第5話 伝説の配信


 青鳥アプリ……つぷっちーと呼ばれるそれは、通知音が『キョエー!』と特徴的なものだった。

 

 俺が『配信始めます』と呟いたところ、大量の通知が入り込んで来る。


「……凄くうるさい」


 こんなこと初めてだ。

 今までスマホがここまで振動したこともないし、通知音が鳴りやまないこともなかった。


 たまに来る通知といえば、親からの連絡とかセールスだ。それが今や、たった一言のつぶやきに数千いいね。

 現代ってすごい……。

 

「こ、こんにちは……」

 

”配信始まった?”

”どこここ”

”今日は何するんだ?”

”俺のリカを助けてくれてありがとう”


 コメントがばーっと流れてきて、混乱する。

 コメントの通知が止まらない。


 ポロンポロンポロンポロンポロンポロン。


「うお、わえいあ」


”混乱してるwww”

”困惑してて草”

”呂律回ってないw”

”母国語か?”


 接続数がどんどん増えて行く。

 開始時した数秒で100人……その時点で過去の俺を圧倒的に超えているんだけど……。


 4000……8000……10000……どんどん人数が増えて行く。


 開始して10分もすれば、同時接続数は3万を超えていた。


「さ、3万人……!? あ、ありがとうございます!」


”丁寧”

”礼儀正しい”

”良い奴そう”


 つい、わぁ~! と、スマホを両手で握りしめる。

 雑談配信といっても、俺は盛り上げることが苦手だ。


 ポロン。


【同時接続数が5万人を超えました】

 

”5万人おめでとうw”

”すげぇぇぇぇぇぇ!”

”バズった効果とはいえ、半端じゃないな”

 

 高速で流れていくコメントに、眼が上下高速で動く。

 ふむ……動体視力を鍛えるのに使えるな、これ。非常に良い。


 眼が喜んでいる。

 

”むっちゃ眼が速くて草”

”もしかして全部読んでる……?”


「はい! 全部読んでますよ~」


”マジ!? この量を全部一瞬で!?”

”ヤバくて草”

”流石に冗談でしょw”


 冗談、と言われて証拠を提示する。

 

 この人の名前は……ASS2さんか。

 

「冗談じゃないですよ。ASS2さんはさっき『今日は何食べたの』ってコメントしてましたよね」


”……え?”

”マジ?”

”この速度を読めてんの?”

”名前まで覚えてる……”


 それから数秒もすれば、それを確かめた視聴者が騒ぎ出す。


”ガチだ……”

”ヤバすぎる……”


「せっかく来てくれたんですから、せめて俺ができることはそれくらいですよ」

 

 コメントを読みながら、今日やろうとしていることの準備を始める。

 ここで来てくれた人は、興味本位や大神リカでバズったことが影響している。


 明日の配信はもっと人が減るだろうし、今日ほどの賑わいはない。


 情報の整理のため、雑談配信をすると言ったが……ダンジョン以外にも面白いと思ってもらえる要素は必要だ。


大神リカ:”この前はありがとうございました”


「ん?」


”大神リカ来ちゃあああああああ!!”

”本人降臨!!!!”

”本物だ! クリックしたら500万人とか書いてあった!”

”神回確定”


大神リカ:”助けて頂いたのに、お礼もちゃんと出来ずごめんなさい”


「あぁいえいえ! どうかお気になさらず……」


”リカちゃんあれから配信してないけど大丈夫?”

”お礼したんだし、もういいんじゃない? 俺はリカの心が心配”

”急にユニコーン湧き始めて草”

”今は二人の時間だぞ”

 

「そうですね……まぁ、大神さんは足とか怪我してたので、回復するまで待ちましょうよ」


 本人と会っていないから、心の傷は確認できない。

 俺ができるフォローはこのくらいだろう。


 そうして、一気にこういうコメントが増える。


”二人はどういう関係?”


「あの……俺は大神さんとはあれから一度も会ってないです。連絡先も知らないので」


 本当に連絡先すら知らないので、勘弁してください。たまに怖いコメントがあるのだ。

 大神さんは大人な一面があるようで、ある程度の距離は取ってくれていた。


 個人DMやつぷっちーでも絡んでこない辺り、大変助かっている。余計な噂も否定できるしね。

 それにこうして公の場で感謝をくれただけで十分なのだ。


”リカちゃんはPoover所属なんだから、個人表明はできないんだよ”

”そうかなるほど”

”確かに”


「Poover……?」


 見たことはあるけど詳しくはない。【大神リカ 所属:Poover】 みたいな感じの奴だ。

 俺には関係ないと思って調べてすらいなかった。


大神リカ:”必ず、必ずこの恩は返すね! ちゃんと公の場で!”


