睨む女
しおとれもん
第1話いかづち
「睨む女」
第1章
「いかづち」
大人の恋愛とはナニ?
結婚という金メダルを目標にしてそれを目指した二人三脚の仲良しレースの事なのかな?脇目も振らず、ゴールを目前にした時に不意にすれ違うイケてる男に振り向いてはいけないのかな?私は待たされ過ぎた。
結構複数の男に振り向いている・・・。
ついて行ったりもした事・・・、幾度となく有る。待たせる彼に当てつけた私。でも空腹のままだった。
それがどういう結果をもたらすのか考えもしないで、短絡的な私・・・・。
あんな恋なんてしなきゃ良かったのに結局私は女の身体を弄ばれて、日本の政治家に莫大な金を見せ付けた結果、メンタルを支配して行く狡猾なあの国の様に離婚という異次元の青空の下に誘き寄せ、しっかりと私を堪能した男。
それでも嫌いになれない煮え切らないわ ・た・し・・・。
ICUには宗像亮一(むなかたりょういち)が生命の危険に晒されて溶解剤を点滴していながら人工呼吸器を施され静かに横たわっていた。
男は微動だにしなかった。
そしてメラメラと、立ち込める憎悪が睨む女の怨念と為り、ロングストレートが蛇のように蠢き逆立つメドゥーサの様相を含め、静電気から磁力が生じて稲妻が走っていた。
地の底から絞り出したような重低音で「最後まで生きて生き抜きなよ!その惨めな姿を私の目の前に晒すまで!」
ビニールカーテンの外から睨み続けていた。
睨む女はつり上がった目尻も眉根に立てた皺も怒りと憎しみの鬩ぎ合いに立ち合う機会を持てた征服感に高揚していた。
黒豆病院。病棟は東西南北の順に並列して建てられていた。
各病棟には、採光を採るためのパティオが造成されていて手入れもしないで伸びきった芝生は約5センチ程度に成長したまま密生していたからかなりのクッション材に為っていた。
ヒューッ!ヒュル!吹いては止み、止んでは吹く、1階から超スピードで吹き上がりながらも4階に到達しては止む虎落笛(もがりふえ)の鳴る鋼鉄扉の表側にて院内通路側の扉には、関係者以外立ち入り禁止の看板が掲げられて幅広い通路では病院職員が忙しく往来していた。
黒豆病院では食事の時間は殆どこの光景が観られた。
職員用兼非常階段の4階最上段踊場から下り階段の踊場に男が乗った車椅子が一台、最下段の方を見下ろしていた。15段は有る。
しかも勾配は30%だ。
スーッ、ハァー・・・。一回腹式呼吸をした直ぐその後で「ヨシッ!」両足を駆って50センチ前進した!スライド電源をオンにしてモーターを始動させた。
シュルシュルシュル~・・・。最速でシリンダ内の摩擦音がハウリングしていた。
車椅子の車輪が階段の一段目に落ち、そこから落ちるベクトルに任せて前傾姿勢を取り、車椅子の手摺をしっかりと握りしめる!
モーターの暖機が終了し地球の引力と回転数が最高潮に達したモーターエンジン!段鼻に車輪が当たり特別な干渉ノイズを発していた。
一段、二段とスローな降下を始めた。
次にガガガッガガタンガタン!と、自動で走り出した車椅子のサイドブレーキを解除!
丁度その頃、下階から階段を一段ずつ登って来る看護師の髙橋直美(たかはしなおみ)が上階を見上げて、「まだ20段は有るわね!」ふぅ~と、ダイエットの為にエレベーターを使わず自らの足で上った事を後悔し始めていた。
頭上で階段を叩く様なノイズに気付き上を見た。
しまった!階段の下段の向こう側は鉄筋コンクリート仕立ての壁だ!男は計算ミスを後悔していた!遅かった。
「ウアーッ!」は!男の叫び声に気付き顔面の前に両肘を上げ橈骨を頭上に着けて、ジェット機の緊急着陸の態勢の様に頭を抱えてギュッと目を瞑り背中を丸めて膝上に頭を近づけた!
