第2話 馬車旅と正体
見渡す限りの大草原、晴天の空、居心地の良い気温。部下と美女の乗った馬車を引き連れ、たまに出てくる小動物を笑いながら追い払ってゆったりと次の街に向かう。
はずだった...
馬車と一緒に出発した瞬間どこから出て来たのかわからない魔物や肉食動物がわんさかと現れる。陸から空から地中から。そこまでして白髪持ちを襲わなければいけないのかとハジメとシンパチは心で思ってしまうほどの異常事態。
馬車の足がシンパチの大剣によって少し歪み、ゆっくりとしか進めなくなってしまった為逃げるという選択肢がなくなってしまった以上戦うしかない。
隊長と同じくほんわかじている隊員は文句も言わずに従う。そして護衛をすることを言い出したハジメは人一倍頑張った。
だが人間疲れてくるとイライラしてしまう。
「何だよこれ!こんなに出てくるとは聞いてないよ。先輩ももっと真面目に戦ってください!このままだと全滅するかもしれません」
「こんな雑魚どもで全滅など笑われ者だぞ!ふざけたことを言わずさっさと手を動かせ!そもそもこれはお主が計画したことだ!」
「了承した時点で共犯ですよ。てかよくこの家族はこうなることをわかって進もうとしたな。信じられない!」
「今日は少ないほうですなぁ」
「尚更だな」
珍しくシンパチも呆れながら持っている大剣を容赦なく叩き込む。ここら辺に出てくる魔物はそこまで強くないので、一振りで何体もの魔物を葬り去っていく。
シンパチの愛剣である大剣の名は“
氏繁にはある特性があり、それは『質量変化』。だが、質量を使用者が変えられるわけではない。質量は使用者によって氏繁が決めるのだ。
しかも、皮肉なことに使用者のギリギリ持てない重さに変化する。なので、持つためには自分の限界を超えなければならない。
氏繁を持っていると言うことはその自分の限界を超えた強者を意味する。
その強者であるシンパチの渾身の一撃は大地を砕いた。
「我が必殺の、“星砕き”!」
シンパチの一撃により後ろから襲い掛かろうとしていた魔物と肉食動物は跡形もなく吹き飛んでいった。これを狙ってずっと集団の後ろを意地でも譲らなかったのだろうとハジメは思う。
「これである程度大丈夫だろう。まだ出発してから1時間も経ってないが休息を取るぞ。到着するまで時間がかかるかもしれないが仕方ない」
「そうですね先輩。時間がかかると言っても明日の昼までには着くと思いますし、俺たちの任務は後一週間あります。慎重に行きましょう。それにしても先輩の一撃はさすがの一言ですね。この後片付けを誰がするかで揉めそうですけど」
「本当に凄いですね。白髪の私にはわからないのですが、これなら髪色なんて関係ないじゃないですか。それに今更ですけどあなた達の黒髪って何特化なのですか?あなた達は私たちの白髪に驚いていましたが、私は黒髪なんて生まれて初めて見ましたよ」
白髪の女性はあれから2人の会話にちょくちょく入ってくるようになった。最初の頃は無愛想だと思っていた2人だったが、時間が経つに連れて会話が増えて来たので、緊張していただけだったのかと思う。実際に心を開いたのだろう。
女性の名はハクと言い、何とまだ14歳だと言う。その発育の良さにハジメは心底驚いてしまった。だが、顔には出さない。女性と付き合ったことがない初めはハクにそれがバレたくなかったのだ。
14歳の子がそう言うことを気にするわけがないのに。
「まぁ、黒髪は少ないらしいからね。なんか聞いた話だと黒髪が劣勢遺伝子だとか何とかで、他の髪色持ちと結婚しても黒髪の子供が出来にくいらしんだよ。俺はあまり頭が良くないから詳しくはないんだけどね。それにこのレベルの魔物とかは属性が合っていたら子供でも倒してしまうからそこまで凄くはないかな」
「よくわかりませんが、そうなのですね。都会の方はそう言った難しい研究が進んでいるのですか」
「いや、これは王都とかどうかとかではなくて、同じ軍隊の隊長に聞いた」
