カエルの穴

月ノみんと@成長革命2巻発売

第1話


 久しぶりに、上司から飲みに誘われた。

 おれたちは、繁華街をぶらぶらと、当てもなく歩いていた。

 すると、向こうから恰幅のいい二人の男が歩いてきて、俺たちの両脇に立って、言った。


「へへへ、お二人さん、まだお店決まってませんのであれば、うちなどどうです?」

「ほう? なにか違うのかい」

「うちは特別、個室で食事をとることができます」

「うん、そうか。落ち着けてよさそうだ。ではそこにしよう」


 おれと上司は、そいつらの店に連れていかれた。

 店は豪華な料亭という感じのたたずまいだった。

 おれはさすがに高そうだなと感じた。

 だがしかし、まあここを支払うのはおれではないから、気にするまい。


 個室に通されると、すぐに料理が運ばれてきた。

 ただ不気味なことに、店員の男たちが一向に去らない。

 これでは個室の意味がないではないだろうか。

 男たちはニタニタと笑いながら、おれたちが食事するのを見ている。


「あの、そうみられていると食べにくいのだが……」

「いえ、お気になさらず。こちらは趣味ですので」

「はぁ」


 なんだかよくわからないが、変わった店だ。

 店員たちは、俺たちを眺めながら、時折質問などをなげかけてきた。

 料理はすこぶるうまかった。


 すると、廊下からなにやら声がきこえてきた。


「やめてくれ! 暴力はやめてくれ! 痛いのはいやだ……!」


 おれは思わず立ち上がった。

 店員にどなりつける。


「この店は客に暴力をふるうのか……!」


 おれがそういうも、店員たちは悪びれることもなく、きょとんとしている。


「あれ、なんだ。お客さん、暴力はお嫌いで?」

「当然に決まっているだろう」

「ああ、だったらなおさらうちで決めるといい。うちは暴力はふるわないから」

「……? ほんとうだろうな」


 なんだかよくわからない言い回しだったが、とりあえず暴力はふるわないという。


「ではさっそく準備をしましょう。ささ、着替えて」

「な、なにをする……」


 すると店員たちは、おもむろにおれのことを脱がそうとしてきた。

 こっちはまだ食事の途中だというのに、なんというやつらだ。


「大丈夫、今がちょうどいいです」

「なに……?」


 男たちはおれよりも二回りほども大きな大男で、両脇を固められると、逃げるにも逃げられない。

 暴力をふるわれてもかなわないので、俺は仕方なく脱がされることになった。

 そして、おれはふんどしをしめられる。


「なんだいこの奇妙な恰好は」

「あれ、みなさんこの格好でなさいます」

「そうなのか……?」


 もしかして、ここはいかがわしい店なのだろうか。

 料亭というから、そういうことなのか?

 俺はなんだかなっとくしはじめていた。

 そうか、そういうことならいいぞ。

 おれはわくわくしはじめていた。


 そう思っていると、だんだんふわふわした気分になっていった。

 そして、おれは気を失った。



 ◇



 次に目が覚めると、上に人が載っていた。

 おれは布団に寝かされていた。

 おれの上にもまた、人が寝かされている。

 おれの下にもだ。

 まるでミルフィーユのように、何層にも人が寝かされている。

 いったいこれはなんなんだ……!


 おれはなんとかそこから抜け出した。

 すると、そこは地下の大空間だった。

 まわりは土の壁でおおわれている。

 おれたちは、埋められようとしていたのか……?


 上を見上げてみると、上は天井が空いていた。

 これは、上からなら逃げられそうだ。

 おれは、人の層をのぼることにした。

 人間タワーは、上のほうまで続いていた。


 おれは布団をたぐって、どんどん上に上っていく。

 すると、下からなにやら声がきこえてくる。


「脱走だ……! 逃げたぞ……!」


 下をみると、そこにいたのは、なんとかカエルだった。

 人の骨格をしているが、顔だけがカエルなのだ。

 おれより二回りほど大きな大男の顔だけが、巨大なカエルだった。

 しかも、その服装は、さっきの店員と同じである。


 なるほど、おれはこの蛙にだまされるところだったのか。

 それにしても、おそろしい。

 緑色の肌が、てかてか光って気持ちが悪い。


 すぐに数匹のカエルが集まってきて、俺のことを追いかける。

 しかし、おれはどんどん逃げる。


「人間は人間。ゲコはゲコ」

 「人間は人間。ゲコはゲコ」

  「人間は人間。ゲコはゲコ」

   「人間は人間。ゲコはゲコ」

    「人間は人間。ゲコはゲコ」


 カエルたちがそんなことをいいながら、追いかけてくる。

 おれが人間タワーを上っている途中で、目覚めるものもいた。

 だが、彼らはいちように逃げるでもなく、うわごとをつぶやくだけだった。


 「人間は人間。ゲコはゲコ」


 俺は必死に逃げた。


 なんとか地上まで出ると、そこは線路のわきに開いた、工事現場だった。

 おれは怖くなって、その場からすぐに逃げ出した。


 それから、あの方面には近づいていない。


 上司は行方不明になったようだった。


 数日後、おれが夜、道を歩いていると、うしろから声をかけられた。


「あの……、もしかして、どこかでお会いしましたかな」


 男は、おれの肩に手を置いて、ぽんぽんと、合図する。

 なに、知り合いかと思い、おれは振り向いた。



 

 ふりむきざまに、俺の頬に、カエルの人差し指が張り付いた。


 

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