叫び声?直美が見上げた途端、車椅子に乗った男が、車椅子ごと壁に吸い込まれて行くのが眼に入った!
「ちょ、ちょっと!」自殺?
「あれは常磐(ときわ)さん!?」確かに見た!
自殺なんてしないでよ~と、狼狽した声を上げ階段を駆け上がったが、男と車椅子が激突した壁には何の形跡もなく男が書いたと思われるであろう方程式のメモが落ちていた。
2.5×√3=7.5メートル。
「なんだろこれ?」立ち上げた擁壁に掛かる土圧の摩擦力が安息するセットバックの方程式だったが、土木業界に無関係の直美には興味がそそられなかった。
第2章
「リベンジ」
小難しい・・・。チッ、興味無い!舌打ちした刹那、南病棟東側のパティオからザワザワガヤガヤと人々の喧騒が聴こえて来た。
急いで階段を降り小庭に出た直美は観た!
地面に叩き付けられて飴のようにグニャグニャに折れ曲がり原型を留めない車椅子が存在していて密生した芝生が引きちぎられていたが常盤兼生(ときわかねなり)の姿は無く遠方から常磐兼生が拡声器を通してがなりたてる健在ぶりを証明していた。
科学者である発明家の常盤が立候補した県会議員選挙の所信表明演説の声が聴こえていた。
「みなさんこんにちは!この度県議会選挙の議員選挙に立候補した民亊党公認の常磐兼生(ときわかねなり)です!
その目的は神戸市や芦屋市、明石市や加古川市、姫路市、赤穂市等の防災工事をメインに県政を行って行きたいと想い立候補しました。
例えば何年か前、線状降水帯から豪雨が降った灘区で土石流が発生しました。防災工事を!と、叫ばれるなか県は、安全かつ合理的で安価な土石流止めの擁壁を設計して、地域住民に圧迫感を感じさせない県政でした。
その地勢を確認すれば一目瞭然ですがそんな事は尾首にも出さず飄々とやってのけた兵庫県にリスペクトしていました。
私は県で防災工事のスペシャリストとして、県政を執り行って参りたい次第です。どうか皆さん!常磐兼生を覚えて下さい。
私はそんな地区の危険性を調査して、事前に防災工事を執り行いたいと考えて居ります。
「貧すれば鈍する」と言われている様に事前調査の上、ローコストハイクオリティな防災工事にチャレンジして行きたいと思いますので、お住まいの裏山が崩れそうだ、川が増水して氾濫しそうな水位があるので怖い!
崖の崩落が始まって自宅へ迫っている等の不安案件があれば、遠慮なく私に相談して下さい!地盤調査の上、必要とあらば、公共工事を施工する様に取り計らいます。
しかし皆さん!私は今、タイムマシンでここに来たのです!あちらの黒豆病院から10分前にね?タイムマシンは成功しました!
だから皆さん!過去に災害があった地域にタイムマシンで飛んで行き防災工事を施します。災害の前に! ある日突然防災工事が終わった地域に住む
皆さんは安全かつ幸せなくらしをしている事に気付くでしょう。
そしてどうか皆さん!自宅を建てる時は予め地盤調査をして、ベタ基礎判定が出れば無難ですが、地盤改良と出たら地盤改良工事に費用は掛かります。表層改良ならば、そんなに高額ではなく表層を固めるだけで費用は低額です。
しかし、杭打ち判定となりますと鋼管杭だけでも一本20数万円から複数本打ち込まないと安定を得られませんから酷い時には20本前後の杭打ち判定となりますから、しかし皆さんあの東京タワーでも80メートルの杭打ち工事若しくは深基礎工事をしております。
何とか契約が欲しい住宅営業マンは、そんな付帯工事を度外視して契約を勧めて来ますが、自宅の足元を確かなものにする地盤調査判定を真っ向から受け止めて下さい!人の命は金では代えられません!どうか皆さんローコストでハイクオリティな防災工事を求めて下さい。そして高齢者や身体障害者に優しい兵庫県でありたいと願う常磐兼生ですが、私が当選した暁には兵庫県民の安心健やかな暮らしを守って行きたいと考えて居ります!