「難しい話など今はよい。2人とも休息を取らぬか。後で便所と言ってもすぐには出来ぬぞ」
「そんな子供じゃないんだから。それにあまり女性の前でそんな話しないで下さいよ。だから部下に嫌われるんですからね」
「我輩と部下の関係は今はどうでも良いではないか。それに我輩の優秀な部下がこれを完成させた。これで少しは動きやすくなるだろう」
シンパチが持って来たのは魔物のある体液を使って作った魔物除けだった。それを躊躇無く握りつぶし魔物除けを馬車の屋根や車輪などに塗りたくっていく。
「くっさー!!!ちょっと使う前に持ち主に使うかどうか聞いてくださいよ。それにこれ本当に効果あるんですか?こっちには白髪持ちがいるんですから」
「そんなことやってみないとわからないものだぞ。トライアンドエラーだ!」
「どこからその自信が来るのですか?まぁ、やったしまったから後戻りはできませんね。このまま行きましょう」
そう言いながらもハジメを含め、シンパチ以外のメンバーと白髪持ちの3人は鼻を覆うように顔にバンダナを巻いた。
この激臭を気にしないシンパチの鼻は異常だ。
「それでは最終発だ!全員隊列を組み直せ!」
魔物対策を終え再出発を行う一同。本当に魔物除けの効果がわからないが、実際に魔物が減ったようになったとシンパチは感じた。
その前にハジメが馬車を囮とした戦術をあみ出し戦いに余裕が生まれたので、ハクと会話ができる機会が増えた。
「なら皆さんはネームドという魔物を討伐しに来たということですね」
「そういうこと。ハクはここら辺に住んでいるなら聞いたことないかな?誰も倒すことができない強い魔物のことを。俺たちはここら辺に目撃情報があること以外何も情報を持っていないんだよね」
「聞いたことないですね。ここら辺の1番強い魔物は火炎竜なのですが、1ヶ月前にも赤髪持ちの人が数体討伐して行ったので、誰も倒すことができないということはありませんね。そもそもネームドとは何なのでしょうか?誰にも倒すことができない魔物ということですか?」
「まぁ、定義で言うと1000人以上の人を喰った魔物をネームドと言って、個体名が名付けられるんだよ。その名前は黒髪にしかわからない。その代わり俺たちに討伐される対象となり、世界から嫌われる。これを国は“神の呪い”と呼んでいるんだ」
「“神の呪い”ですか。それは本当に神からの呪いなのでしょうか?呪いで名前を付けられるっておかしくないですか?」
「良いところに気がつくね。王都でも色々な意見があるんだよ。“神の呪い”以外にも“魔王の祝福”とかね。でも“魔王の祝福”とかの考え方は絶対に認めて貰えない。その気持ちは十分にわかる。だって人を1000人も殺している奴が、魔王でも悪魔でも祝福を貰うなんて認めたくないからね」
ハジメの顔が険しくなる。何かネームドに思うところがあるのか遠くを見ていた。ハクもその空気感に黙ってしまう。シンパチも同意見なのか何も言わない。
ハジメは幼い頃、親友をネームドによって失っている。その親友を殺したネームドは当時の隊長格の黒髪に討伐されたのだが、その事故をきっかけにハジメは八咫烏に入隊した。
なので、ハジメの目標はネームドの殲滅となっている。
シンパチや他の隊長もお金や名誉ではなく、自分だけの戦う理由を持っている。逆に持っていないと隊長までなることはできない。
「こんな話をしている間にも魔物はどんどんやってくるね。これ本当に今まで無事に生きていられたね。どうやって生活していたんだ?」
「実は裏があるのよ。この白髪はね、実は魔物や動物だけじゃなくて人も寄せ付けるの。今回みたいにね。だから意外と守ってもらえるの。でも、たまに報酬を貰おうとする人がいて、この間なんて私の体を触ろうとして来たのよ!だから警備員に連れて行ってもらったわ」
「まぁ、14歳にしてはエッチな体しているからね。もう少し大きな服を着れば良いのに」
「お金がないのよ。でも街に着いたらおじいちゃんに初めて服を買ってもらえるから楽しみなの」
