短編



「それでは社長。報告を終わりましたのでこれで失礼いたします」

「え?」

 回れ右して足を動かす。ぱったりと扉を閉めた後、私は吐き出したいため息を何とか呑み込んでいた。

 またやってしまった。

 時刻は昼少し前、いつもならこの時間なら昼食を共にどうかと誘われて一緒に食べに行く所なのに、社長もそのつもりだっただろうに、私は逃げてしまっていた。  

 社長と共に食べにいくのが嫌なわけでもちろんない。むしろ社長と共に食べるのは好きだ。

 でも……。

 どうしても二人ででる所を他の社員に見られるのが恥しくて仕方ないのだ。

 社長と付き合っている。

 その情報がみんなに流れてからというもの、社員の目がどことなく優しいというか、生温いもので、その目で見つめられるのが気恥しく社では社長から距離をおいてしまっていた。

 前は社内でもちょっとした雑談程度ならしたのに、今は仕事の報告ぐらいしかできていなかった。

 家に帰れば二人で一緒にいられるから、気にすることはないと自分で言い聞かせてみたりするのだけど、社長と仕事の間とは言え会話や目を合わせられないのは········寂しいものがあった。

 自業自得。私が恥しがらねばいいだけの話ではあるのだけど……。

 でもによによと見つめてこられるのを恥しがらずにいられないのだった。

 ため息でも吐けば獲物を狩る瞬間を今か今かと待ち構えている与謝野先生に狩られてしまうので堪えて席まで戻る。社長とまともに社内では話せないけど少しでも一緒にいる時間は確保したいので真面目に仕事をする。

 書類ができあがればそれを持っていくことを口実に社長に会えるから。

 社長と付き合ってやっとお前にも社員としての意識が、なんて国木田君は喜んでいるが……ごめんね。

 そんな綺麗な心は持っていない。

 私の心はいつだって不純だ。

 最近はそれすらもばれてきている気がしてならないのだが、これさえ駄目になると本当に社長に話かけることも出来なくなってしまうので、必至に気付かぬふりをしていた。

 カタカタとキーボードを叩く音がしばらくの間していたが、昼近くなのよあって徐々に止み始めた。そして今日は何処に食べて行こうか何て会話が聞こえ始めていく。

 もしかしたらなんてちょっとした期待をしてみたりするのだが、そんな期待はむなしく社員が全員出ていく前、社長は社長室から出てきていた。

 そしてすかさず乱歩さんが社長と寄っている。

「社長、昼食一緒に食べに行こうよ」

「ああ、それはいいぞ」

 いつも以上にべったりくっついて乱歩さんはお願いしていて、仕事の手は止めないけれど内心叫んでしまいそうであった。

 性格が悪いってこのことを棚にあげて言ってしまいたかった。でも口に出せは最後色々言われてしまうので絶対口にはしない。

 見つめてきている社長にも気付かないふりして仕事をしていく。

 食事はちゃんととれよ。何て言い残して出ていく社長をちらりと見ればにやにやと笑う乱歩さんと目があってしまい腹立たしいやら羨ましいやろでどうにかなってしまいそうだ。

 私も社長と食事に行きたかった。

 もっと傍にいたいのに……。 

「さっきからどうしたのだ」

「何もないですよ」

 むぅと唇を尖らして不機嫌をあらわにした上で私はそう答えていた。社長が少し困っているのが愉快で正直もう機嫌な直っているけど尖らした唇を戻すことはない。料理する背中に張り付け続けてやる。

「……もしかして昼間、乱歩と食べに行ったこと怒っているのか? 私だって出来るならお前と行きたかったのだが、何で行ってくれなかったのだ」

 私を張り付かせたまま器用で料理をしていく社長の声は戸惑いつつ不満もまじっていた。

 それだけで少し嬉しくなるので、つくづくこの人に関しては単純であった。

「だって貴方と二人になると与謝野先生がからかってくるではないですか。子供の育て方間違ってないですか? 乱歩さんは乱歩さんで分かっていて見せつけてくるし」

「うっ……」

 むっとさらにふくらませた頬を見えるよう顔を動かせば、社長と固まって喉を詰まらせていた。

 その姿が可愛くて笑ってしまいそうになってしまう。

 着物で隠して、目は社長を睨んだ。

「一応あまりからかい過ぎぬようにとは言ってある」

「それでもからんでくるのではないですか。おかげで会社じゃ貴方と話せなくて寂しいです。

 ちょっとした雑談一つできないのですもの」

 実際のところそれだけでなく他の人達の生易しい目とかも原因なのだが、そこまでは言わなかった。

 でも社長には分かるだろう。

 ふって困ったように微笑みつつ火を消して私の頭を撫でてきていた。

 ふわふわと触れてくる手に頭を一つ押し付けている。

「責任取ってください」

「どうすればいい」

 社長に責任なんてものないのは分かりつつ言ったが、社長はそんなこと言うこともなく受け入れてくれる。

「そうですね。家じゃもっともっと甘えさせて欲しいです。今日は君や鏡花ちゃん褒めてあげていたでしょう。あれも凄く羨ましかったのです」

「ふふ。そうか。ではそうしよう。

 手始めに明日の晩は蟹料理三昧にしてみようと思うがどうだ?」

 口元は自然とほころんでしまう。社長の目が優しくて不機嫌なふりももうできない。

「社長のお膝つきなら最高です」


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社長×太宰短編集 わたちょ @asatakyona

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