最終話 この恋路がどれだけ異常でも、俺達は幸せだった

 「あ~あ。負けちゃったか」


 白く染まった視界が晴れる。

 声が聞えた方向には、地面に大の字になって寝ているロキが居た。


 そう、俺達は勝ったのだ。

 俺とファナエルの二人の力で、最大の障害であったロキを押し返した。


 互いの無事を確認する様にファナエルと顔を合わせ、足取りを揃えてロキの居る場所へ向かう。

 彼女は虹色の髪を持つ神の姿でも無く、昔の俺を模倣した姿でもない、只の人間として……俺の妹として過ごしていた時のあの姿で俺達を待ち構えていた。


 「なんでその姿に?」

 「嫌がらせだよ。私はもう再起不能だからね」


 彼女は不敵に笑って俺を見つめていた。

 俺はただただ静かに、変化した左腕を彼女に向ける。


 俺はもう、いつでもコイツを殺す事が出来る。


 「やっぱり甘いね。中身の『私』をどれだけ嫌っていても、この姿の『僕』を殺すのには抵抗があるんでしょ」


 「……そうだな。やっぱり殺す事には慣れない。でも、いつお前が牙を剥くか分からない事ぐらいはちゃんと理解してる」


 「そう。覚悟はしてるんだね」


 それだけ言うとロキは静かに目を閉じた。

 その行動は、さっさと殺せよと俺を煽っているようにも思えた。


 震える手を必死に抑えてロキを見つめる。

 大丈夫だ、今までだってやってきたんだから。


 「私の為にアルゴスを殺してくれた時も、こんな感じだったんだね」

 「ファナエル」

 「もうアキラを一人にしないよ。今まで間違ってきた分、今度は恋人らしく一緒に苦しむから」


 そんな俺の手に、ファナエルの蛇達が絡みついてきた。


 「もし、今日の事を後悔する日が来たら私に言ってね」

 「後悔なんかしないさ」

 「そう言ってくれると思ってた」

 「思ってたのに聞いたのか?」

 「ごめんね。私、悪い彼女だから」


 ファナエルはそう言って柔らかく笑っていた。

 いつもは暗く過酷な殺しの場面において、彼女のその笑顔は生暖かく俺の心を包み込んでくれた。


 「もういい?話が済んだならさっさとしてくれる?」


 そんな俺達の会話を良く思わなかったのか、ロキはうんざりとした顔をして俺達にそう言った。

 

 今のロキの姿を見ていると、俺の覚悟が何処かで揺らいでしまうかもしれない。

 俺がファナエルと添い遂げる為にも、その覚悟が揺らぐことはあっちゃいけないよな。


 チラリ。

 ファナエルと顔を合わせる。


 俺達二人はゆっくりと呼吸を合わせて自らの手を上げた。


 「それじゃ、最後に『僕』からのプレゼントだよ」


 俺達の手がロキの体に向けて落下するその途中、彼女は不意に言葉を放った。


 「秋にぃ、ファナエルさん。きっと今後も君達の決断を非難する人はいっぱい出ると思うけどー」


 その言葉は命乞いの類ではなくー


 「そんなの全部無視しちゃってさ、ちゃんと幸せになってね」


 後味の悪さを最後に残そうとしたロキの置き土産であり、彼女の中にあった牛草斬琉キルの最後の言葉だったのだろう。

 

 俺とファナエルの手が彼女の体を穿つ。

 ベチャリと気持ち悪い肉片が俺達の体に降りかかった。


 「大丈夫?」

 「うん……アキラが隣に居るから」

 

 死体になったロキの体からゆっくりと離れる。

 震える互いの手をぎゅっと握りしめながら。


 「相手がとんでも無い神様だったとはいえ、人の見た目をした生物が目の前で死ぬのは中々堪えるものがあるな」


 その声が公園に響いた瞬間、ビュンと耳障りな音が鳴る。

 その音に合わせて数十人は居るであろう人々が瞬間移動で俺達の前に現れた。


 「随分と慎重にタイミングを見計らったもんだな」

 「言っただろ、お前がロキを仕留めしだい俺達で弱ったお前を捕まえるってな」


 警察と思われる人間が複数人とシンガンの4人、彼らが俺達を取り囲む様に配置に着く。

 その中で指揮を取りながら俺に声をかけているのは雄二ゆうじだった。

 

 「お前たちは完全に包囲されているってやつだ。俺達もだいぶ満身創痍まんしんそういでな、大人しく捕まってくれるなら助かる」

 

 「もし捕まったらどうなる?」


 「とりあえずお前ら二人はそれぞれ独房行きだ。その後の処罰は偉い人が頑張って考えてくれる」


 「そうか」


 満身創痍とは言っていたが、あいつらの負担の重さが分からない。

 少しでも逃げようとすれば超能力を介した攻撃をしてくるのか、もう満足に超能力をつかう余裕すらないのか。

 他人の心の声が聞えなくなった今の俺ではそれを判断することすら難しい。


 「なぁ、ファナエル。一つ我儘言っても良い?」


 「何?」


 「こういうのってさ、罪から逃げるほどしんどくなるんだ。どれだけ幸せな生活を送っていても、ふとした瞬間に罪悪感と言う名の悪魔が心を刺してくる」


 「……うん」


 「でも、俺はここから逃げ出したい。せっかくファナエルを救えたのに、ここで捕まって終わりなんてそんなの嫌なんだ」


 「アキラ」


 「だからさ、きっと辛い旅になると思うけど……俺と一緒にここから逃げてくれないか?」


 これが俺の出した答えだった。


 ここで逃げ出すのが悪手かどうかなんて分かりっこない。

 だったら自分の気持ちに従うべきだと思ったんだ。


 「そんなの良いに決まってるよ」


 瞬間、ファナエルの右肩から生える蛇達が俺の体にグルリと巻き付いた。

 彼女の左腕となっている骨の羽がバサリと羽ばたき、周囲に強力な風の渦を発生させた。


 「今までアキラが私の為にしてくれた分、今度はちゃんと返していくから」


 その風の渦に乗って、俺を抱えたファナエルの体が空を飛んでいく。


 「ッ待て!!」

 「雄二ゆうじ、無茶なのですよ!!」

 「それでも今動けるのは俺しか居ないだろ」


 ビュン、ビュンと音を立てて雄二ゆうじが迫って来る。

 だけどファナエルはそれをものともしないスピードで空を舞う。


 高く、高く、地上の誰もが届かない所まで。


 「こんな高い所に来たのは初めてだ」

 「私も、羽を無くしてから随分と久しぶりに空を飛んだよ」

 「その羽、こんなに綺麗に空飛べるんだ」

 「堕天使だった頃は片羽で上手く飛べなかったんだけどね。アキラが一緒に居てくれるお陰かな」


 彼女のうでに包まれながら、俺達は二人しかいないこの空をしばらく見つめていた。


 「ねぇアキラ。次は何処に行くの?」

 「そうだな……人気ひとけの無い山奥とかに行かないか?今度は二人だけで、ゆっくり過ごしたい」

 「分かった。でもこの町から遠い所まで行くよ、それまでしっかり私に捕まってて」

 「うん、了解」


 きっともう、この世界に俺達二人を助けてくれる存在はもういない。

 俺達二人の恋路を応援してくれる存在も居ないだろう。


 でも、それで良いんだ。

 俺とファナエルの二人さえ揃っていれば、その先に待つのがどれだけ残酷で過酷な運命でも幸せな生活を送る事が出来るのだから。

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