市県民税の有効利用を公約します!
ふうっ!遣り切った。
時間を10時間後にしておいたから余裕があって集客準備も捗れた。
聴衆は約5百人!この人数が投票数と為る訳はなく。例え一票にでも為ってくれればと謙虚な面持ちで後片付けに入った。
車椅子は破壊されて使用出来ない。何とか車椅子仕様のタイムマシンが日本国中各地域で自然災害を被る以前に脚を踏み入れれば、被災は最小限に留められる筈だ!
第3章
「見えない金」
常盤の尤もらしい所信表明にはタイムマシンを使った防災工事の優先順位は最上位で必須だと、訴えたが、未来から県議っが舞い降りて、間もなくここは、酷い災害に遭うから
防災工事をしましょう!と、叫んでも響かないし、しかも何処の誰か分からない男の言うことを信じるか否かといえば信じないだろうと市県民の意見は否定的だった。
いつか発生するかも知れない表六甲の表層には、阪神大震災の爪痕が残る。無数のクラックが大地震のレジェンドだった。
必ず起こると言われている南海トラフ大地震がトリガーとなる危険性を孕んでいる。
表六甲の全層が崩れたらその麓に開かれた町ごと土石流にのまれる!
これは、科学者や識者の唱える地震の二次被害は素人の常磐が幾ら市長や県知事に幾度となく起案しても、認可されないだろう。
それならばいっそのこと、県議になれば市長や県知事にアポ取りも容易に出来る!だから県議に立候補したというわけだ!
何事も当人主体で物事を動かそうとしても
「何で立候補されたのですか?選挙活動費用もままならず、例えば新聞折り込みチラシにしても常磐さんの顔姿はカラーにして他は白黒刷りのB4サイズで一枚20円だとして、配達全地域で15万世帯だったなら単純計算で300万円だからね。」街宣カーをレンタルしてマンスリーで205万円、選挙ポスター貼り付け1ヶ所400円でまさか1ヶ所だけポスターを貼る訳でなし、千ヶ所も2千ヶ所も貼る訳で、その分を計算しなくてはね?ザッと一千万円程度でしょうか・・・。」
国政と県政。規模は違えど、降りかかる費用は県会議員で約3千万円、国会議員で約3億円と、いう訳だ。
このように周辺住民だけでも考え方や生活手段が違うわけで、常盤の唱えた公約は人々の心を打たず落選した。
第4章「一縷の望み」
その頃高橋直美は恋の花が満開だった。
咲き乱れていた。
「もう寂しくは無い!亮一さんが居るから。」両手に直美の乙女の花束を持ち澄んだ瞳はキラキラと煌めいていた。
いつまで私の事を待たせるの?
いつまでも有ると思うなよ金と恋人!
