令和の死神

舟木 長介

平成の死神


短い命だった。


大病を患ってわずか数か月。

身体はやせ細り、ベットから起き上がるにも杖が必要な有様だ。

今ではスマホで手を動かすのも億劫なので、もっぱらテレビのニュースを垂れ流す日々を送っている。

だが近頃はそんなニュースも、先のないボクにとって面白くない話題を毎日のように続けていた。


『もうすぐです! カウントダウンはすでに始まっています!』

『新時代の幕開けは目の前です!』


もうすぐこの世から消えてなくなるボクには、そのニュースはあてつけのように聞こえた。

「もう、うんざりだ……」

そうつぶやいて、ボクはテレビのスイッチを切った。

だが、誰もいないはずの病室でなぜか返事が返ってきた。

「くくっ、そのうんざりなこの世とももうすぐおわかれだ。よかったな」


「誰ですか? お医者さんですか?」

「おいおい、医者はこんな格好してるのか?」

そう言われ重い身体を起こして、視線を向けて驚いた。

そこにはボロキレのローブを纏って、大きな鎌を持った男が立っていたのだ。


なんだこれは夢なのか? いや、でも……

「その格好はもしかして……」

「そうさ。俺は死神だよ」

「…………」

驚きでボクは一瞬、言葉を失ってしまう。

「まさかそんな……」


「はっはっは! その顔! 俺を見たやつはいつも決まってその顔だ! 最高だぜ!」

「……な、何をしに来たんですか?」

「ぶはははは! お前はバカか? そんなのわかり切ってるだろ?」

「……そう、ですよね」

死神がボクの前に現れるなんて、理由はひとつだ。

「……わかりました。連れて行ってください。覚悟はしてました」

「嫌だね」

「……は?」

ボクはぽかんと口を開けてしまう。


「あっはっは、いい反応だな! 確かに普通の死神なら死期を伝えて迎えにも来る。しかし残念だが、俺は違う」

「わざわざ人間如きのために、そんな面倒なことしないのさ。俺はお前のママじゃないし、迎えになんて来るかよ。後で自分で来い」

「……じゃあ、どうしてここに?」

「くくく……こうやって、大した興味もないこの世に来たのは、俺の趣味だよ」

「死の間際の人間を弄るのだけは、本当に面白いからな!」


「……いい趣味ですね」

「ははは! そうだろ! だから趣味のいい俺はさらにお前にプレゼントをやるよ」

そう言って死神は懐から一枚の紙きれを差し出した。

「これは?」

「くく……これはお前の死亡届だよ。死神特製のな」

「こいつに書かれてる死亡日時は誰にも覆せない。明確なお前の寿命だ」

「これを見た人間がどんな反応をするか、それを見るのが俺の一番の楽しみさ!」

「…………」

こんな悪意の塊のようなやつに、こんな薄っぺらな紙一枚に、

ボクの生死は決められてるのか……!

「どうした? 早く受け取れよ」

ボクは恐怖と怒りに震える手で死亡届を受け取り、自分の死ぬ日付を見つめた。


「…………?」

これって……

「……なんだその反応は?」

死神は気づいてないのか? なら、もしかしたら……

「いや……なんというか、あまりのことで驚いてしまって……」

「チッ、もっと笑える反応しろよ」

「はぁ……シラケたな。じゃあな、死んだらひとりで来いよ」

ボクに興味を失ったのか、そう言って死神はスゥっと消えてしまった。

取り残されたボクは死神の死亡届をもう一度見返す。

「…………」

本当にこの届に書いてある通りにボクは死ぬのだとしたら……

もしかしたら……




「信じられないな。あの状態から回復するなんて……」

医者は目をぱちくりさせてそう言った。

死神から死亡届を受け取ったあの日から、ボクの身体はみるみる回復し

ある日を境に病気は完全に治癒してしまった。

医者もなぜ回復したのかまったくわからず、奇跡だと言っている。

しかし、ボクにはその理由はわかっていた。


そして退院の決まった最後の夜。

病室で寝ていたボクは、焦りに上擦った声でたたき起こされた。

「おい! おい! 起きろ! お前、これはどういうことだ!?」

「……ああ、死神さんですか。こんばんは」

「こんばんは、じゃねえ! な、なんでだ!? どうして生きてる!」

「…………ぷふ」

慌てふためく死神を見てボクは笑いを必死にこらえる。

「おい、聞いてるのか! なぜだ!? 俺の死亡届は絶対だ! あの日付でお前が死なないわけがないんだ!」


「あっはっはっはっはっはっはっはっは!」

耐えきれずボクは大きな声で笑ってしまう。


「な、何を笑ってやがる! 一体どういうことだ! 説明しろ!」

「ふふふ……この死亡届を見ればわかりますよ。ボクの寿命は来なかっただけです」

「そ、そんなわけがあるか!!」

死神はボクの差し出した死亡届をむしり取り、隅々まで凝視する。

「ほら見ろ! 俺は何も間違えてないぞ! お前の寿命は確かに来てる!」



「間違いなくここに【平成31年5月1日 死亡】と書いてあるじゃないか!!」



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