第19話 でっかい望み。(最終話)


「きれい……」

 彼女がつぶやいた。

 平穏な僕の毎日に、いつも緊張感をもたらすのは、彼女だ。

 今日も、彼女の一言で、僕は、問題解決に動き出す。




「今日は、ちょっとおしゃれなお店でランチしよう」

 彼女が言った。

「いいね」

 僕も、賛成する。


 彼女が見つけてきたイタリアンのお店は、駅からも近く、間口は狭いけど中は意外に天井が高く、開放感もあって、気持ちがいい。バランスよく配置された観葉植物が目に優しい。

 

「こんな近くに、お洒落なお店ができててんな。知らんかった」

 僕が言うと、

「この前、自転車でこの辺走ってるときに、見つけてん」

 彼女は嬉しそうに笑った。

 僕らの住んでいる街から、自転車で来られるくらいの距離で、電車の駅にすると2駅離れている。


 ランチメニューは、お手頃の価格のパスタセットから、少し品数も多い、本格的なコースまで、いろいろ選べる。

 僕らは、真ん中くらいのお値段の、ランチプレートにしてみた。

 スープの味も最高、付け合わせのサラダに添えられたドレッシングの味も、爽やかで絶妙。メインの肉料理もパスタも、文句なしに美味しい。


「いいとこ見つけたね」

「うん。ほんとにおいしかったね」

 そのお店は、駅前のアーケードのある商店街の入り口辺りにあったので、僕らは散歩がてら、商店街を、駅とは反対方向に向かって歩く。


 服屋さんや、布団屋さん、花屋さんなど、昔ながらの雰囲気のお店を通り過ぎていくと、白い可愛らしい、童話の中に出てきそうな木のドアのついたお店があった。

 明るいウインドーに飾られているのは、真っ白なドレス。綺麗なレースと、白い小花が胸元と裾全体にちりばめられた、可愛らしいドレスだ。たぶん、誰でも思わず立ち止まってしまうくらい、素敵なドレスだ。決して豪華なものではないけど、温かさや優しさも感じられるような、丁寧に心を込めて作られたことがわかるようなドレスだ。


「きれい……」

 彼女がつぶやいた。

 ウインドーに貼りつくくらい、じ~っと見つめている。

 

 僕は気がついた。

(これは、ウエディングドレスだ)

 そう思ったとき、彼女は、パッと顔を上げて、僕を振り向くと、

「よし、次行こう!」

 元気よく言って、すたすたと僕の前を歩き出した。

 

 

 歩いて行く彼女の後ろ姿を見つめながら、僕は、静かに決心する。

 

 ずっと一緒にいたい。

 

 僕が彼女のために何ができるとか。

 僕が彼女にふさわしいかどうかとか。

 そんなことは、何もわからないけど。


 これまで一緒に重ねてきた季節が、僕の頭の中を巡る。

 そうして、僕は、心の中を、隅々まで見渡す。

 そして、確信する。


 僕の中にある、たった一つで、一番でっかい望みは。

――――この人と歩いていきたい。

 一生、そばにいて、いろんなことを一緒に味わっていきたい。

 喜びも悲しみも、全部。……できたら、喜びの方が多いのがええけど。

 でも、彼女と一緒なら、僕は、勇気も元気も無尽蔵に湧いてくるから、大丈夫。

 そんな気がする。

 

 僕は、前を行く彼女に声をかける。

「ねえ。あのドレス、試着させてもらわへん?」


「え?」

 振り向いた彼女の目が大きくなる。


「あのドレス着て、僕と一緒に、式にでよう?」

 僕は、夢中で言った。だから、ちょっと言葉の選択が、微妙かもしれへんけど。

「なんの式?」

 案の定、彼女は、困惑した顔で言った。

 

「何の式、って。……結婚式」

「誰の?」

「君と僕の」

「……それって、つまり」


 僕は、大きく息を吸い込んで言った。

「僕と、結婚してください」


 一瞬驚いた彼女は、次の瞬間、花が咲いたように笑った。

 そして、短いけど、嬉しい一言を僕にくれた。


「はい!」


 僕らの横で、犬を連れた散歩中の、知らないおばちゃんが立ち止まって、

「あらまあ。おめでとう」 と言ってくれた。

 それで、僕は、今いる場所が、商店街の中だということに気がついた。


「ごめん。もっとロマンチックなところで、言うべきやった?」

「そんなん、場所なんか、どこでもかまへん」

「そっか」

「そう。……2人でいてたら、どこでもロマンチックやもん」

 ほほ笑んで僕を見上げる彼女が可愛くて、思わず僕は彼女を抱き寄せる。


「あらまあ、あらまあ、あらまあ」

 横で、おばちゃんのびっくりしたような声がしてたけど。

 

……ごめん。今だけ許して。

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望みはでっかく。 原田楓香 @harada_f

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