「へー、よかったね」
そうこうしていると周りは暗くなり、野営の準備をしなくてはいけなくなった。今日はここまでだとシンパチが判断する。ハクの村から街までの距離を2/3ほど進めただろう。今のところ順調と言っていい。
野営はテントを張らずに結界を張る。この世界には魔力が漂っており、それを利用して結界を張っている。当然だが魔力は人の中にも存在し、ハジメとシンパチはこの手の部類が苦手なので、魔法関連は部下がやってくれる。
結界は魔力を込めた杭を4つ地面に刺すことで発動する。この際も魔力を込めた術者の髪色の属性に反映される。ネームド特化はこういう時意味をなさないので、今回も茶髪持ちに魔力を込めて貰った杭を利用しているのだろう。
ベテランが多い3番隊が中心となり夕飯の準備を行うのだが、ここでめんどくさいのがシンパチだ。なぜかこの見た目で料理にうるさい。
なのでハジメはこういう時1人の時間を過ごすようにしている。しかし、今日は1人ではない。
「これから何しようとしているの?」
「別に先輩から逃げているだけだよ。それと一応言っておくけど結界から出ないでね。君たちが死ぬと今までの努力が無駄になってしまうから」
「結構心配性だのぅ、少年よ。こう見えて魔物から逃れることについてはこの中でも1番じゃよ」
ハジメとハクが話していると老人とその妻がやってくる。2人と話していると絶対にそばに来るので、何か警戒されているのではないかとハジメは思った。移動中も馬車を操縦しながらチラチラと2人の様子を見ていたとを思い出す。
「別にそこまで心配はしてないかな。見張りは俺たちがするけど一応寝るときは警戒しておいてくれ。あ!飯が出来たみたいだから行こうか」
「はいなのじゃ」
シンパチの作った無駄に美味しい夕飯を食べ、見張りのもの以外は床に着く。見張りは隊員全員で行うのだが、隊長クラスは免除される。
夜は昼よりも魔物が活性化され、大量に押し寄せてきたが結界を越えることができるレベルの魔物は現れなかったので、無事に夜が開けた。相変わらず魔物の体はガリガリだ。
「それじゃあ、出発するぞ。気合を引き締めて行こう」
「「「「「はい!!!」」」」」
結界を越えられず溜まっていた魔物を駆逐してから出発をする。魔物がわんさか襲ってくる以外は問題ない。魔物除けは臭いが鼻が壊れもう全員慣れてしまった。
「それで聞いてなかったけど、今から行く街ってどんな街だっけ?本当に今更だけど」
「オウシェンというここら一帯で1番大きい街じゃ。王様から任命された代官様が統治を行っているのう。こんな何もないところでも栄えていると言うことは実力者ってことになるのじゃ」
「なるほどね。お!あれじゃないか?なんか見えてきたぞ」
「目が良いのう。確かに見ようと思えば見える距離ではあるか」
やっと街が見えてきて安堵する一同。さすがにここまで全員戦い続きだったので街に着いたら明日まで休息にしようとハジメは考えていた。
あと、ネームドが寄ってこなかったので作戦を練り直さなければならない。また1からになる。
そう考えると東の方から強風が吹いてきた。その強風は熱を含んでいる。シンパチは異変に気づきすぐに戦闘態勢をとった。
「なんだ?この風、暑いぞ!」
ハジメはその異変に気づくもまだそれが何なのかわからない。これが若手とベテランの違いなのかもしれない。
「ネームドが来たぞ!戦闘態勢を取るのだ!2番隊の数名は馬車を護衛して後方に下げさせろ!街には絶対に近づけさせるな!」
シンパチの目線の先には大量の炎を纏ったドラゴンが飛翔していた。羽ばたき一つで熱波が届き、呼吸がしづらくなる。
その姿を見てようやくハジメたちはネームドの正体を知った。
その正体は火炎竜の上位種である火焔龍のネームド、“
ついに八咫烏の2番隊と3番隊は
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