第5話

「ねえ、坂木さかき。お前の駄作を文芸誌に掲載してもよろしくて?」

 空教室に君臨する呉碧くれあおい。仁王立ちが良く似合う。どんな美少女だよ。

「よろしくない」

 あさってを向く。「ほら、これ」と雑誌を手渡される。「三木本みきもと高校図書館」のシール付き。

「ふざけるなよ、ちゃんとした文芸誌じゃねえか。訳の解らん大学生が出している同人誌とかならともかく!」

「それは、いいの…? 坂木君…」

 困惑する石矢いしや君。

「大体どこからそんな話になったのか」

 そもそも、呉碧は日本のみならず、世界にまで名の知られた天才美少女画家である。と言うのも、祖父が高名な音楽家で、世界中各地でコンサートしているところへ遊びに行きうんたらかんたら…。

「とにかくね、今度、私の画集を出すことになって。私、セーラー服で出版社に行ったの。そしたら、さすがね。編集の人が、あなた、それ、三木本高校の制服でしょう。文芸が盛んな高校よね。ああ、うらやましい! 私も入りたかったわ~とか何とかで」

 そこで、ピンときた。画集の話は、前からあったのだ。先に絵画だけ撮影にまわしておいて、一段落したのが三木高祭の前日だったか。そして、セーラー服である。当然、学校用のカバンを持っていったであろう。さっきの会話の流れなら、当然、アレの話につながる。

「そこで言ってやったのよ。私の彼氏は、文芸部に所属していますとね」

 勝ち誇った笑顔。

「何だ、その英作文みたいな文章は」

「ついでに、例の天才詩人に認められた同級生の話もしたわ。同じ三木高生だし、同じ教室で勉強しているのだから良いでしょう」

「何基準だよ、それ…」

 そこで、石矢君は首を傾げている。

「なら、普通、あの子に原稿頼まない?」

「オフコース! もちろん、彼には了承を貰っているわ。まあ、さすがに紙面の都合上、部員全員の作品を載せる訳にはいかないから、とりあえず坂木をゴリ押ししておいたわ」

「本気でやめろよ、お前…」

 こいつ、今すぐくびり殺してやろうか。

「学校の部誌ならともかく、ちゃんとした読者に読まれる…」

 顔を両手で覆う。

「いいのよ。坂木。今回の話はね、言わば紀貫之の考えを体現したものなのよ。下手クソでもいい。楽しく作品づくりをしていたら、いつのまにかこんな素晴らしい作品ができるかも! ということらしいのよ」

「だから、完全に、ビフォーアフターのビフォーじゃねえかよ! 文芸エリートの隣に並べたらいけないヤツだろ!」

 お受験経験者と田舎の高校生が、難関大学受験で競うようなものである。そこで、すっと呉碧が真顔になる。カバンから何かを取り出す。

「それは、紫式部!」

 言わずもがな、本好きにはおなじみの図書券である。

「誰もタダでとは、言っていないわ。さすがにプロではないから、現ナマは無理だけれど、懸賞の残りを差し上げますとのことよ」

「えっ、何を書けばよろしいのでしょうか。呉碧さん」

 両手を差し出す。さっと、図書券をふり上げる。

「ミレイちゃんの冒険録よ」

「そんな、バカな…!!」

 話に飽きたのか、石矢君は姉のためのサマーセーターなど編んでいる。

「いや、当たり前じゃん。それしか書いてないんだからさ」

「そう。でも、あまり短すぎるから、もう少し続きを書いてきてねとのことよ。最後まで書かなくていいからと」


 大学の大教室。机の上にはできたての本。表紙は、もちろん呉碧の作である。どことなく本人を思わせるミレイ。

「まさか、あれから二年も連載が続くとは思わなかったなあ…」

「単行本まで出たしね」

 成長した石矢君は、やはりふわりと笑う。

 普段、ちゃんとした作品ばかり読んでいた人たちには、高校生の書いたふわふわした物語が刺激的でならなかったらしい。編集者は、なかなかやめさせてくれなかった。というか、結局、最後まで書かされたのだった。

 世の中には、こういう作家デビューの仕方もあるのかもしれない。

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坂木秀明の習作 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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