「もう別れます!待たせ過ぎよ・・・。」決意をした女はゴジラよりも強く死なない。ダイハードだった。
直美は目の前のメガネを掛けた亮一を選んだ。
彼は離婚予定。一緒に居ると落ち着く。
一人にさせない、季節の行事には直美を誘う。
彼は何時も新しい。抱かれる度に体温を共有させてくれる。
今までは返って来ないメールを打っては自分で言い聞かせ納得していた。
11月神戸ハーバーランド。
潮風が心地好く涼しい。
東風が二人の間隙をすり抜けて行く。
ラニーニャが発生しいていて、まだ初秋の装いのままだったが神戸港の波は穏やかで波という波は無く凪状態だった。暖冬という季語が良く似合っていた。
49年前に入港したクイーンエリザベス号の乗組員はハーバーランド造成工事前の現場を観ている筈だ。
「亮一さん!写真撮ろうか!?」大きめの声でなければブルースカイに抜けて行く気がしていた。静かな昼下がり、頭上の太陽と周りの空模様は季節の先取りをしていて、空はもう真冬だった。
「僕は良いよ、ナオを撮って上げる。おいで!?」護岸フェンスに凭れていた亮一が背中を離して二、三歩直美に近付きカメラを奪った。
黒い革コートの裾が翻ってまるでハリウッド映画「マトリックス」の様でカッコイイと思っていた。
「シャッターを押すだけだね?」一人でこう言いながら直美から離れてファインダーを覗く。
直美のバックは巨大な観覧車がゆっくり回りながらこちらを観ていた。一縷(いちる)さんが私達を観ているかもね・・・。
浜風に吹かれながら脳裏の片隅で考えていた。
シャッターを押した亮一が顔をカメラから外して「今、何か考えている?南海トラフ地震の大津波がこっちへ来たらどうしようかって考えているのじゃ無いの?」にやけながら直美の方へ歩み寄った。
「良いお天気だなって・・・。」亮一を見上げながら笑った。
「嘘つき。」
カメラを渡しながら半笑いで呟く。
超能力者なの・・・?
背筋が寒く為ったが、先程から選挙演説の街宣カーが、スピーカーからかなり犯則気味の大音量の選挙演説が流れていたが、亮一の言った南海トラフ地震の大津波は、大阪・和歌山で34メートル、神戸で5メートルの津波に襲われると言う。
「5メートルの津波と言えば、JR三宮駅から延びている鉄橋スレスレの下に波が来るし、新幹線の新神戸駅の足下スレスレまで波が及んで来る筈。」
「今来たら死ぬね。泳げないもん」
「・・オ?」
「ナオってば!どうした!?」怪訝な面を浮かべて「今日泊まる?神戸に。」
「それとも岐阜に帰ってキラキラ行こうか!?」しばらく考えてコクリと頷いた。
このまま神戸にお泊まりして、神戸の夜景を観てみたい100万ドルの夜景だもの、でもイベントが一杯の亮一さんとキラキラに行きたい!
としたら・・・、亮一さんとキラキラに行きたいの勝ちね!「岐阜に帰る、キラキラに行こう!」亮一の言葉が耳に入った刹那、だから気の置けない男!だから好きになっちゃう!目一杯笑顔になった!屈託の無い笑顔だった!
亮一がもコモコのダウンジャケットを羽織る直美の笑顔を観たとき亮一の腹の中にあった怪訝な思いは、秒殺で吹き飛んでいた。
岐阜のキラキラが終わり、寂しくないクリスマスの朝・・・。
第5章
「優しさの代償」
「ねえナオちゃん!驚かないでよ!?」
「エリ、どーした?」直美の同僚の看護師エリが日勤の朝、息咳切らして緊急事態だと言い、黒豆病院ナースセンターに走り込んできた!
「これ!観てみ!」
直美に差し出した彼女のスマホのディスプレイには、「ご近所さんの元人妻に出逢おう!」という出会い系サイトに顔写真とペンネームで、メガネのシンちゃんの名前でバツのある元人妻を募集していた。
愕然とする直美!
口に手を当ててオロオロする看護師エリ!
昨日までのホクホク感は何処へ行ったのだろう?
