その再会は偶然か

三鹿ショート

その再会は偶然か

 私が居間に向かうと、この場所に存在しているはずが無い人間が座っていた。

 彼は私を認めると、口元を緩めながら軽く手を挙げた。

「久方ぶりだ。随分と老けたものだな」

 だが、私は彼のように泰然とすることができない。

 何故なら、彼は既にこの世界から去っていたはずだからだ。


***


 彼とは、学生時代に知り合った。

 性格や趣味などは異なっていたが、だからこそ、我々は互いが知らない事柄を知っている相手に関心を持ったのだろう。

 特段の問題も無く、我々は日々を過ごしていたが、その終わりは突然訪れた。

 彼は、交通事故によって、帰らぬ人間と化してしまったからだ。

 私には他にも友人が存在していたものの、彼とは特に親交を深めていたため、その悲しみは大きかった。

 あれから数十年以上が経過した今でも、完全に立ち直っていないほどである。

 その彼が、何故現われたのだろうか。

 驚きと疑問が顔に出ていたのだろう、彼は穏やかな表情のまま、

「想像するに、きみもこちらの世界に片足を踏み入れているような状況なのだろう。だからこそ、こうして私が接触することができたのだ」

 彼の言葉通り、確かに最近の私は老化の影響か、身体の様々な場所にがたが来ている。

 気が付けば小便を漏らしていたことは珍しくもない。

 そろそろ迎えが来てもおかしくはないのだろう。

 それを正直に伝えると、彼は笑った。

「そうならないうちにこの世を去ったことは、喜ばしいことだ。老いたところで幸福なことは無いからな」

 彼は自身の対面を指差し、私に座るよう促した。

 私がその通りに行動すると、

「これまでのきみの人生を、聞かせてくれないか。娯楽と呼ぶことができることは、新入りからの話を聞くことだけだからな」

 彼との再会は予想外の出来事だったが、こうして再び会話をすることができるということは、素直に嬉しかった。

 私がこれまでの人生を語ると、彼は時に笑い、時に驚き、時に神妙な面持ちと化した。

 私の話を聞き終えると、彼はやおら立ち上がり、

「良い時間を過ごすことができた。礼を言う。しかし、そろそろ戻らなければならない」

「今度は、何時会うことができるのだろうか」

 私が見上げながら問うと、彼は口元を緩めた。

「きみが望めば、近いうちに会うことができるだろう」

 彼が手を振ると、その姿は段々と薄くなり、やがて何も見えなくなった。


***


 それから私は、彼のような人間と会うことが多くなった。

 両親や親しくしていた近所の人間など、会うことで彼らを失った悲しみを思い出してしまうが、それでも良い時間だった。

 やがて、私は彼女と再会することになった。

 だが、私は彼女と再会したことで良い感情を抱くことはない。

 彼女に対しては、謝罪しなければならないからだ。


***


 彼女は、同じ学校の生徒だった。

 派手な人間ではないものの、見る人間が見れば惹かれるような顔立ちであり、それには私も含まれていた。

 彼女を見かければ目で追っていたためか、何時しか増え始めた傷に、疑問を抱くようになった。

 しかし、私は彼女と親しくは無かったため、その疑問を解消することは不可能だった。

 だが、何か問題を抱えていれば、微力ながらも助けになろうと考え、彼女の後を追うようになった。

 その問題というものは、即座に判明した。

 彼女は、父親から暴力を受けていたのである。

 殴られ、蹴飛ばされ、落ちていた酒瓶を投げつけられていた。

 それに加えて、彼女は父親の相手をさせられていた。

 娘に何度も腰を打ち付ける父親は、快楽のためかだらしのない表情を浮かべていたが、彼女の顔は苦悶で満ちていた。

 今すぐにでも部屋に飛び込み、彼女を救うことも出来ただろうが、それよりも私は、陵辱される彼女を見たことで、興奮を覚えていた。

 行為が終わると、私は後悔した。

 だからこそ、私のような汚れた人間が彼女に近付いてはならないと考えてしまったのである。

 実際のところは、彼女が犯される姿を見たいがために、動かなかっただけだったかもしれない。

 彼女が自らの生命活動に終止符を打ったのは、それから半年ほど後のことだった。


***


 私は、彼女に対して、正直に謝罪した。

 罵倒されても仕方が無いと思っていたが、彼女は私の肩に手を置くと、首を横に振りながら、

「たとえあなたが部屋に飛び込んできてくれたとしても、私の父親との体格差を考えると、返り討ちにされていたことでしょう。加えて、それに激昂し、私たちは揃って生命を奪われていた可能性もあるのです。心配してくれただけでも、私は嬉しいのです」

 私は、救われたような気がした。

 それから彼女が姿を消すまで、私は泣き続けた。

 そうしていると、不意に居間の扉が開かれた。

 姿を現した私の娘は、泣いている私を見ると、眉間に皺を寄せた。

「何をしているのですか」

 彼女たちと会ったことを話したところで信じないだろうが、それでも私は、娘に語った。

 死期が近いことを知ることで、私の面倒を見てくれていた娘もようやく解放されると認識し、安心するだろうと考えたからだ。

 しかし、私の想像に反して、娘は嫌悪感に満ちた表情で舌打ちをすると、

「現実と妄想の区別がつかないほど、手遅れだというわけですか」

 娘は私の髪の毛を掴み、頬を一度平手で打つと、

「その彼女とは、あなたの結婚相手であり、私の母親です。そして、彼女の父親がしていたという行為は、あなたが自分の妻にしていたことなのです。罪から逃れようと作り話を生み出すとは、やはりあなたは、唾棄すべき最低の人間です」

 強い口調でそう告げると、娘は私を突き飛ばした。

 残された私は、娘が何を言っているのか、まるで分からなかった。

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