5.神崎家の卵焼きは甘めです


 屋上へは、お天気の良い日に、杏とお昼を食べに来る。風はちょっと冷たいけれど、空を近くに感じられて気持ち良いんだ。


 手を伸ばせば、その蒼を掻き混ぜられそうな気がする……なんて。文学少女気取りましたスミマセン、紙の本は漫画しか読まないです。


 私達は屋上でもそこそこ注目を浴びながら、端っこの方で丸くなって座り、それぞれお昼ご飯を広げた。私はお母さんお手製のお弁当で、杏は杏お手製のお弁当だ。ここ、女子力の違い出てます。


 男子組は、長谷川くんがお弁当。そして長谷川くんのお友達は、購買で黄色い蒸しパンを買ってきていた。メープル味、2個入りだ。


 いただきます、と私が手を合わせて一礼すると、私のお弁当をまじまじと見つめていた長谷川くんも真似っこして一礼した。可愛い子め。


「つーか、神崎サンはオレのこと知らねーよな? んじゃーはじめまして、2年2組の花沢はなさわ ゆう。よろしくな、オレのことは呼び捨てで良いから」


「おお、素敵なお名前……! よろしくお願いします、花沢……くん!」


 ううっ、すみません、折角のご厚意を無碍むげにしてしまって……癖なんです、父以外の男性と話す機会があまり無いもので……!


「はは、別にそれでも良いけどさ。オレは神崎って呼んでもいい?」


「駄目。神崎さんを呼び捨てにするのは、俺が先。呼び捨てで呼んでもらうのも、俺が先」


 くっ、長谷川くんむくれてる、可愛いッ! 私のことは神崎呼びで構わないけど、呼び捨てにさせていただくのはめちゃお待たせすることになりそう……!


 ……って、「花沢悠」さん?

 私、そのお名前、存じ上げてるぞ? 


 同姓同名の知り合いがいたっけ? んー、でもそんな感じじゃないような。確かどこかで……そう、どこかで頻繁に見かけていたような……?


 タコさんウインナーを咀嚼しながら、私は必死に記憶を辿った。そして、唐突にはっと思い出した。


「花沢くんって、そのぉ、もしかして定期考査で、学年一位とかよく取られてます……?」


「え、マジ?

 そうだけど、よく覚えてんね、そんなこと」


 やっぱりそうじゃん、この方も学問的意味で言えば天上人じゃん、チャラめの外見は罠だった! 覚えていたのは、私の親友も必ず上位そのあたりにいるからなんですけども……


 その親友が、またまた長谷川くんに挑戦的な視線を送る。


「長谷川は? 最高何位?」


「15位くらいだけど、何?」


 私は危うく咽せそうになるのを必死に堪え、杏は勝ち誇った微笑みを浮べる。


「ふふん。わたしより弱い男に絢はやれない」


「つまり、俺が勉強で勝ったら、神崎さんと付き合うの認めてくれるってこと? 香芝って神崎さんのお父さんなの? 

 ……でも、それなら頑張ろうかな」


「香芝サン、あんまりコイツをやる気にさせないでくれって……コイツ現国が壊滅的にできねーだけで、他は精密機械かよって感じなんだって……」


 うう、一学年300人くらいいるんですよ? 15位って充分過ぎるほど優等生さんなのに、更に飛躍するポテンシャルを秘めていらっしゃるのね……!


 そもそも肝心の私が、良くて150位そこそこなんだよね……テスト2週間前から、杏パパによる懇切丁寧な追加指導を受けてるにも関わらず。


「…………」


 長谷川くん、相変わらず私のことをじっとご覧になっているけど、もしかして私の学業成績についても把握済みだったり……?


「神崎さんは、卵焼きが好き」


「へっ!? そ、そんなことまでご存知で!?」


「やっぱ、そうなんだ。今までのおかずの中で、一番、嬉しそうに食べてる……気がして。

 神崎さんは、卵焼きが好き。覚えた」


 うわぁぁあ! そんな些細なことでそんなっ、クール系のご尊顔がふにゃ〜って、蜂蜜みたいに甘々な笑顔に染まるなんてぇぇえ! 目がっ、私の視力2.0がぁぁあ!


「ま、マジか……!?」


 花沢くんも、目をまんまるにして驚いていらっしゃる……やっぱり激レアですよね、この表情!?


「こほん!

 ……神崎家の卵焼きは、甘いのよ?」


 お上品な咳払いで長谷川くんの注意を引いてから、顎を上げて杏が言う。「あ、そうなんですよ」と同意しようとした唇を、はっと結んだ。


「む……」


 蜂蜜笑顔から一変、長谷川くんがまたむくれてしまわれた。


 もしや、杏のこと嫉妬してる? ここって「神崎家の甘い卵焼きを食べた経験がある」ことがアドバンテージになる世界なの!?


 お母さんは喜びそうだけども。杏と長谷川くん、本当にバチバチだなあ……何か仲良しさんになる方法、ないかなあ。


 私は自分のお弁当箱に視線を落とす。

 卵焼きがひとつ、残っていた。


「あの……衛生面が気にならないなら、長谷川くんも食べてみます? うちの卵焼き」


 恐る恐る、そう提案してみると。


「え、食べる」

「駄目! ダメダメダメダメ、絶対だめ! わたしが悪かった! 認める! 流石に大人げなかった、だからだめーっ!」


「あ、杏さん危なっ、痛たたたたたッ、ハグが痛いッ! わかっ、分かったから……!」


 今にも竜巻に飛ばされそうな人を助けたいみたいに全力で抱き締められては、白旗をぱたぱたするしかない。咄嗟にお弁当箱を避難させることができたのは奇跡だと思う……。


 結果として、絶対王子と絶対王女は同時にしゅんとしてしまって、そうさせてしまった私も猛省してしゅんとなった。

 そんな惨状を前にして、


「おいおい、『氷姫』までマジか……!?」


 花沢くんが頭を抱えている。

 ……まじで、ごめんなさい。

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きみしかいないし。〜平凡少女、学校で一番の美男と美女に溺愛される〜 紫波すい @shiba_sui

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