第24話 的


――コンコン、とノッカーが来訪者を知らせる。


「......来たわよ」


ガチャリと開けた扉の向こう、そこに立っていたのは制服姿のアイカ。彼女の通う学園は貴族達の学舎で、相応の学費と学力が無ければ入学することは叶わない、いわばエリートを育てる名門だ。


「アイカ、学校帰りなんだね。制服、似合ってるなあ」


「......そ?ありがと」


深い茶色のベレー帽、みようによってはポンチョのようなクリーム色の制服と、アイカの透き通るようなブロンドヘアーが煌めきその容姿の美しさを引き立たせている。


「とりあえず上がって。リビングでおやつでも食べようか」


「ん、わかったわ」


ガチャリとリビングへの扉を開く。すると彼女は「え、なんであんたがいるのよ」と早速キノの姿を見つけた。


「ごっ、ごめんなさい!」


「え、なんで謝ったの?」


キノはアイカに威圧されたかと勘違いしたのかもしれない。座っていた椅子から飛び退き、また更に一歩さがる。しかし、特にそんな意図もないアイカは彼のその動きに疑問を抱き更に質問を重ねた。


「......ごめんなさい」


「何回謝るのよ......」


「ごめん、アイカに言ってなかった。キノも僕らと一緒に訓練したいみたいでさ。キノも良いかな?」


「......ふーん、そう。ちなみにシオンはキノの事知ってるの?」


「?、知ってるのって?弓士の家系で弓が上手いんでしょ?」


「あー、ね」


ちらりとキノの方を見るアイカ。それと同時に気まずそうに目を逸らすキノ。......一体なんなんだ?


「見せてあげたら?キノ、あなたの実力を」


「......え、いや、でも......お見せするほどでもない、よーな」


「見たい!弓士一族の弓術がどれほど凄いのか!キノ、見せて!!」


「ほら、シオンだって見たがってるわよ?」


「......う、うーん」


半ばなし崩し的に裏山へ連れ出し、三人でキノの弓の腕前を見ることに。ちなみにメイは今アスタさんと一緒に街へ買い物に行っている。


「はい、家にあった弓!ちょっと大きいけど、大丈夫かな?」


「......確かに、ちょっと大っきいね」


「難しい?」


「む、難しくはないけど、その、えと......」


「あー!もうっ!じれったいわね!!早くやりなさいよ!!」


「ひいっ!?」


痺れを切らしたアイカはキノの背中を押した。


「ごめんなさい、ごめんなさい!!」


ぺこぺことアイカに頭を下げるキノ。うーん、これは二人一緒に遊ぶのは難しいか?キノの心労がヤバい気がする。


そんなことを考えていると、キノの準備が整い、用意した的に向け弓を構えた。


ちなみに的は僕の訓練ように作った木人で、木製の案山子のようなものだ。その案山子の頭と胴体に急遽赤丸を書いた。


(......距離は大体三十メートルくらい離れている。当たるかな)


「い、いきまぁす」


気の抜けたような合図に、「本当に大丈夫でしょうか?」という不安が無かったのかと問われれば無いとは言えなかった。


しかし、次の瞬間


――タァアアン!!という衝撃音が森に響いた。バサバサと羽音を立て鳥たちが飛びたつ。


みれば、頭と胴体の赤丸......しかも、ど真ん中に綺麗に射られた矢が突き刺さっていた。僕は思わず歓声をあげ、拍手をしていた。


「すごい!!流石、弓士の一族!!」


「あ、あはは、へへ......」


頭をかいて照れくさそうに、しかし少し困ったような表情を浮かべキノははにかんでいた。


アイカが言う。


「ちなみにキノは的を射る才能は兄弟一......いえ、私が見た感覚で言えば、一族で一番の技術を持っている。何せ300メートル向こうからでも正確に的の中心を射抜けるんだから。的を射る才能だけは凄いのよ、キノは」


「すごッ!?キノすごい!!」


「......えへ......えへへ」


やっぱりアグラム家は凄いんだな。的というワードを何度も繰り返すアイカにちょっとした疑問と不安が残るけど。


そんな具合に僕がもやもやしていると、アイカがこう言った。


「でもこの子、動かない物にしか当てられないから」


「え?」


「うっ.......!」


ぴくっと反応するキノ。動かないものにしか当てられない?


