員は全員サポートにまわる。

 理由としてはこれが最善策であること。この2人以外に戦えるものがいないのもあるが、ただ邪魔になるのを予想していての行動である。


「それで、攻略法は思いついたかハジメよ。今回戦えるのはお主と我輩だけ、予想していたよりもネームドが成熟している。お主が観察を行い、何か思いつかないと危険な戦いになるぞ」


「わかっていますよ。しかし、さすがにまだ行動を開始していないネームドの弱点は分かりません。まずは様子を見ながら接近しましょう。囮はお願いします。それと守りを優先しますよ」


「あい、わかった」


 ハジメが若いながらも隊長になれたのはこの観察力のおかげと言っても良い。この特技だけは他の隊長だけでなく、八咫烏をまとめている局長すら認めているのだ。

 そして、シンパチは自分の腕よりもハジメの観察力を信じているので、文句も言わず指示に従う。


 ”地獄の覇者ヘル・クラウン”は今も何もない草原の上で大きな翼を羽ばたいている。これが障害のある地形なら隠ながら接近するのだが、今回はそうはいかない。

 なので、シンパチは真っ直ぐ進んでいく。策など何もない。しかし、この何もない今の場所に留めておかないと白髪持ちだけでなく街に行ってしまうので突っ込むしかない。


 だが、ハジメに言われた通り様子を自分なりに観察を行う。性格上様子を見ても意味はないのだが、根が真面目なのでしっかりと行う。


 ハジメはハジメで”地獄の覇者ヘル・クラウン”の様子を見る。ただただ見る。自分が接近しろと言ったのにノロノロと近づいて行きながらだ。これはハジメがシンパチを信頼している為このような行動が取れているのだろうが、外から見ていてハラハラしてしまうのは仕方がない。


 すると”地獄の覇者ヘル・クラウン”の喉元が真っ赤に光り始め、限界まで光ると口から直径2mの火の玉をシンパチ目掛けて吐き出す。いや、火の玉ではない。マグマの塊だ。それをギリギリでシンパチは避けきった。

 生成から発射までの工程が恐ろしく早い。この攻撃が続くと容易に近づけないと遠くから見ていたハジメは思った。


 一方シンパチは少し怖気付いていた。それはシンパチらしくないと思うも仕方がない。マグマなど初めて見たのだ。この国は火山が無いので仕方がない。そのシンパチを怖気付かせたマグマは地面に含まれていた水分を蒸発されながらグツグツと煮えたぎる。

 その独特な蒸気の匂いは魔物除けと違いシンパチの鼻に違和感を持たせた。これはあまり吸わない方が良いと。


 その間も地獄の覇者のマグマ玉がシンパチを襲う。後ろに逃げると蒸気で”地獄の覇者ヘル・クラウン”が見えなくなるため、右へ右へと進んでいく。


 しかし、囮の役目は着々とこなしていた。いつの間にか”地獄の覇者ヘル・クラウン”の後ろに回り込んでいたハジメが、あまり得意ではない魔法を唱えて中級水魔法である『ウォーターボム』を翼に向けて放つ。


 すると、想像以上の効果があり、”地獄の覇者ヘル・クラウン”が初めて大声を出しながら苦しみ始めた。火に水の相性が良いのは当たり前だが、試さずに決めつけるのは良くないという教えを守り、ハジメは行動した。


 しかし、当然のようにヘイトがハジメに向いてしまう。だが、ハジメは”地獄の覇者ヘル・クラウン”の背後にいるため振り向かなくてはいけない。その隙をシンパチは見逃さなかった。これまでの攻撃のお返しとばかりに氏繁を後ろ足に叩き込む。


「“星砕き”!」


 ”地獄の覇者ヘル・クラウン”から見てその小さな生き物から繰り出される威力とは思えない衝撃が、後ろ足に響いた。

 今まで感じたことのない痛みに”地獄の覇者ヘル・クラウン”は自ずと腹から声が出た。その咆哮はもの凄く大きく、もしかしたら街まで届き窓ガラスなど割ってしまったかもしれない。


 そして、いくらネームドの攻撃が届きにくい黒髪と言ってもこの咆哮は効いてしまった。耳がキーンとなり、何も聞こえない。耳から血が出ていないためそのうち治るかもしれないが、それを待つ時間など今はない。