「本当にお気になさらず……」


”謙虚だな、こいつ”

”リカちゃんファンも取り入れてくスタイル”

”お礼(意味深)”


 この話題で放送が終わってしまうと思い、懐からとある物を取り出す。

 既に30分は過ぎている。同時接続数も増えているが、雑談はやっぱり苦手なのだ。

 

「え、えーっと……今日はですね。俺は雑談が苦手なので、何か面白いものを見せますね」


”面白いもの……?”

”持ちネタか? 陰陽師ネタか”

”料理とかかな”

”どこか所属とか発表じゃない? そのメール見せるもありそう”


「アハハ、簡単なものですよ」


 おっ、みんな予想してる。

 こういうの楽しいな。


”なに?”


「ただの乾燥機です」


”何十万人配信で、乾燥機紹介するの草”

”なんだ、乾燥機かよ”

”地味”

”平凡だな”

”普通の話題”

”ちょうど欲しかったから気になる”


「はい、これがウチで使ってる乾燥機です」


 俺は懐からとある呪物を取り出す。


「ダンジョン超級呪物ですね~」



”………………”

”………………”

”………………”

”………………”



 コメントが一瞬で静まり返る。

 あれ、壊れたかな。


 スマホを揺らすも、反応はない。

 

「あれ? なんで反応ないんだ……? ネットワークが悪いのかな」


 うーん、と腕を組んで首を傾げる。


「うーん、うーん……?」


 ポロン、と一つのコメントが入る。


”なんだって……?”


「ダンジョン超級呪物です」


 もう一度見せると、今度はコメントが流れた。


”え!?”

”!?!?!?”

”は!?”

”どういうこと? え?”

”意味が分からない……本当に意味が分からない”


 そんなに特別なことはしてないと思うんだが……ダンジョンの物は基本的に持ち帰っていいし。

 もちろん、ダンジョンに潜るための許可書がなければ持ち帰ることはできない。


 まぁ俺がよく潜っているダンジョンは、そこまで厳しい制限はないため、持ち帰る時に検査はされない。

 

大神リカ:”ダンジョン超級呪物は、世界に数十個しかないんだよ!? 超凄い物だよ!”


「え? どういうこと?」


 そんなレアなのこれ。

 調べてみたら超級呪物としか書いてなかったから、特に気にしていなかった。


 レアだとは聞いていたけど……。


”それ、灼庭の呪物じゃないか?”

”灼熱の風を出すって言われてるアレか! 使い方次第で、中層はそれ一つで全滅できるって聞いた”

”超レアで草”


「俺、この呪物は乾燥機として使ってた……ほら、見てください。この呪物、ここを押すと熱風が出るんですよ、ぼーって。便利だからその紹介をしようと思ってたんだけど……」


”乾燥機……? 乾燥機とは……”

”ファッ!?”

”ヤバすぎるコイツ”

”頭がおかしい”

”乾燥機!? 超級呪物を!?”

”それ一つで数億稼げるのに……”


「えっ、これってそんなレアなの!?」


 マジか! 全然知らなかった!

 平安時代だと、こんな代物はゴロゴロあったぞ……。


 自分の手のひらに、数億もの代物があると思えば震えてくる。

 

 うおおおお……まじかぁ……ただの乾燥機なのに。

 

”ド天然だ、この陰陽師”

”本当に現代人? 平安人じゃなくて?”

”頭平安京”

”可愛いw 私は好きw”

 

 頭がショートしかけたため、一旦落ち着こうとする……が、うまくできない。


「ちょ、ちょっとこれは後で……驚きがデカすぎる。配信もそろそろ1時間行くので、今日はここまでにしますね」


”草”

”面白過ぎるw”

”そりゃそうなる”

”ヤバw”


 その日の配信を切ろうとした時、俺は目撃してしまう。


【同時接続人数100万人】


「ひゃっ……」


 そう情けない声を最後に、配信が切れた。

 

 

 その日の夜。

 俺のスマホが振動する。


 ピロン………大企業Pooverからの連絡。


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