匂い



 最近、武装探偵社で働く事務員の間で噂になっていることがある。それは社長である福沢さんと問題社員である太宰さんが付き合っているのではないかと言うものであった。

 二人に直接聞くことも出来ずまだ疑惑ではあるが、高い確率でそうだと私達は睨んでいた。

 理由は三つ。

 二人がたまに同じ日、前日と同じ服を着て出社してくること。そんな日は高確率で同じ石鹸の匂いがすること。しかも毎回違うもの。さらに二人が時折、人の目を気にするようにして話をしていること。そんな時、二人の雰囲気はいつもと何処か違う気がするのだ。

 こないだだってそうだった。

 その日は朝から太宰さんは疲れているようだった。いつもと同じように机の上頭を乗せてぐったりとしているだけではあったが、そのように見えた。原因は普段と違い、シャツの襟首が汚れていたことにあるだろう。その時点でおやと思ってしまった私はそれとなく社長のお着物を見てしまう。

 社長は太宰さんと違い、分かりやすい。太宰さんは大量生産品だろう同じシャツをすっと着回しているが、社長の着物はそれぞれ一点物。似た色合いでも生地の種類や僅かな色の違いで昨日と違うものかどうか判断できるのだ。

 そうして私は二人が今回もそろいで家に帰ってこないことを確信した。

 何処かで二人お泊りをしたのだろうか。なんてそんな邪推をしてしまう中、社長が太宰さんをこっそり手招きしているのを見てしまったのだ。いけないと思いつつ

も二人の姿をつい目で追ってしまう。二人はちょっと近いんじゃないかなって思ってしまうような距離で何かを話してていて、その途中で太宰さんの目元がふっと細められ柔らかく笑んでいた。

 太宰さんといえばいつも笑っているようなイメージだが、それにしても柔らかく、そして何だかいつもと違うちょっと幼い感じもするような笑みであった。

 思わず可愛い。なんて言ってしまいたくなるような素敵な笑み。

 それだけでは終わらずあの社長までもが優しく笑んだのだ。

 そして二人で社長室に入っていた。

 これで付き合ってないなんてそんなことはありえない    



「あ、社長。ちょっと匂いを嗅がせてもらえませんか?」

「はぁ?」

 とあるホテルの一室。乱雑に匂いを嗅いでいた福沢は目を丸くして固まっていた。間抜けに開いてしまった口を中々元に戻せない。

 答えを返せない中、太宰はすでに福沢の匂いを嗅ぎ始めていた。そしてう~~んと首を捻り今度は己の匂いを嗅いでいた。なるほどどそんな声を出している。

「……何が分かったのか聞いてもよいか?」

「社長も私も確かに同じ石鹸の匂いがします」

「?

 それは同じものを使ったから当然ではないのか。何故そんなことを」

 首を傾けつつ福沢は脱ぎ捨てられた服等を拾い上げていた。 くんくんとその匂いを嗅いでいる。

「血の匂いします?」

「少々。それよりお前のは硝煙の匂いがやばいな。消臭剤をかけるとはいえ、明日は極力人とは近寄らないでほしい。大丈夫か?」

「お任せください。何なら明日は川にでも流れますよ。そしたら国木田君がよびの服かしてくれますしね」

「..…それよりさっきのは何だったのだ」

 呆れた顔をしつつも、福沢は言及はしなかった。それより答えてもらえなかった問いをもう一度する。

 自分の疑問が晴れてどうでもよくなっていた太宰はあぁ。何て声を出していた。さっきのもわざと答えなかったのではなく興味が薄れて別の所に向いてしまっていたに過ぎなかった。気を抜けている証拠であるので、会話が飛んでも普段は気にしないが、今回ばかりは突飛な動きもあって気になってしまう。

 何を考えていたのか思いだした太宰はぽりぽりと鼻の頭をなでた。

「そんな対したことではないのですが事務員の彼らが、私と社長が同じ日に昨日の服のままきて、石鹸も同じものの匂いがする時がある。つまり二人でやることやっているんじゃないか。恋人同士なのではと勘違いしているのが判明したので実際どんな感じに匂っているのか、気になったんですよね。結構匂いますね...…。

 まあ、私も社長を血の匂いや消煙の匂いを消そうと強めに洗うから仕方ないのだとは思いますけどね」

 太宰がにこやかに笑う前で福沢は再び固まっていた。口元こそあけなかったものの衝撃は比にもならない。凍りついてしまう中、太宰が気付いてどうしました。

 何て首を傾けている。

「あ、もしかして嫌でしたか? 勘違いしてくれるのなら、そうしておいた方が作戦についてなども社で話しやすくなるから丁度良いかなと放置することにしたのですが、社長が嫌でしたら明日にでも勘違いであると伝えますよ。

 そうですね……依頼のことは言えませんし、あ、そうだ。ストーカーが厄介なので時々社長に恋人のふりをしてもらっていることにこしましょうか。ストーカーなら後から後から湧いて寮の周り群がっているからあながち嘘ではありませんし、湧いてくれる限りずっとこの言い訳使えますから」

 にこやかに太宰は笑う。華やかなその笑みを見て固まっていた福沢はさらにまた固まる。

 勘違いされてそれでいいのか? 放置するにしてもせめて言え。そのストーカーはちゃんと始末しているんだろうな。 湧いてくれる限りってそんなこと言いだしたらお前は必要な限りわざと湧かせ続けるだけだろう。というか、お前やはり始末していないなといくつもの言葉がわきあがってきては何から言えばいいのか分からず閉じるのだ。

 にこにこと笑ったままの太宰はそれでいいですか。何て問いかけてくる。

 深い吐息が福沢から出た。

「太宰、勘違いさせたままでいい。

それよりお前のストーカーの始末を明日はやるぞ」

えっと太宰が今度は間抜けな顔をしていた。

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