 一方、”地獄の覇者ヘル・クラウン”は次の行動に移した。

 マグマ玉と翼を使って作り出す暴風を使って、広範囲にマグマをばら撒いていく。さすがにこれを避けることは難しいだろう。


 観察力に優れているハジメはそれを予想して、後方に下がった。シンパチに知らせる余裕などない。だが、シンパチは自分なりに防ぐだろうと思っているので、そもそも知らせようとは思わなかった。耳も聞こえないだろうしと。


 シンパチはと言うと、氏繁を盾にしてマグマを防いだ。少し痛むかもしれないが、後で研ぎ直せば良いかと思っての行動だ。だが、これ以上は耐えることができないとシンパチは感じる。


 しかし、恐れていた追撃はなぜか来ない。ハジメはそれを疑問に思い、すぐに”地獄の覇者ヘル・クラウン”の観察を行なった。すると誰が見てもわかるほど体の炎が収まっていることに気づく。喉の辺りなどあんなに真っ赤に光っていたのに黒くなっている。


 ここでハジメは思った。どうやらマグマは魔法で生成しているのではなく、マグマを作る器官で作っていると。それを喉でチャージを行い発射しているようだ。

 生成から発射の2工程ではなく、あらかじめ生成してそれをチャージ、その後発射の3工程のようだった。これでわかることは、マグマに限界があるってことである。


 ハジメは”地獄の覇者ヘル・クラウン”の羽ばたく音が聞こえてきた。耳が治ったようだ。すぐさまシンパチにこの弱点のことを伝える。


「先輩!どうやらマグマは使えないようです。しかし、どのくらいで生成されるか分かりません。攻めるなら今です」


「この愚か者が!」


「え...あ!」


 ここでハジメは自分の失態に気がつく。これが若さゆえなのか、勝利に先走ってしまったのか今まで当たり前のことを忘れていた。シンパチも珍しくハジメに叱責をする。


 それは、ネームドが人語を理解していると言うことだ。


 そのため、今まで2人は戦闘中に話をしていなかった。最初の頃はハジメも理解していたが、耳が治ったことに気がつられてついつい大声で弱点に気がついたことを話してしまったのだ。


「すみません!」


「言ってしまった以上仕方がない。攻め込むぞ」


 しかし、もう遅い。

 ”地獄の覇者ヘル・クラウン”はすでに逃亡の選択を選んでいた。ここまで上位種と珍しい個体がネームドとなれた理由として、臆病な部分が関係している。”地獄の覇者ヘル・クラウン”という名前だが、覇者としてのプライドは持っておらず、逃亡を迷わず実行する。


 幸いなことに街とは反対方向に逃げたので、障害物がなく追いかけやすい。2人は後先考えずに追いかける。

 だが、思っていたよりも簡単に追いついてしまった。


 実はというと、”地獄の覇者ヘル・クラウン”はマグマをエネルギーに変換を行い飛行を行なっている。そして、ハジメの予想とは違いマグマも生成しているのではなく、人が見つけることができていない活火山からマグマを持ってきて腹に溜めているのだ。


 故に、足の速い2人にとって背中を向けている”地獄の覇者ヘル・クラウン”は格好の的となってしまった。偶然が偶然を呼び、今有利な状況になったのだ。


「先輩、俺をあそこまで飛ばしてください。翼を折って、地面に落としてきます」


「わかった、氏繁に乗れ」


 ハジメはシンパチに言われるままに氏繁に乗る。この時氏繁とハジメを含めて容易に200kg超えているのだが、シンパチにとっては関係ない。日頃から自分の限界を超えた質量を持っている氏繁をシンパチは持っているので、腕は信じられないほど鍛えられていた。


 ハジメは50mほど打ち上げられ、”地獄の覇者ヘル・クラウン”の背中に華麗に着地する。さすがにまだ熱を感じるが、死ぬほどではない。それに感覚が鈍いのか背中にいることに気がついていないようだ。


 ハジメはすぐさま翼を見る。だが、よく見ると体の割に翼が小さいことに気がつく。火炎竜よりも3倍ほど大きい体に比べて翼の大きさは全く変わらない。この大きさなら飛ぶことはできないだろうとハジメは思う。

 だが、今までこのことに気がつかなかった事と飛べている事には理由がある。それは翼を炎で大きく変化させていたのだ。


 しかし、ハジメは焦らない。普通なら切ることのできない炎の翼を前にしていてもだ。

 それがなぜかというと、ハジメが持っている矛が理由だ。


 ハジメの矛の名は“鬼神丸きじんまる”。シンパチの氏繁と同様に名前の由来は遥か昔に忘れ去られているのだが、真っ赤なこの魔矛は不可能を可能にする。


 鬼神丸の特性は、『無形切断』。形のないものでも斬る事ができる。


「“酒呑次元斬”!」


 ハジメが斬った炎の翼は横に真っ二つにされ、飛行できなくさせた。別れた炎は”地獄の覇者ヘル・クラウン”からの接続が切られ散り散りとなっていく。


 翼を失った地獄の覇者は自由落下で落ちていく。そして”地獄の覇者ヘル・クラウン”は後ろ足で着地しようとするも、後ろ足はシンパチによって叩き斬られているので着地に失敗する。

