シュガーちゃん
栄三五
佐藤ニコの対話
「ミルクはどうします?お客さん」
「お願いします」
「角砂糖はどうする?」
「なしで」
「2個じゃなくていいの?」
「それ聞き飽きたぁ。じゃあ、佐藤
「わかった、わかった。ゴメンゴメン。どうぞ、コーヒー」
叔父さんが出してくれたコーヒーを飲む。
部活をサボって飲むコーヒーは、いつもと味が違う。
叔父さんのコーヒーは酸味が際立っているから、私にはミルクを入れるくらいが丁度いい。
「…おいしいです」
「それはよかった。で、何かあったの?」
「ん?」
「いつもこの時間来ないから。この前、吹奏楽部のコンクールで忙しいって言ってなかった?」
「ん、今日はいいの…」
叔父さんもそれ以上は聞かない。
話題を変えたくて、先程から気になっていること聞いた。
「叔父さん、あれなに?」
カウンター奥の白いロボットを指さす。
前来た時はなかったはずだ。
「客引きになるかと思って。知り合いの社長さんが新しい事業所に置き場所がないって言うから、安く譲ってもらったんだよ。シュガーちゃん、って言うんだって」
客引きなら外か玄関から見えるところに置いた方がいいんじゃないかな。
お店にお客さんいないんだし。
「カウンターの奥に置いておいたら『ボッコちゃん』みたいでしょ?」
「『ボッコちゃん』って何?」
叔父さんは今の子は読まないかな、なんて苦笑して、店の奥から古い文庫本を持ってきてくれた。
頁をパラパラと捲る。短い話だ。
バーのマスターが女性型のロボット、ボッコちゃんにお客さんと会話させて一儲けしようとする話。
「あ、コーヒーフレッシュなくなったから買ってくるね。ニコちゃん、シュガーちゃんと留守番してて」
叔父さんはそう言って、買い出しで店を空けた。
お客さんが来たらどうするのよ?来ないとは思うけど。
シュガーちゃんの前の椅子に座り直す。
叔父さんはボッコちゃんみたいと言ったが、シュガーちゃんは白いカラーに球状の頭の胴体の太い棒人間みたいなフォルムだ。
愛嬌はあるが人間には間違われそうもない。
「シュガーちゃん」
「なあに?」
「これから私の発言には同じことを疑問形で、疑問形には肯定でなんかイイ感じに返して」
「わかったわ」
ホントに?
ためしに、ポケットに入っていたキャンディを取り出して言ってみる。
「これは毒よ」
「毒なの?」
「そう、これを食べてあなたは死ぬの」
「死ぬの?」
そう言いながら私はキャンディをシュガーちゃんの口に押し込…押し…。
口に入らない…だと…!?
パクパクと動くシュガーちゃんの口よりもキャンディの直径の方がわずかに大きい。
このおちょぼ口!
「バカな…」
「バカなの?」
「うるさいなぁ」
ロボットにまで馬鹿にされた。
「…死にたい」
「死ぬの?」
「……さすがにそこまでじゃない」
「そこまでじゃないの?」
ほんとに死にたいとは、思ってない。
でも、既にちょっと死んでいるようなものだ。
毒をかぶるとはそういうことだ。
昨日、部室に入ろうとして聞いてしまった。
あの子が中学からの友達と一緒に、私の陰口を言っているところを。
皆が言う程上手くないだの、コンクールに出るほどじゃないだの。
信じられなくて、しばらく部室の前で立ち尽くした。
別に陰口なんて言われても気にしなかった。あの子からでなければ。
高校からの友達だけど、やけにウマがあった。
彼女に誘われたから吹奏楽部に入った。
どの楽器でもいいよと言われたけど、彼女と同じフルートにした。
昔からの友達でも、ここまで気が合う人はいなかった。そう思っていたけど。
もしかしたら、私の方だけだったのかもしれない。
一昨日までしていたSNSのトーク履歴が、毒になった。
練習の時に隣から聞こえてきたフルートの音色が、毒になった。
おいしいから一個あげると言って、あの子がくれたキャンディが、毒になった。
毒は、飲むと死ぬから毒なんだ。
吐かれた毒を、かぶった相手は死んでしまう。
「シュガーちゃんは私のこと嫌い?」
「嫌いよ」
「私もシュガーちゃんのこと嫌いよ」
「シュガーちゃんのこと嫌いなの?」
コーヒーを飲み切ったので勝手におかわりする。
今度はブラック。
黒い液体が揺蕩うカップの縁にキャンディをあて、滑り落とす。
コーヒースプーンでキャンディが溶けるようにかき混ぜる。
ちょっとずつ、毒が、黒いコーヒーに溶けていく。
「これで飲める?」
「これで飲めるわ」
『ボッコちゃん』の最後のページを捲る。
ボッコちゃんは言われた言葉のオウム返ししかできない。
彼女に惚れた男が逆上してボッコちゃんに詰め寄る。
物語の最後、彼女は逆上した男の言葉をオウム返しにして「殺してちょうだい」と言って、その結果男の盛った毒を飲んだ(実際は飲んでないけど)。
嫌いと言われて、嫌いだと返して、毒を飲んだ。
じゃあ、好きなら?
反対に飲まないのだろうか。
「シュガーちゃん、あなたならどうする?」
「どうにかするわ」
飲んだ毒が飲ませた相手に還るとは限らない。
ボッコちゃんはそうだった。
私もそう、あの子もそうだろう。
目の前のコーヒーはキャンディが溶け、より黒々となったように見えた。
結局、私はコーヒーを飲み干した。
キャンディはほとんど溶けておらず、カップの底でしっかり形を残していた。
スプーンですくって口に放り込むと、ただただ甘ったるい味がした。
昨日、私の心は少し死んだ。
そして今日、心の死んだところは、代わりに甘ったるい砂糖の塊で埋まっていた。
1日ぶりにSNSを開くと、あの子から着信が来ていた。
普段私の返信が速いから、連絡がないのを心配していたのかもしれない。
通知を全部確認し、電話をかける。
私はロボットじゃなかった。
私はまだ彼女と友達でいたいから、きっとあの子の毒を飲む。
シュガーちゃん 栄三五 @Satona369
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