犬🐕と人魂

青田 空ノ子

ワンコ どうする?


 ふと思ったのだけど、人魂と人の幽霊って何が違うのだろう?

 

 まず姿が違いますね、当然ですが。

 幽霊だとそのまま人の霊魂ってな感じだけど、人魂って科学的には燐が燃えた物だという説が有効だし。


 ただ視える人によると、その魂の中に顔が視えたりするという話を聞いたことがあるので、やはりただ可燃物が燃えた物ばかりではないようだ。


 青田は以前、実際にそういう風に見たという人を二人知っている。

 二人共アマチュアとプロとして霊感能力は高かった。

 霊感が強いとそこまで視えるのかもしれない。


 ただそうすると、なんで火の玉状と人の姿の二つの形態があるのか、そこがまた謎なんだが……。


 ちなみによく怪談で描写される人魂は、垂れる水滴💧の尾がそのまま長くなったような表現が多いが、実際に見た人によると、オタマジャクシみたいに〇に急に細く長い尾が付いた形をしていたそうだ。


 かくいう私の母も、子供の頃見た事があると言っていた。


 夜の病院だったという。

 外ではずっと雨がそぼ降っていた。

 親戚の誰かがご危篤で、幼かった母は遅い時刻にも関わらず連れて来られていた。


 たまたま独り切りで病室に残された時、二つの青白い光が突然現れたそうだ。

 それはふわふわと細長い尾を引いて、天井近くを漂ったらしい。

 母が大声で騒いだ途端、パっと消えた。

 ちょうどお亡くなりになった頃だったらしい。


 燐火が出現するのは、雨の日が多いと聞く。

 やはり燐の自然発火だったのだろうか。外でもなく室内で?

 燐が燃えた火は、そんなオタマジャクシ状には見えないと思うのだが。

 真相はわからないが、怖いことには変りない。


 当たり前のことだが、人魂にこのような恐怖を感じるのは、それが幽霊と同等に畏怖の対象だからなのだろう。

 対処の分からないモノには、まず恐怖が本能的に働いてしまうからではないだろうか。


 そこへいくと、犬や猫が時折、部屋の隅や何もない壁などをジッと見ていることがあるが、あれは何なのだろう。

 動物には人の目に見えないものが視えるという。

 だとすると、怖くないのだろうか。

 好奇心が強いのか、はたまた警戒しているのか。

 こればかりは本人たちに聞くしかないだろう。


 以下は、私の以前にいた会社で聞いた話である。


 営業課のI部長。そのお兄さんが京都に居を構える陶芸家で、西陣織などのテキスタイルデザイナーもされている芸術家だ。


 いつも陶芸家らしく、作務衣ふうのお洒落な着物に下駄という和装。

 髪は後ろできっちり結んだ総髪で、口髭にサングラスの似合う渋いおじ様だ。

 空手師範代のガッチリしたI部長と違って痩身だが、いつもキリリと背筋が伸びている様もカッコいい。


 直接話したことはないが、一時ウチの会社の商品にもそのデザインが使われたこともあり、その頃頻繁に来社されていたので、社員みんなが見知っていた。

 ここではI氏としておこう。


「ウチの兄貴がさ、人魂を見たんだって」

 経緯は忘れたが、ある時 I部長が面白そうにこんな話をしてくれた。


 場所は京都の某所。時刻は夕暮れ時。

 のっけから降って来た雨にI氏は家路を急いでいた。

 愛犬(柴犬系のミックス犬)を伴って、散歩がてら取引先を訪問した帰りだった。

 

 止むどころか段々と強くなりそうな雨足に、つい近道をすることにした。

 墓地である。


 そこら辺にはお寺が多かった。大小あるが、お寺には墓地が付き物。

 一般の出入り口が一つしかない小さなお寺と違って、反対側に抜けられるところも少なくない。

 

 そこも広めな墓園で、ここを真っ直ぐ突っ切るとショートカットになるため、陽の高いうちに度々通ったことがあった。

 だからこの時も夜の墓地とはいえ、知らないところでは無し、とばかりに通ることにした。


 まわりに寺院や家々の明かりがポツポツ見えるとはいえ、境内に灯りはない。

 夕暮れ時の暗灰色の雨空の下、辺りは濃い藍色に包まれて、卒塔婆や墓石が影絵のオブジェのように真っ黒に見えた。

 いかにもというシチュエーション。

 これでは何かが起こらない方が少ないかもしれない。


 突然音もなく、それが現れた。

 ひゅるひゅると、整然と並んだ四角い墓石の上を青白い火が何個も飛んでいた。

 一つや二つどころではない。五六個あったのではないかと言う。

 雨足が弱まっているわけでもないのに、火にまったく影響していないように見えた。


 その時、I氏は、まさに背中から一気に冷水を浴びせられたように悪寒が走ったという。

 ちょっとやそっとじゃ驚かない自負があったが、流石にこのような事態は初めてだった。

 

 どうしたものか。I氏の頭の中は真っ白くなりそうだった。


 その時、ハッと思った。

 そうだ、ウチの犬は?

