エピローグ 800年先の未来でもイジョウな二人は愛し合う

 「本当にこんな田舎にある神社の奥に怪物のつがいなんて居るのかよ」

 「良いから黙って着いてきなさい。アンタにはこの月光シグレ様に付き合う義務があるのよ」

 「へいへい」


 この世界は未知の出来事で満ちている。

 私が勝手に作った格言だ。


 西暦2824年の現在日本は沢山のテクノロジーに支えられ、誰一人として不便な思いをしない暮らしが実現されている。


 そんなに技術が進んでしまったものだから、人々は『オカルトの類は全て科学で解明できるくだらないもの』なんて悲しい認識を持つ人ばかりになってしまった。

 未知へのロマンを忘れてしまったのだ。


 だけど私は違う。

 今もロマンを忘れぬ真のオカルトマニアなのだ。


 「にしても、シグレも懲りないよな~」


 「あったり前でしょ。親がなんと言おうと世間が何と言おうと、この月光シグレ様は未知の出来事と遭遇するまであきらめないんだから。アンタにも手伝ってもらうわよ、レイジ」


 「強制かよ。まぁ、シグレは顔が良いから一緒に居るだけで役得だし、別にいいけど」


 私の後ろをついて来るお供はそう言ってヘラヘラと笑っていた。

 

 私は改めて今回の目的をおさらいしようと、バックから一つの古臭い日記帳を取り出した。

 日記帳のタイトルには『シンガン活動報告書』と書かれている。

 私がオカルトを好きになる切っ掛けをくれた本だった。


 「たしか、シグレの先祖が超能力者だとかなんとか書いてる日記帳だったっけか?」


 「そうよ。この日記帳には私の先祖である月光氷雨って人が出会った超能力者やその他超常現象についての記載がまとめられてる凄い物なんだから」


 「へぇ、そりゃ凄い。でもさ、そう言うのってご先祖様が作った妄想ノートだったってオチも考えられる訳じゃん。良く夢中になれるよな」


 レイジは少し呆れたような口調でそう言った。

 きっと今私に付き合ってくれているのも、私がオカルトに興味を無くすまで見守っておかないと心配って魂胆なんだろう。


 いい度胸じゃない。

 私はこの状況を利用して逆にアンタをオカルトの沼に引きずり込んでやるんだから。


 「んで、今日はつがいの化け物を探しに行くんだったか?」

 「そう!!月光氷雨が唯一対処できなかったって日記に記したヤバイ奴を探すの!!」


 私はバラバラと日記帳をめくり、目的のページを広げてレイジに見せつける。

 そこには、晩年の月光氷雨が書き記した怪物の番についての記述が掛かれていた。


 月光氷雨と怪物の付き合いは約80年にも及ぶものだったらしい。

 

 怪物の男の名前は牛草秋良。

 怪物の女の名前は牛草ファナエル。


 彼等はとある事件を得て泥にまみれた人型の化け物に変貌してしまった存在。

 化け物に変貌してからは年を取らず、姿も変わらず、互いを愛し合いながら生きながらえて来たという。


 「まぁ、ざっくり言うと不死身のカップルが存在するって訳。この記述通りだと不老不死っぽいし、800年後の今の世界でひっそりと生きていてもおかしくない」

 

 「はぁ。それで」


 「それから私は色々と調べつくしたの。そうするとね、現存するオカルト話の中にこの化け物と特徴が同じものを語っている話がいくつかあったの」


 「なるほどな。その話の舞台が目的地の神社付近だったわけだ」


 そんな話をしている間に私達は目的地に到着した。

 私が調べた情報によると、この神社の奥の森を進んで少し東に歩いた所に行けば良いはずだ。


 ずっと求めていた未知の存在が近くに居るかもしれない期待感。

 私はたまらず、レイジの制止を振り切って走り出した。


 「今回は合えるかな~。待ってろ未知の世界!!」


 軽い足取りで森の中を走っていく。

 ここを抜ければ目撃があったー


 「あれ?」


 瞬間、私の視界がグルリと急変した。

 視界の端には黒いヘドロ。


 もしかして、足滑らしちゃった?!

 まずい、こんな所で転んだら!!


 「おっと危ない。だから言ったろ」


 そんな声と共に私の体をレイジが支えてくれる。

 どうやら後ろから走って私に追いついてくれたようだ。


 「あ、ありがとうレイジ。おかげで助かった」

 「気を付けてくれよ、全く」


 レイジはまたも呆れた顔をして私にそう言った。


 「しかし、シグレの足に着いてるこのヘドロ、こんな森には無いはずなんだがな」

 「そう言えば……こういうか、この泥あそこから流れてきてない?」

 「迷惑系の配信者たちが片付けもせず残していったのかもな」


 レイジはそう言いながら泥の流れる方へ歩いていく。

 ちょっと待ってよ、と声をかけて私もその背中を追った。


 その最中、何か不気味な音が聞えた。

 低く震えたような人の声、グシャリと音を立てて何かを食べる咀嚼音。


 気づけば私の体はブルリと震えていたのだ。


 「ね、ねぇレイジ。なんか聞こえない?」

 「何かって?」

 「その……聞くだけで不気味な音とか」

 「こんな状況になってもオカルト話か?お前本当に好きだな」

 「違うの、そうじゃなくてー」


 私の話を適当に流してレイジは前に進む。

 気づけば私達の足元は黒い泥で満たされていた。


 ガサリと草をかき分け、私達はついにヘドロの流出源にたどり着いた。

 そこで待っていたのはー


 「ねぇアキラ、美味しい?」

 「うん。この前に食べた果実より好きかも」

 「そっか。それじゃ、しばらくはこの森で過ごそうよ。人も来ないしアキラが好きな果実も沢山あるよ」


 黒いヘドロにまみれた体を持つ2体の怪物が、幸せそうに食事をしている光景だった。

 美味しそうな果実の料理に黒いヘドロがべっとりと乗った見ただけで吐きそうな料理を、その二体は互いに食べさせ合っている。


 「あ……」

 「へ……マジ?」


 私とレイジはしばらくの間、声を殺して突っ立ていた。


 なんか、奇妙な気持ち。

 

 あの怪物達を見ているだけで不安な気持ちに、恐怖に包まれた気持ちになるのに……どこか、胸焼けするほど仲がいいカップルを見ている様な感じがする。


 そっか、これが日記帳に書いていたつがいの化け物か。

 私が生まれるずぅっとずぅっと前から、この2匹はこうやって互いを愛し合いながら生きてきたんだ。


 「おい!逃げるぞ」

 「へ?」


 思わず見入っていた私の腕をレイジが掴み、逃げる様に走り出す。

 レイジはあの化け物に見つかりませんようにと小さく呟きながら、神社があった所まで急いで戻ったのだ。


 「はぁはぁ……まさか、あんなのが実在するとはな」

 「私もビックリしてる。未だに胸がドキドキしてるよ」

 「ハハハ……にしても、異常な光景だったな」


 レイジは冷や汗を流している。

 その目の奥にあったのは恐怖。

 それはあの化け物を異常で恐ろしいものと認識している証だった。


 「確かに、見てくれは異常だったね」


 でも、私はー


 「でも、きっとあの怪物達にとっては、あれが正常な愛情表現だったんじゃないかな」


 ほんの少しだけ、あの恐ろしい化け物に……800年間一途に互いを愛し合っているあの化け物に心惹かれていたのだった。

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【完結】俺の彼女はセイジョウです アカアオ @siinsen

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