序)第4話 学園都市へ

 ナナはかたくなに恩返ししないといけないと思い込んでいました。

 ロイ君とともに学んでいても。

 侯爵こうしゃく夫人の養女といわれても。


 勉強のときが終われば。

 ロイ君を学園都市へと送り出せば。

 さびしいけれど。

 そのときには、自分はこの家を出よう。

 働いて、お金を得て、侯爵夫人にお返ししなければ。


「ナナ、あなたも学校に行きなさい」


 アフタヌーンティーの終わりに、侯爵夫人にいわれました。

 ナナはもう、天地が引っくり返るかと思ったほどびっくりしました。


「そんな、もったいない!」

「学ばないほうがもったいないわ」

「でも、わたしなんて……」

「侯爵家の養女たるもの、もっと教養と知識を身につけなさい」

「いえ、わたしは……」

「口答えは許しません」


 毅然きぜんと侯爵夫人は言い放ちました。

 普段の陽だまりのような夫人とはまるで別人。

 ナナは息をのみました。


「ロイももうそろそろ、学園都市に行くでしょ?」

「はい!」

「それなら、あなたもついていってちょうだい」

「ナナが行かないなら、おれも行かない!」

「あらあら、困ったわ。あなたが行かないとロイはまた引きこもるのね」


 ロイ君も、侯爵夫人も、どこかいたずらっぽいこと、ナナは気付いていません。

 かたわらではメイドさんと執事さんが必死に笑いをかみ殺していました。


 こうしてナナは、侯爵夫人の次女シャルロッテ嬢も通う学園都市へと向かうことになったのです。


 ▼▼▼


 ロイ君が学校に行きたがらなかったのは、彼一人に魔法の素質があったから。


 お姉さんのシャルロッテ嬢も、お兄さんのヘンリーさまも、ともにその素質はありませんでした。

 学園は魔法科と騎士科があり、どちらもエリートを養成します。

 兄姉はともに騎士科。

 18歳のお兄さまはすでに学園を卒業なされ、騎士見習いとして王都に。

 15歳のお姉さまは学園最高学年ですが、現騎士科のトップに立っていました。


 ロイ君は不安だったのです。

 自分に本当に、魔法の素質があるのか。

 ルーンハート侯爵家では、家系の誰も魔力を開花させたものはいなかったのです。

 お兄さんやお姉さんが学園の騎士科で優秀な成績を収めていることも、まだ幼いロイ君の重荷になっていました。

 侯爵夫人はすべてお見通し。

 10歳から寮生活を送ることになる学園都市へ、不安を抱えたままの我が子を、いえ未熟な子を送ることは出来ないと、ロイ君のわがままを受け入れていたのでした。


 でも、ナナが引き出したのです。

 ロイ君のなかに眠る魔法の才能を。

 ロイ君自身も、世に。


 学園都市ではさらに多くの出会いが。

 大いなる愛にもまた包まれるでしょう。


 ナナはまだ知りません。


 学園都市が何故作られたのか。

 自身のなかに眠るものも。

 これから先の困難も。


 けれどきっと、ナナなら大丈夫。


 みなから愛をもらい、みなに愛を返し、支え、つなぐ、ナナなら。

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「月の聖女」いつかそう呼ばれるのだとしても @t-Arigatou

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