 俺は一人じゃない。○○(犬の名前)がいるじゃないか。


 すぐに横にいる犬に振り向いた。


 ○○は火の玉に向かって威嚇するどころか、真冬に氷水をぶっかけられたかのように、全身でガクガクと震えていた。

 クルンといつも上がっていた尻尾も、今や見る影もなく下に垂れて揺れ、ピンと三角に張っていた茶色の耳は完全に左右に倒れている。

 もちろん濡れて寒いからではないだろう。


 愛犬○○は、目の前をふらふらと浮かび舞う炎を真っ直ぐに凝視しながら――まるで目が離せないように――吠えるでもなく、ただただ小刻みに体を震えあがらせていた。

 まるで飼い主と恐怖を共有しているかのように、いや、それ以上にガタブルしている。と、見えた。


 駄目だ こりゃ!

 I氏はそう思った。その瞬間、自分の体も動いた。


 バッと、愛犬を抱えると、一目散にもと来た道を急いで戻ったそうだ。

 それきりその墓地を通る事は止めにしたらしい。


 やはり動物だから『火』は本能的に怖いのだろうか。

 しかし火事などで犬や猫が尻込みしたということはあるが、ガクブルしたという話は聞いたことがない。

 ましてや火事とはこれまた違う。


 またこれが人魂ではなく、幽霊――人の姿だったら。

 犬ではなく猫だったらどうなのだろうかとも思う。


 ともあれ何だか分からないモノは、動物にとっても恐怖の対象なのかもしれない。

 それとも何か正体が分かるからこそ、恐ろしく感じるのか。


 それに目の良い人悪い人のように、霊感力の強さによっても視え方は違うらしい。

 犬には果たしてどう視えたのだろうか。

 どんなところが身を震わせるほど、怖がらせた要素だったのだろう。

 

 ちょっと知りたい気もするが、私も見たくないのでこれ以上詮索するのは止めておく。

 無意識の意識なのか、はたまた『噂をすれば――』なのか。

 話したり書いたりすると、何故か匹敵する夢を見たりするので、ハッキリと遠慮しておくことをここで言っておこう。

 私は見たくないぞー。

 

 

 ところで、ワンコ話につられて来た読者様に、たったこれだけでは申し訳ないので怪奇とは全く無縁だが、その会社近くで遭遇したエピソードを付け加えておこうと思う。


 ある夕方、会社から駅までの帰り道、友人二人と歩いていた。

 大通りから一本入った裏道で、私達の前には白いシバふうの犬を散歩させている中年の男性が歩いていた。


 そのオッサンが何の前触れもなく、突然大きなクシャミをぶっ放した。

「ぶぇっくっしょお”ん”っ!!」


 足元に電流が流れたごとく、前を歩いていた白犬が発射されたみたいに飛び上がった。

 あんな椅子みたいに、足を突っ張らかせて跳ね上がるのかと思ったぐらいだ。


 すぐに後ろを振り返るワンコ。耳の動きも激しい。

 当たり前だが、ワンコにはそれがクシャミの声だとか分からなかったんだろう。

 ただの爆発音テロだ。

 もしかすると飼い主の声だったので、怒鳴られたのかとでも思ったかもしれない。

 なんだか分からず、ドキドキしているのがよく分かる狼狽うろたえぶり。


 友人二人は即その場を離れると、近くの自動販売機の陰に隠れてやっと「犬がぁ イヌが~」と息も絶え絶えに言った。

 さすがにすぐ後ろで笑うのを必至で我慢したのである。


 オッサンはそんなワンコの様子に気がつくこともなく、横を向いて「えい、くそぉ」的な事を言いながら鼻を手で拭った。

 それを辺りをキョロキョロしながらも見つめるワンコ。


 あなたの一発が、愛犬に多大なドッキリを喰らわした事なんぞ永遠に知らないだろう。

 再びオッサンが歩き出すと、ワンコも主人が普通なので再び前を歩き出した。

 時折、後ろを振り返りながら。


 申し訳ないがその様子がえらく可愛かった、一日の疲れが癒された。

 ブルプル震えるワンコも見てみたいが、やはり可哀想だから望まないことにしよう。

 ワンコに幸あれ。



    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 関係ないけど、いつも柴犬を見ると、あの頭を触りたいと思ってしまうのは私だけだろうか( ̄▽ ̄)

 む~ん、あの真ん中に筋のある頭がなんとも愛おしいのだけど。

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犬🐕と人魂 青田 空ノ子 @aota_sorako

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