直美の周辺には昨日の高気圧とたった今、急激に成長を遂げた低気圧との気圧の谷が出来ていた。
直美が夕方のウェザーニューズに出てくる天気予想図を想い浮かべて
狭い等圧線が出来たせいで、吹き荒ぶ真冬の嵐の風が直美の顔にダイレクトに殴り掛かっていた。命知らずの嵐だった。
「私と一緒の境遇の人を探している!?出会い系サイトで?・・・、クォおのオオ~裏切り者めッ!」般若と化した直美の怒りと失望は境地に達していた。
「アメリカの都市ロサンゼルスの語源はスペイン語の発音で、ロサンヘレスから来ているそうだよ。」
「マゼランはイタリア人でね、スペイン王朝から援助されてあらゆる海の冒険をやったそうだ、その時にアメリカ大陸の南端にマゼラン海峡を発見したし、インド航路も発見している。」優しい口調に博学を醸し出していた。
のに・・・。
優しさの代償は、時に反比例のしっぺ返しをお見舞いすると、決まっていた。
そのダメージはボディブローをワンツーででまともに食らった時と同じで息子が交通事故に遭い死ぬほど心配してやつれた時と等しかった。
直美の男性不審は酷くスレ違い様に男の気配が漂えば即反応して嘔吐した。
窮極だった。
もう彼の声や彼が打ったラインのテキストを読むのが苦痛で、思案の末ブロックした。
が、しかし、直美の潜在意識は心の襞に絡まった亮一を全て摘除するのは困難を極め漂う亮一の面影を求めて身体が無意識に動いていた。まるで夢遊病だった。
抱き締められたら反射的に顎が上を向く。キスされ易くするためだった。
全て身体で覚えていた。
今思えば、手前勝手な振舞いが多かった。
一縷の時は、連れ子の心配を親身になって良く世話を焼いてくれていた。
窮地に陥れば窮地の状態の人が良く分かるし考えも理解出来る。気が付けば良く行く神社の境内の前に立つ、
「一縷さんは事業が忙しかったのね・・・、ごめんなさい。」はあーっ、とタメ息を突けば全てが終わる事があっても良いのに、神様は何て意地悪なの?
両手を合わせて眼を閉じた。
ディイープな溜め息を突いた後で閃いた!と叫び一度賽銭箱の中を覗き二百五十円を投げた。同時に一礼二拍手二礼をして踵を返し小走りに参道を駆け抜けて常盤兼生が所信表明演説をしていた沿道へ行き接道の事務所で選挙の後片付けを終える時間を待ち、「男と出逢う前にやり直したいから3年前に連れて行って!?」と懇願し、「スーパー看護師のナオちゃんが言うなら仕方無いか!」と、時間旅行へ旅立った!
黒豆病院。
車椅子に座る直美は、バックダイヤルを3年6月前に合わせた!
「後悔しないね?」常盤が釘を差す!4階階段の踊り場にて虎落笛を背後に常盤が踊り場を蹴った!ガタン!車椅子の車輪が傾き下り階段の一段目の段鼻に干渉してノイズが響いた。
緊急で取り付けた車椅子のバックステップに乗る常盤が大きく傾いた車椅子から落ちそうになる姿を感じた直美は全身を強張らせ、手摺にしがみついた!顔は俯き歯を食い縛る!ガタガタ!ガタガタガタガタ!「壁だ!」常盤が叫んで直美が顔を上げた!直美の眼前に白い霧の様なものが漂い湿度が高く為って意識が遠退いた。
「ナオちゃん!?」誰かが肩を揺する?誰?変態か!「やめろよこの野郎!」右の裏拳が炸裂した!「常盤さんごめんなさい!鼻を殴っちゃった?」後ろを振り向いて両手で鼻血を押さえた常盤が目に入り直ぐ様キティちゃんのハンカチを差し出した。
その直ぐあと遠くから救急車のサイレンが近付いて来た!職務上、救急を当院が受け入れた事を察知した直美は、身体が救急受け入れ搬入口まで急いでいだ!
途中、直美が車椅子に乗って常盤が、車椅子を押している事に気付き車椅子を降りて一緒に走る!
ストレッチャーに仰向けで寝ている患者を見ると、なんと裏切り者の宗像亮一だった!「なんで?」両手を頬に当てて叫んだ!「亮一さん!」驚愕の直美は彼の身体に異変があるとは思えない程の健常さで、まさか心臓?他に胃とか肝臓とか?肝機能障害とか多臓器不全の可能性はある。
でも黄疸は出てないし、チアノーゼも確認していないし、酸素は足りている! では、ナニ?逡巡しながら直美は走るストレッチャーに追随して行く!
