第8話 騎士王・ヴァルサルク


 術式を書き、占術を唱えた俺の脳内に情報が入って来る。


”……ん? 画質むっちゃ良くなってる”

”何してるのこれ”

”バズる前の配信で、嘘って言われてた占術じゃないかな。あの時と同じ物っぽい”

”なんか地面が光ってるwww”

”ダンジョン入口手前で何してるんだ?”


「こんばんは~。今、ちょっと占術を使ってます」


”占術……?”

”陰陽師が使う占いみたいなもんだろ”

”本当にあんのか?”


「そうですそうです! 詳しいですね!」


 占術といっても、星を使った物がメインで占星術と呼ばれることもある。

 太陽、月、小惑星とかの星々を自己流の図として現し、呪力を込めることで未来が占える。


「今日は、これからダンジョン内で遭遇する魔物をすべて当てますね」


 そういうと、途端にコメントが止まった。


”……”

”……は?”

”どゆこと?”

”当てるって、全部?w”

”図が光ってるの謎”


「あぁ、これは呪力を込めることで光を得ているんです」


”呪力!?”

”意味分からん言葉出てきた”

”理解できるように頼む”


「えーっと……体内にある呪力は、魔法使いとはまた違った能力で……」

 

 詳しく説明しようとしてみても、感覚的な物だ。

 鍛えることは可能だけど、具体的に何かと聞かれれば説明は難しい。


”いいからはよ、占え”

”説明分からんからもうええわ”


「ごめんなさい……」


”草”

”草”

”可愛いw”


 言われた通り、俺は占術の結果を視聴者に伝える。

 

 その時の同時接続数は、まだ3万人程度であった。


 *


”出る魔物を引き当ててると聞いて”

”5連続で占い当ててるwww”

”次ギガント・オーガだっけ?”

”えっぐぅ……”

”もしかして、さっきから素手で倒してる?”


 六本木ダンジョンファームは、上層、中層、下層、深層と分かれていて、標準的なダンジョンだ。危険なところだと、深層のみしかなかったりする。

 そこは今の身分だと入ることができないため、深層を体験したければ、自ら足を踏み入れる他ない。

  

「これは水命糸ですね」


 人差し指と中指を合わせ、くるっと回す。

 水色の糸にとって、触れた対象を弾き飛ばす。


「陰陽師は第一術式、第二術式……第五術式までが基礎です」


 第一術式は、俺が使っている水命糸。基本的な呪力操作による鋭利な糸だと思えばいい。これを利用した治療や手術なども出来る陰陽師はいた。


「陰陽師って、一括りに同じことができる人達ばかりじゃないんですよ。俺は糸が水色ですけど、これが赤の人もいる。赤色の場合は医者に向いてましたね」


 第二術式は占術や地脈を利用した防御壁などの生成。


「まぁ……説明が長くなるので、第一と第二くらいまでで。残りは後で説明しますね」


”なんかすげえ話聞いた気がする……”

”面白い”

”実在する陰陽師の文献とはだいぶ違うんだな~”

”種類いっぱいあるって言ってたし”

”ソラさんは、第五術式まで使えるんですか?”


 ぱっとコメントに気付き、反応する。


「良い質問ですね。俺は第────」

『ギガァァァッ!』


”!?”

”6体目だ! ギガント・オーガか!?”

”マジ!? 占い全部当たってる!?”


 サクヤが作ったドローンが、確かにそれを映す。


「ギガント・オーガですね」


”マジで当ててる!”

”すげえ……!”

”うおおお! 下層最強格だ!!”

”勝てんの……?”


 俺は構える。

 

「倒します。水命糸」


 *


 ここまで来るのに、苦労することはなかった。

 でも、慣れないことが続いたことで随分と時間が掛かってしまった。


 同時接続数は100万人を突破している。

 流石にコメントをすべて追っていると時間が掛かる。


 専用イヤホンから、サクヤの声が聞こえる。


『ソラ、本当に大丈夫なのか? コメントでも随分と騒いでいるが……』

「問題ないよ」


 下層最深部、ボスの扉前で俺は立っていた。


”絶対帰った方が良い!”

”占い全部当たってるから、余計に怖く感じる”

”いいぞ、逝け”

”帰れよ”

”途中まで楽しかったけど、最後が当たってるならヤバい……”


 俺は占術で、最後に戦う魔物を言い当てて見せた。


 下層最深部ボス────イレギュラー・騎士王ヴァルサルク


”イレギュラーのボスはマジでヤバい”

”現実なんだぞ、よく考えろ!”

