人類オールレッドカード

渡貫とゐち

初めての実刑

「ぴーっっ、ですよっ、ここは横断禁止です、葉原はばらさん!」


 赤信号だったものの、見渡しても車通りがなかったので安全のはず……、だけど電柱の陰に隠れていた(アタシの死角だっただけかもしれないが)知り合いに見つかり、笛を鳴らされた。

 耳の奥を突き刺す甲高い音だ。

 ……やめろ目立つだろ、確かに悪いのはこっちだが、そんな吊るし上げるように指摘することもないだろ。


 横断禁止だが、しかし、ここはそこまで広い道路でもないのに。


「……なにしてんだ、委員長」

「ぶー、です。今は一日警察官です。委員長ではありません」

「なんでもいいけど……、巡査だろうが署長だろうが、アタシからしたら委員長なんだ、好きに呼ぶからな?」


 不満そうな委員長だったが、「まあいいでしょう」と納得してくれたようだ。


「じゃあ、頑張れよ、委員長。アタシは学校にいくから――」


 ……ん?

 委員長は一日警察官? 学校はどうした? 普段サボりがちのアタシが悪いのだけど、今日はそういう体験学習の日だったりするのか?


「逃がしませんよ、葉原さん」

「逃げねえけど……ちょっと聞きたいことがあるんだが……」

「はい、お話なら署で聞きますからね」


「なんで手錠をかけてんだオマエは。横断禁止の道路を渡ったくらいで……いや、くらいで、なんて言ったら誰もルールなんて守らなくなるから、きちんと処罰した方がいいんだろうけど……それでも一発でアウトってのは、ちょっと厳しいんじゃないか?」


 短期間で同じことを繰り返していれば、問答無用で捕まえてもいいとは思うが、正直、アタシはこの道路が横断禁止であることを知らなかった。知っていれば、渡っていなかっただろう……とは言い切れないが、一度でも注意されれば、さすがにアタシでも渡らないように気を付ける。


 赤信号が極端に長いわけでもないし、待つことくらいできるだろう。

 今日はたまたま、車通りがなさ過ぎて、安全が見通せたから渡ってしまっただけなのだ。


 まずは注意だろう。

 次からは気を付けてくださいね、を経てから、次にアタシが違反をした時に捕まえるのが通常の流れのはずだ……なのに、急に手錠をかけるか?

 手錠をかけるのが早過ぎる。万引き犯や殺人犯よりも早く手錠がかかっているじゃねえか(挙げた二つは犯人が抵抗するから、手錠がかけにくい、という面があるとしてもだ)。


 一発アウトで、しかも横断禁止場所を渡ったくらいで手錠をかけられたのはアタシが初めてじゃないか?

 一日警察官の委員長の悪ふざけで、この手錠に一切の効力がないというオチがあるのだろうけど……それでも気分は良くないだろう。


「残念ですけど、みんなそうですよ?」

「なにが」


「事前に法律ルールは掲示しています、知らなかった、読まなかった――なんて言い訳は通用しません。破れば即逮捕します。私はおかしいことを言っていますか?」

「…………」


 万引きは一発アウト、殺人だって言わずもがなだ。犯罪の重量に差はあれど、ルールから逸脱しているという意味では、横断禁止場所を渡ったのも違反である。

 犯罪だ。信号無視も不法侵入も、進入禁止場所へ間違えて入ってしまったことも、全てはまとめて犯罪として処理される。


 罪に差がなくなっている?

 殺人も不法侵入も同じく罪である。間違えて入ってしまいました、が通用するなら、間違えて殺してしまいました、も通用してしまうことになるから――だったら全ての罪に情状酌量の余地はなく、基準に沿って裁く、というのが、委員長のスタンスらしい。


 そして、そのスタンスに合わせて、世界は捻じ曲がっていた。

 まるで別世界へ移動したように――ここはアタシが知る世界ではない。


「さ、葉原さん、署まで同行をお願いしますね」

「署で詳しく話を聞かせてもらうぞ……なんだよここ、アタシはなにに巻き込まれたんだ?」


「もしかしたら……既に葉原さんは裁かれている最中なのかもしれませんね――遅刻常習犯、ですから。国の法律に抵触していなくとも、学校の校則を違反しています。その染めた金髪も、スカートを短く改造した制服も、何度注意をしても直さないわけですから――。こちらの譲歩を無視するなら、違反した瞬間に裁くようにしよう、と思っても仕方ないですよね?」


「それは、悪いと思ってるけど……だけどこれはアタシのアイデンティティなんだよ、譲れない部分もある」

「譲れないなら裁かれるしかありませんね。裁かれてもなお、貫きたいものがアイデンティティなのでしょうね――裁かれるのが苦でなければ、貫いてください」


 お好きにどうぞ、と言う委員長の声は冷たかった。


 アタシが知る世界でなければ当然、アタシが知る委員長でもないのだ……――目の前の『彼女』は。


「安心してください、この世界ではみな、一発アウトで逮捕されていますから。厳重注意をすっ飛ばして、逮捕し、実刑を受けています……つまり、全人類、前科持ちなんですよ。前科を持っていない人の方が珍しいくらいです――あ、もちろん子供は例外ですよ? 小学生以下はさすがにもう少し、譲歩はしますが……中学生以上は問答無用です」


「高齢者も同様にか? 認知ボケが始まった老人もまとめて裁いているのかよ……」

「はい。多少、実刑は軽くなっていますけどね」


 それでも裁いているらしい……嫌な世界だ。


 注意、という一つのステップをすっ飛ばしただけで、ほとんどの人が一度、逮捕されている――……前科持ちが多数ゆえに、持っていない方が異常に見えてくるようだ。


 どんな形であれ、やはりマイノリティに変な目が向けられる。

 ……異常なのは裁かれた前科持ちの犯罪者だと言うのに――。


「自己紹介に便利ですよね。――あなたの初めての犯罪はなんですか? って、聞かれることが当たり前になるかもしれませんね」


「罪状でマウントを取り出したらいよいよだな……」


 マウントのために、自分から望んで重い実刑を受ける世代も出てくるかもしれない……だからこそ、『注意』というワンクッションは、必要なのかもな。


 そこまで考えているとは、日本の警察は優秀である。


「さて、早速実刑に参りましょう――いざ、出っ発ー!」


「……なあ、これ、いつ目が覚めるんだ?」


 早く抜け出したい……こんな嫌な世界。



 一応、アタシの初めては横断禁止を無視したことだ――これが犯罪のカードとしてどれだけ強いのかは分からないが……。


 実際に、出し合ってみないと分からないな。



 ――じゃあ、オマエの初めてはなんだった?



 自己申告で殺人なんて言ってみろ? その場ではマウントを取れても、きっとオマエの周りには、人が集まってこなくなるだろうけどな。



 ―― 完 ――

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