それを見ていた一人の救急隊員が直美に気付き、ツカツカと近寄り耳元で「脳梗塞ですよ・・・。朝、起き掛けに44℃の熱い湯で入浴をしていて、首をゴキゴキとやったらしいので首の血栓が剥がれて脳血管に詰まったようで・・・これから点滴をするらしいです。」
血栓を溶かせる点滴のリスクは、脳出血
亮一は脱水気味で、割と常時白い舌をしていて、無頓着な補水しない性格で、喉が渇いたと言っては缶ビールをシュポン!と、小気味よく開けてゴクゴクと旨そうに喉を鳴らしながら350mlの缶ビールを一気に飲み干すレビューが見えた。ビールは単なるアルコールで、脱水した身体にアルコールを入れたら余計に脱水するとしつこく言っていたのに。
先ほどの救急隊員が、直美の左横にへばり付き心配顔の直美を覗き込んで「あいつはバツの付いた元人妻が好きで、抱くと待っていました。と言わんばかりに積極的に攻めてくるからこちらも性欲の捌け口になって大満足だよってスケベな顔して笑っていたよ。」奥さんが居るのにね?と、聴きたくも無かったのに、余計な事を・・・。疲れるのよね。同級生というだけでお節介を焼く人・・・。
友達でも何でもない癖に!
ロングストレートがザワザワと蠢き顔面は鬼の形相をしていた。
亮一の妻子と、共にICUに入室した。掛かり付けの看護師だと説明して「よろしくお願いします。」と妻子が出て行き一人になった時に透明のビニールカーテンの外側に立ったまま重症の亮一を睨み付けそのベクトルはビニールカーテンを溶かせるほど怒りの熱量は、あった。
「ここへ来る前に常盤さんと貴方の似顔絵を描いたわ。だけど・・・他の人の絵は、ディテールが気をつけられて繊細に描けるけど、貴方の絵は何故か荒々しいタッチになってしまう。それは、貴方に対して特別な感情を持っているからだって、常磐さんに教えられたわ。特別な感情なんてどんなだろうって考えたけど・・・。貴方に対して、特別な感情を持っていない!持っているならばそれは憎しみと呆れと失望だけ!
つくづく残念な男。
身体に麻痺が残って繁殖能力が無くなったら同情はするけど、半分男として生きなよ!人は平凡に生きて家族に囲まれて死んで行くのだよ、あんたみたいに不幸を背負った女を欲に任せて抱いていたら鬼畜以下だよ!貴方はいけしゃあしゃあと、バツイチだって言っていたよね?」
「俺が女房と別れたら結婚しよう。」たらって、・・・ナニ?たらって?そんなの停止条件付きの宣言?あり得ないし、いつまで待たせるのっつうか、普段の私達は不倫の王道行っているじゃない!?奥様と子供ちゃんに申し訳
なくて・・・。まともに顔を視られなかった。
そんな子供騙しを平気で宣う方がどうかしていると思うし、バカじゃないの?
私に俺の子供を産んで欲しいって・・・。
サイコーに狡猾な手段よね!?
そんなにしてまで私を いいえ、女性を抱きたかったの?
女に出産を依願してはイケないわ!
それは最上級のフェミニンでナーバスな事なのよ?
泣くに泣けない被害女性が居たら。
貴方もう!
社会復帰しないで死ぬべきだわ!」
呪いの睨む女・・・。
呟きが終わってもまだ睨む女は亮一の業を許さなかった。
[
ラストサイト」
「ナースのポテンシャル・憎めない男」
第1章 「こちらから失恋した」
浮かぬ顔 。
沈んだ心。
弾まない会話。
進まない箸。
眠れない夜・・・。
切りがなかった。
彼とのお別れを想いドレッサー前に座りまじまじと真正面から直美を見る。
「窶れてる。」
何なら?せても良かったのに・・・。
つとむさん・・・。
土岐川土手午後5時半の逢瀬。
「さよならもう・・・、会わない。」
振り向かず彼の視線が背中に刺さる中、前を見て走る途中、土手の窪みに脚を取られ転けた!