”ここまで来たら、最後も当てて欲しい”

”下層ボスイレギュラーは政府案件”

”最高ランクパーティーでも全滅不可避だぞw”

 

「大丈夫。陰陽師って強いんですよ」


 ずっと不思議だったことがある。

 俺はこの時代に転生して、陰陽師の術を使って……驚いてしまった。


 この攻撃が魔物に通用する。しかも、効果は絶大だ。


 今は妖怪や悪鬼のいない時代で、それが現代だ。

 なら、おかしいとは思わないか?


 なぜダンジョンの魔物にも絶大な効果を発揮する?


 俺の予想が正しければ、それは奴らが妖怪や悪鬼の類だからだ。


「陰陽師は悪を祓う者、負けませんよ」


 ボス部屋の扉はなぜか壊れかけている。


 これでは俺が下層のボスイレギュラーを討伐しなければ、遅かれ早かれ出てくる。

 ダンジョンとは、そういうものだ。

 

 誰かが悪を祓わねばならない。

 その役目が俺だったってだけの話だ。


”他人に任せとけよ”

”俺はソラ好きだから、死んで欲しくない”

”いけいけ~!”

”茶化すな”


「アハハ、行きますね~」


”うわぁぁぁぁぁぁ”

”口調軽すぎて草”

”帰れ帰れ帰れ!”

”自らイレギュラーに足を突っ込むのか……”


 俺が重圧な扉を開けると、閃光が走った。


「『断絶』」


 その声と共に、時間が止まる。

 コンマ数秒の静寂ののち、斬撃が目前に迫る。


「────ッ!!」


 咄嗟にしゃがんで回避した。

 速いな……。

 

 斬撃が轟音と砂埃を立てる。俺は自身の背後を見た。


「真っ二つか……」


 先ほど開けた重圧な扉が、真っ二つになっていた。

 あと数秒でも遅れていたら、俺もこうなっていたのか。


 これならいつでも出て来れたんじゃないか? いや、あえて出てこなかった……?


 ドローンには当たっておらず、回避モードになっていた。まぁ、あれを躱せるとは思えないが……。


”扉が真っ二つになった!?”

”俺もう帰る、これ見てられない”

”ヤバすぎる……俺も”

”なにこれ、どういう状況?”

”ボスイレギュラーに単独で挑んでる”

”ふぁっ!?”


 同時接続数がどんどん上昇していく。既に150万人は超えている。

 人はダンジョンのイレギュラーが大好きだ。


『ソラ!』

「心配ないよ」

 

 騎士王ヴァルサルクか。青と白を基調した全身鎧の人型魔物だ。

 鋭利な大剣を手に持ち、こちらを睨んでいる。


 死を直感させるだけのプレッシャー、深海のような静けさ。

 たぶんだけど、画面の向こうの人たちにも伝わっているだろう。


 目前に立つ死の恐怖。

 自分がもしもこの場に立っていたら、と考えたくもない。 


 それにしても初手から斬撃を飛ばしてくるとは……随分と好戦的だな。


 両手に水命糸を展開する。


”突っ込むのか!?”

”さっきの斬撃見ても全然怯んでない……”

”どんな度胸してんだこいつ!?”


 地面を蹴って、正面から挑む。

 

 おそらく俺の突進に対し……剣を横なぎにしてくるはずだ。

 騎士王ヴァルサルクの大剣が横に薙ぎ払われる。


 予想通り……! ここを大きく飛ぶ!


”すげえええ!”

”躱した!? どんな動きしてんだあれ!?”

”ヤバwww”


 縄を掛けるように、頸に水命糸を絡ませる。 

 絡ませたまま一気に引っ張って……こう!


”倒せるんじゃね!?”

”いける!”


 これで頸が真っ二つに飛ぶはず……!

 だが、ギンッ……! と糸が真っ直ぐ伸びた。


 糸が引っ張り切れない……! 鎧が硬すぎるのか!?

 よく見ると、鎧には幾重にも重なった魔法が刻まれていた。


 魔法の鎧か……! 初めて相対するが、ここまで硬いのか!


 呪力に対する耐性もあるようで、よい学びを得た……! と思う。


「『断絶』」


”ヤバいヤバいヤバい!”

”躱せないだろそれ!!”

”ゼロ距離きちゃー!”

”ソラくん死なないで!”

 

「第二術式展開……呪層壁」

 

 丸みを帯びた薄紫の壁を展開する。

 

「『!?』」


 騎士王は見たことのないような反応をしながらも、剣を振りかぶる。

 パリッと嫌な音を響かせ、呪層壁が割れた。


 その割れる数秒で、俺は距離を取る。


 呪力を込めた分だけ硬くなるんだけど……あの剣も魔法剣みたいな感じか。


 全身魔法装備は面倒だな……これがボスのイレギュラーね。


「面白い……!」


”防いだ!”

”よくやった!”

”チャンスだ逃げろ!”