 骨がいくつも折れた”地獄の覇者ヘル・クラウン”を待つのはこれまたシンパチ。


 今度は腹に“星砕き”を喰らわせる。


 だが、攻撃があまりにも通らない。その理由がシンパチにはわからなかった。しかし、もう1人の隊長にはその理由がわかっている。


「感覚が鈍いのでどうやら体はマグマが冷え固まって鎧のようになっています。喉を狙ってください。マグマをチャージする時に外からでも中の光が見えました。なので、皮が薄くなっています」


 ハジメの絞り出した声が聞こえる。”地獄の覇者ヘル・クラウン”にも聞こえているがもう体が動かない。防ぐことはできないのだ。

 そして、ほぼ無傷の男がすぐに動く。


「我が必殺の、“星砕き”!」


 本日3回目の必殺技は”地獄の覇者ヘル・クラウン”の首を叩き切った。それと同時に首がその衝撃で飛んでいった。確実に倒す事ができただろう。


「やりましたか?」


「ああ、確実にな」


 ”地獄の覇者ヘル・クラウン”の背中で身動きが取れなかったハジメが出てくる。骨がいくらか折れたと言っているがシンパチから見て大丈夫そうだと判断した。


 ハジメも周りを見渡す。いつの間にか草原から出てしまっているようで小さな木が生えている。しかしハジメ達が暴れたためすでに折れていた。

 それに”地獄の覇者ヘル・クラウン”の血が広がっている為すごく鉄臭い。この匂いだけは慣れないと2人は心の中で思った。


 少し落ち着いたところでシンパチが笛を鳴らす。3回慣らしたので戦闘終了の合図だ。2番隊と3番隊の隊員がすぐさまやって来て2人の介抱と”地獄の覇者ヘル・クラウン”の死体回収を行う。ハジメとシンパチの仕事はここまで。いつもこの先は部下に任せている。


「やっぱり2人はきついですね。3部隊以上での活動にした方が良いと思いますよ。あとで副長に言っておかないと」


「そうだな余裕で相手できる程度が丁度いいと聞いた事がある。それよりもハジメ、よくやった!」


「はい、先輩もお疲れ様です」


 2人は互いに称え会い、握手を交わした。


 そして、そこからの展開は早かった。回復魔法のために教会に行ったり、”地獄の覇者ヘル・クラウン”の死体を売ってくれと言ってくる商会と話したったり。まずは局長に見せないといけないから無理とシンパチが怒ったり、それをハジメが抑えたり、しつこい商会をシンパチが殴ってしまったり、それをハジメが抑えたり、ハクの姉の結婚式でシンパチがはしゃいだり、それをハジメが抑えたり、忙しい一週間となった。


 だが、あっという間に任務期間が終割、お別れの時間がやって来る。


「じゃあね、ハク。あまり無茶をするなよ。村からあまり出ないように」


「わかっています。これからは姉に頼らず生きていくと宣言したので、これで死んだら笑い者ですよ。なので無茶はしません」


「そうか、そうだよね。あとその服似合っているよ」


「ありがとう」


 今のハクは新しく買ったボディーラインがくっきりしているセーターのような服を着ている。暇だったのでハジメもついて行ったのだが、ハクが選ぶ服が全部こういった体のラインがわかりやすい服を選ぶので、元からこういう服が好きだったのだとハジメは思った。

 ハジメもハジメでこういう服を着た女性が嫌いではないので、止めない。


「じゃあ、またね」


「はい、また」


 こうして、八咫烏2番隊と3番隊は八咫烏の本拠地がある王都に”地獄の覇者ヘル・クラウン”の死体が乗った荷車を引いて帰ることになった。

 これで今回のネームド“地獄の覇者ヘル・クラウン”討伐任務完了である。


 この時、あんなに仲良くなったのなら別れのキスくらいないのかとハジメが思ったことはハジメ以外誰も知らない。

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ネームド特化の黒髪軍隊〜王家直属の特殊生物抹殺部隊〜 @maryunosuke

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