「そーよ。だから、あそこに飛んでいる鳥やそこにいる蛙にすら矢を当てられないのよ。そして、それは何を意味するかというと、戦闘には使えないスキルってこと」


「ええっ!?あれだけ正確に当てられるのに!?なんで!?」


キノの視線が泳ぎだし、背が丸くなる。そして彼は上目遣いで僕に言った。


「......なんで、って、僕も聞きたいよ。何でか分からないんだ。頑張って、何時間も練習したけど、結局は無駄だった......実地試験で、的になった教官に模擬矢を当てる試験があったんだけど、かすりもしなかったし......」


頑張って練習した、か。それはわかる。動かない的とはいえ、あれだけ何度も正確に射ち込むなんて芸当、努力していないと不可能だ。


それに、キノの手のひら......目視でもわかるくらいゴツゴツとしていて培ってきたモノの大きさがわかる。


「でもめちゃくちゃ近ければ当たるんじゃない?隣の僕くらいの近さなら」


「ま、まあ、これくらい至近距離なら......」


僕とキノがそんなことを言っていると、アイカが「はあ」とため息をつきこう言った。


「バカね。それ、弓の意味あるの?」


「「......無い」」


しゅんとするキノ。けれど、彼は弓の持ち手をギュッと握りしめ、口を開く。


「で、でも、僕......変わりたい。強くなりたいんだ......二人のように、戦えるように」


強くなりたい。キノは何度もその言葉を使う。


「キノはどうして戦えるようになりたいの?」


シンプルな疑問だった。どうしてそれほどまでに強くなり戦うことに拘るのか。こう言ってはなんだが、彼の性格的にあまり争い事に向いてないと思うんだけど。


キノは視線をあちこちに泳がせ、やがてこちらを上目遣いでちらちらと見る。


「......護りたいから、かな」


「護りたいから?」


「うん。僕も、兄様達のように、この国の皆を護りたいんだ」


アイカが口を挟む。


「ふーん、てっきり自分を蔑ろにした兄達を見返したいとかだと思ってたわ。違うのね」


「......うん。だって、それは弓士の家に生まれたのに、僕がこんなだから......仕方ないよ」


「あたし、そういう考え方嫌い。如何にも軟弱者の思考って感じがするわ」


「ひっ」


キッツ!アイカさん、抑えて抑えて!とは言えず僕は口元をひくつかせながらアイカを見ていた。


「......じゃあ、アイカちゃんは?なんでそんなに強さを求めるの?」


「あたしはね......ってか、その前にその「ちゃん」付をやめなさい。呼び捨てで構わないわ!」


「あ、はい」


「ふんっ」


ペコッと頭を下げるキノと腕を組み威圧するアイカ。本当、対照的な二人だな。僕は話の先を促す。


「で、アイカはなんで強さを求めるの?」


「それは勿論、見返すためよ!」


「見返す?」


「そう!女ってだけでダメのレッテルを貼り付けやがるウチの一族の奴らにね!!この実力で黙らせてやるの!!どんな言い訳や理由もねじ伏せられる程の力を得てね!!」


ビシッ!とキノに指をさすアイカ。キノはビクッと体を震わせ、「すみませんすみません」と謎の謝罪をする。


そして次に彼女は僕を指さし、にやりと笑った。


「だからこそシオン、あんたの誘いに乗ったのよ。あの世界最強と名高いジヴェル様に鍛えられたあんたから何かを盗めるかと思ってね!」


「僕から盗む?」


「そうよ。悔しいけど、正直この間の手合わせでは完敗だった。あんた、あれだいぶ手を抜いていたわよね」


「え......そ、そんなこと、あはは」


「えええっ!?手加減してたの、シオン!?」


驚くキノ。


「誤魔化さなくても良いわよ。私がまだ弱かっただけなんだから」


「......ア、アイカが弱い......はは」


「なに笑ってんのよ!!」


スパーンとキノのケツに蹴りが入る。いや、キノの今の笑いは「アイカで弱いなら、僕って......」っていう意味だと思うんだけど。


けど、やっぱりアイカは謙遜してるけど強いんだな。ジヴェルが言っていた通り、彼女は僕が本気でやってない事を看破していた。


それって、相手の実力を推し測る力がなければ不可能な事だから、やっぱりアイカは実力者だ。


(......ていうか、本気を出していないというか様子見する癖があるだけなんだけど、僕)


「ところで、シオン。あんたはどうしてそんなに強いのかしら?」


「あ、ぼ、僕も聞きたい」


ジヴェルに比べれば、僕なんて強くなんて無い......って言ったら嫌味に聞こえるよな。......だから、僕も二人のように強くなりたい理由を言おう。



「.......強くないと、大切な人を護れないから」



その言葉を口にしたとき、誰かの顔が頭を過ぎった。






――護りたかった、人......?





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