”こいつ、笑ってね……?”

”いや何かの見間違えだろ”


 騎士王は依然とした態度でこちらを見据えている。

 まるでその様は中世の決闘だ。


 初撃の『断絶』を回避したこと、二撃目を防いで躱したこと。

 俺にはなぜか、騎士王から認められている気がした。


 はっきりと分かる。


 こいつには意思がある。


”水命糸も通じない、防御壁も破られるって、打つ手なしじゃない!?”

”流石にこれは逃げるはず”

”まぁ、動きヤバいから逃げられるとは思う”

”逃げろ、ソラ”

”逃げえ”


「逃げませんよ。そんなことしたら、背中から思いっきり切られる」


”人の話聞かねえぞこいつ!”

”俺も冒険者だけど、ソラの言う通りだと思う”

”騎士王ヴァルサルクの力、完全に日本トップクラス超えてね……?”


 水命糸は通用しない。

 鎧が両断できないのなら、必要以上に使ってもこちらがジリ貧になる。


「仕方ないか……」

 

 呪力に余裕はまだある。


 俺は懐から人型の紙を出す。

 人差し指と中指で挟み、唱える。


「第三術式展開……出ろ。収納:刀」

 

 俺のメインは水命糸ではない。

 この刀を得意武器として使う。


 平安時代から愛用しているのは刀だ。


 もちろん、今の時代に俺が使っていた刀は残っていない。

 そのため、これは普通の刀だ。

 

 それでも、呪力操作による強度変化はお手の物。


 これまでスマホ片手に戦っていたため、刀は使い勝手が悪かった。


 今なら両手が使える。


 刀身を横の目線まであげ、柄に手を押し当てた。


「行くぞ、騎士王」

「『……』」


 騎士王が静かに大剣を構える。

 

 二人だけの空間。

 強者同士の戦いに、コメントが途絶える。


 その視聴者は数百万人もいる。


 その配信のコメントが静まり返る。

 

 コメントなど後で良い。

 これを見逃してはならない、そう直感が訴えているのだ。


 刀を構え、俺は飛び出した。


 騎士王が動く。


「……『断絶三雷光』」

 

 三方向からの雷の斬撃……! 

 それを可能にしているのが、身体能力と魔法の剣か。

 

 でも、遅いな。


 この程度の斬撃なら、すり抜けられる。


「『────ッ!!』」


 カチャ……と刀が鳴る。

 騎士王の足元に、俺がいた。

 

 大きく下から刀を振りかぶる。


 魔法や呪力に対しての耐性のある鎧だとしても、物理に対しての耐性はないんじゃないか?

 耐魔法特化にしているのは、深層へ潜る冒険者ほど魔法を使う人が多いからだ。

 

 だから────斬れる。


「『……ッ』」

 

 スパッと心地の良い音が響き渡る。

 そのまま、騎士王が尻餅をついた。

 

 その瞬間、コメントが湧く。


”すげぇぇぇぇぇぇ!!”

”勝ったぁぁぁっ!”

”うおおおおおお!!”

”つっっっっよ!”


 シッと刀を振り、鞘へ納める。

 騎士王の身体が少し薄くなっていく。


”ドロップ品の時間だ~!!”

”何を落とすんだろ! すげー気になる!”

”イレギュラーボスの報酬とか初めて見るわ!”


「ドロップ品?」


 俺が首を傾げると、サクヤが教えてくれる。


『イレギュラーのボスは、ドロップ品を落とすのだ。装備品が多いかな、一つだけだけど』

「あぁ、なるほど……」

 

 つまり、俺はこれから騎士王の装備のどれかが貰えるのだ。


「……うーん。一つか」

 

 正直、どれも要らない。

 重そうだし、俺には不要だ。


「うーん、うーん……?」


”なんで唸ってんだコイツw”

”あんなとんでもないことした後でこれは草”

”特級呪物の時と同じ唸り方で草”

”なんか嫌な予感がする……”


 俺が悩んでいると、今にも消えそうな騎士王の声が漏れた。


「『……見事』」

 

 ……見事、ね。

 魔物が喋るというだけでも驚きなのだが、妖怪や鬼だって人の言葉を喋る。

 まぁ、そのお陰ですぐに慣れた。


 コメントではそれで少し騒いでいるが……。


「そうだなぁ……式神にするか」


 第三術式とは、紙を使った術だ。収納だったり、式神だったりと……多岐に渡る能力が使える。

 汎用性は良いが取得難易度がかなり高い。

 

「『……?』」

「ちょうど一人だと寂しいって思ってたんだよね」

「『……!?』」

「ほら、一緒に冒険しよ」

「『……!?!?』」

 

 そう言って、俺は騎士王に手を伸ばした。

 

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