【ロキSIDE】愛は理論を越えられるかな?

 「へぇ、案外威力が出るもんだね」


 正直な話、今の牛草秋良は弱体化してると思ってた。

 だって、元が世界を書き換える災厄なんて仰々しい存在だよ?

 それがゾンビの体に手を加えた程度の化け物に変化した‥‥‥弱くなっていると考えた方が自然だ。


 だから簡単に勝てると思った。

 さっさと神罰を終わらせて次の面白い事を探そうって考えてた。


 でも実際はー


 「前の俺とは違うさ。だってこの右手には、ファナエルへの思いが詰まってる」

 「チッ」


 私のミョルニルが簡単に力負けしてしまうほど私は牛草秋良に圧倒されていた。


 「私を吹き飛ばして安心してる場合かな?」


 空中に打ち上げられた体をくるりと回し、グングニルを持つ右手にぐっと力を込める。


 「グングニル・レプリカ!!!」


 私の腕から離れた槍が赤い炎をまとって急降下する。

 この槍から逃れる方法は無い。

 さて、今の体でどれだけ耐えられるかな?


 「させない」


 その声が聞こえたのは槍の先端が牛草秋良の腹部に衝突するまさにその瞬間だった。

 グングニルの攻撃が届くより先に彼の体が弾けたのだ。


 「アキラが痛い目に合うのは嫌。アキラが私以外の誰かに苦しめられるのも嫌」


 牛草秋良の体を壊したのは5匹の蛇だった。

 牛草ファナエル自身が恍惚とした顔で恋人である彼を壊したのだ。


 標的を失ったグングニルが誰も居ない地面へ突き刺さる。

 ボロボロになった牛草秋良の体に変化が起こったのはそれと同時だった。


 「だから、アキラが苦しむ前に私が優しく壊すの。そしてその後にちゃんと私がアキラを治す」

 「驚いたね。自分がどれだけ意味不明な事言ってるか理解できてる?」

 「意味不明なんかじゃない。私はただ気づいただけ」

 「何に?」

 「アキラの好意も苦しみも、私は全部独占したい。アキラが抱く感情の中心がすべて私であってほしい」


 彼女の蛇の口からは黒いヘドロが滝のように流れていた。

 そのヘドロを吸収しながら、牛草秋良の体が再生する。


 「ハハッそれ一体どんな原理なのさ!!まさか愛の力とでも言うつもり?」


 この体に記憶されている魔法をありったけ放った。

 魔法が牛草ファナエルに着弾するその寸前で、牛草秋良の体がぐらりと起き上がった。


 彼の左腕がノッペリと平らに潰した粘土のように変化し、牛草ファナエルの体を守る。

 そんな彼の様子を見て、私はただただ笑っていた。

 

 互いを支え合って強敵に立ち向かう。

 一人では到底私に勝てないくせに、二人で協力してこの私を圧倒している。


 私が散々やって二人を殺す事も心を完全に折ることもできず、今まさにその二人に殺されかけてるなんて、これじゃぁ私は噛ませ役以外の何者でも無いじゃん。


 最高神とほぼ同等の力を持つこの私を、あろうことか愛の力なんて曖昧な概念の噛ませ役にしようなんて‥‥‥ムカつく反面、面白い。


 ここで私が負けたら、予想外の結末過ぎてきっと笑いが止まらなくなる。

 そして、私が二人の思いを踏みにじって勝ってもそれはもっと愉快だろう。


 「どうやら、君達を殺すのは簡単じゃないみたいだね」

 「だったらどうする?」

 「決まってるよ、君たちが一番嫌がる方法で殺してやるのさ」


 私はそう高らかに宣言して、両手を自分の顔に当てた。

 嘘の権能を使って自分の身体を改造する。


 「世界の法則、私の体が持つ限界点、必然的に起こりうるリスク、この全てを騙しつくして私は今ここに荒唐無稽を実現させる。我が身に宿るは嘘で固められた災厄の体、心を踏みにじる堕天使の権能にして世界を書き換える災害」


 女性の体から男性の体へ。

 背中に生える7本の羽から6本の触手へ。

 頭上で煌めく光輪から血を流す壊れた光輪へ。


 「その姿はー」

 「アキラの」


 「そうだよ。ファナエルさんの思いを受け継いで出来上がった【世界を書き換える災厄 牛草秋良】の姿さ」


 私は世界を書き換える災厄であった頃の牛草秋良の姿を模倣した。

 そして、話し方や声質を牛草斬琉キルだった時と同じようにして同様を誘う。


 「このまま闘っても埒が明かないと思ってさ。次の一撃で全部終わらそうと思ったんだ」


 私の脳内に二人の心の声が流れてくる。

 私はその心の声にノイズをかけ、右手をすっと突き出した。


 「二人が築き上げてきた力で二人の恋を終わらせる。最高に刺激的で楽しそうな結末だと思わない?」

 

 『###############################』


 私の右手にノイズが混じった光が収束されていく。

 今の私なら、『グングニル・ミョルニル』と激突したあの時の光と同じ威力が出るように再現できる。


 あの時の打ち合いで私が勝てたのは牛草秋良の肉体が先に限界を迎えたからだ。

 私ならそんなヘマはしない。


 理論上では確実に私が勝てる。

 あとは、二人の愛がその理論を変えてくるかどうか。


 「そんな事にはならないさ」

 「だって、あの時よりも今の私達の方が深く愛し合っているもの」


 私の動きに合わせて秋にぃとファナエルさんが構えた。

 秋にぃの左手とファナエルさんの右腕を重ね、巨大なヘドロの塊を生成する。


 「だったら試してみようか。私が君たちの恋心を完全に踏みにじって勝つか、二人の愛が私の想定を超えるか、どっちが勝つか勝負しよう!!」


 互いの手にエネルギーが集まっていく。

 そして、私達は同時にその攻撃を放った。


 黒いヘドロとノイズ混じりの光が各々極大のビームとなって衝突した。

 眩い光が周囲へ離散し、私の視界は真っ白に染まっていった。

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