チリンチリン!
親子の2人乗りが軽快に追い越して行く!
西日が涙に濡れた頬を照らしていた。
オレンジ色の空に向かってカラスが飛んで行った。 ドラマチックね。
あんな風な家族構成は望んで居なかった直美。
でも心の襞に絡まっていたそんな思い・・・。
心のどこかで望んで居た直美
こんな綺麗で鮮やかな別れじゃなかった。
ふーっと、溜め息を突きルージュを手に取る。
チークは止めておこう。気分じゃない。夜勤があって有りがたかった・・・。
ナースのポテンシャルは夜勤で発揮される。
患者の安眠を護る守護神的な直美はここ2、3日眠れて無かった。
甲斐務(かいつとむ) に自ら別れを告げたから?いや、別れを告げてしまったからだ。「ナオ!僕の悪い所は直すよっ!もうキミ無しではダメなんだ、正直に言う僕は、ナオが存在する空間でないと生きられない!愛してる!」
真剣な眼だった。
「熱弁というか、つとむさんの体温がこっちへ来たの・・・。」
「だから私は、だから私は、背いてサヨナラ!って!叫んでしまった!追いかけて来なかったわね彼。」
でも叫ぶ時まで決めていたのに・・・、サ・ヨ・ウ・ナ・ラ!の5文字を言い終わった瞬間、心にサーッ!と不安と絶望という緞帳が降りたの。
「4文字じゃないのサヨナラって?」
キリコが言う。日本語はナーバスでA型だから丁寧に言うとサヨウナラの5文字だけど丁寧に言わなかった直美。
ふーっと、パーラメントの白い煙を吐いた。
「呪われてる。」ん?
「エクトプラズムみたい。あんたの煙。」
あー、と脊柱を立たせ伸びをしたかと思うと、「つまんない。」キリコが呟く。
「呑みに行かないよ!?あんたといるとウジウジが移って仕方がない。」
カフェ(フギ)を出てトボトボと歩いた。夜勤が有りがたかった。
仕事に熱中出来る!
ナースのポテンシャルを発揮出来る!
夜、眠れなくても良かった。
直美は直美自身の心のケアをしてほしくてキリコを呑みに誘った。
しかし、フラれた。りゃあそそうよね、ウジウジしちゃうんだもん。サヨナラ!
ドレッサーに赤いルージュで書いた!途中ポキンとルージュが折れた・・・。
なんかの歌みたいに・・・。
鏡に映った直美の顔とレースのカーテン。
ふざけてそれを巻いた直美を包む様に抱きしめたつとむ。
何もかもがファースト。
ファーストハグ。
ファーストキス、
ファースト・・・メイクラブ、
つとむの鼓動が聴こえる様に脈打つ鼓動が直美の豊かな胸にハウリングしていた。
弾んだ吐息!毛布の様なつとむの温もり・・・、つとむの体温が、直美の湖に満たされた。
私は子連れなのよ?あなたには妻が居る。差し出がましく別れてなどとは、言わなかった。
ううん言えなかった。
空気の様に想えなかったからだ。
いつまでも恋愛をしていたい直美。
恋愛していれば女に磨きが掛かる。
交際して第3コーナーを回った辺りからつとむの浮気が暴かれた。
暴いたのはキリコ。お節介な女・・・。
暴かれた時から上がり3ハロンに差し掛かった。
しかし、ゴールまで走り続けrるつもりは無かった。
「奥さんが居るのによう遣るよ。」
いつも辛辣なコメントばかりを並べるキリコ。
暴走し兼ねない直美の抑止力キリコ!
あんたが居てくれて良かったよ・・・。
別れを告げた時、カウンターパンチの様に直線で襲って来た切ない思い。
想定外だった。いつもいつの時でも逞しく生きてきた直美は初めて心が奈落の底に堕ちた。
睨む女 しおとれもん @siotoremmon
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