4.「君と仲良くなりたい」
去年まで、スマホの目覚ましアラームには、一番好きな曲を使っていた。
でもそうすると、大好きだったはずの曲が、だんだんと嫌いになっていくことがわかって。今では『天国と地獄』という、運動会で引っ張りだこな超有名クラシック曲をセットするようになった。
「あぁ〜、ゔぅ〜……はっ!?」
私は早起きが大変苦手である。しかしこの日は、珍しくすぱーんと目が覚めた。
私は神崎絢、東高の2年3組所属。昨日、お隣のクラスの絶対王子に告白されたような気がする。
あれ? もしかして夢? 私、夢と現実の区別がつかなくなるほど追い込まれてる? 主に数学に。
髪の毛がちゅどーんと爆発した状態で、慌ただしくスマホを操作、メッセージアプリを起動。
ええと、長谷川、長谷川……むっ、この可愛らしいテディベアのアイコンは、中学3年生のときの同級生、長谷川かすみちゃんの。都会の女子校に進学したんだよね、元気かなあ……
って違う違う! そのすぐ下ですよ! アプリの初期アイコンのお隣に、長谷川雪というお名前が!
あわわ……当たり前だけども、チャット履歴もがっつり残っているじゃないか……!
『今日はありがと、嬉しかった。
よろしく。また明日』
『こちらこそ、よろしくお願いいたします!
それでは、また明日!』
……改めて見ると私の返信、華の女子高生感無さすぎ? その5分後に『うん』と律儀なお返事をもらったけれど、軽く気を遣わせてない?
「……また明日、かぁ……」
本当に来るのだろうか、長谷川くんは。
ぼけーっとスマホの画面を見つめる。間もなく「絢ぁー!?」と怒れるお母さんの声が聞こえたので、私はそそくさとお布団から抜け出した。
「すみません。神崎さん、呼んでくれる?」
本当に、本当に、いらっしゃった……!
お昼休みになってすぐ! お弁当と500mlパックのお飲み物をご持参いただいたご様子……!
絶対王子の電撃訪問に、きゃーっと黄色い声を上げたのは私ではない。神崎さんを呼ぶ係に任命された、クラスメイトの高田美玲ちゃんだ。
ああっ、きゃーが見事に伝染していく……ミッション失敗、大混乱を未然に防げませんでした!
窓際の前から3番目という、割と好条件な自分の席で、私は文字通り頭を抱えた。
こんなに爆速でいらっしゃるとは……教科書片付けるのなんて後回しにすれば良かった……
「来たな、長谷川雪……」
物騒な感じで吐き捨てながら、右斜め前の席からすくっと立ち上がった人物がいた。登校途中に私から事情を聞いていた、絶対王女・香芝杏だ。
「へ? あ、杏……?」
「成敗してくる。机の下に隠れてて、絢」
「どぉわああ、杏さん!? ちょっ、ちょ待っ、落ちっ落ち着いて、どーどーどーどー!」
理由はよく分かりませんが、殺意の波動に目覚めた親友を放っておけるわけないでしょうが!
私は大慌てで杏の腕にしがみつき、そのまま長谷川くんの元へ……教室の後ろのドアまでずるずるーと引き摺られていった。
「どぉわああ、やっぱ来たじゃん『氷姫』ぇ!? だからオレがそれとなーく呼び出してやるって言ったのにぃ……!」
お、おや? 聞き馴染みのない男子の声が?
どうやら長谷川くんも一人ではなかったようだ。その方は、茶髪だし両耳にピアスの穴あるし制服も着崩していたけど、何故だかちょっとだけ親近感が湧きました。
というわけで、2年3組前の廊下。
出入りのお邪魔にならない場所で、香芝杏&神崎絢、対、長谷川雪&謎の男子生徒という構図が出来上がってしまった。
「……呼んだの、神崎さんだけなんだけど」
「絢が呼ばれたから来たのよ、呼ばれたのがわたしだったら来てない。
貴様、とうとう絢に手を出したな」
ききき、貴様ッ!? 長谷川くんの眼差しもなんだかひんやり冷たいし、絶対王子と絶対王女ってめちゃ険悪な仲なの!?
「出したよ、好きだから。神崎さんは、俺と友達になってくれるって答えてくれた。
だから仲良くなりたくて、昼、誘いに来た。なんか文句ある?」
「文句? あるに決まってるでしょ。よくも、わたしの可愛い絢を……」
わわわ、ワタシノっ!?
確かに我々は、親友として散々ラブラブしてきたけれども! 朝のおはようハグは日課だし、それはもう「いいなあ、僕たち私たちも、香芝さんと仲良くしたいなあ」って嫉妬される程度には!
長谷川くんは溜息混じりに、
「香芝が、神崎さんのこと好きなのは、知ってる。俺の方が好きだけど」
「は? わたしの方が好きだからね。この子と何年一緒にいると思ってるの? 舐めんな」
「……それを言うのはズルい。まあ、今は絶対、俺の方が好きだけど」
季節外れの好き好きブリザードが吹き荒れる。これが、異世界のお話だと思ってた「私のために争わないで!」状態か……空気がヒリヒリしてて、きゅんきゅんどころかハラハラなんですけど……!
いやいやいや、そうだよ、私が止めなきゃじゃん! いまいち実感が湧かないけれど、これは私が原因の喧嘩なんだ! 止められるのは私しか……
「あ、あのぉー……」
「だああもう、いい加減にしろって、人目めちゃくちゃに集めてんだわ! お2人さんの愛が重いのはよーく分かったが、一緒に飯食うかどうかは神崎サンが決めることだろーが!
で、神崎サンは!? 一緒に食う? 食わない? どっち!?」
「うひいぃっ!? ええと、ええとっ、それではありがたくご一緒させてくださあい!!」
良かった、止められる方、私以外にもいた! 両手をワナワナと震わせててちょっぴり怖かったけれど、ナイスアシスト長谷川くんのご友人! 後でお名前を教えていただけると嬉しいですっ!
「……本当に行くの、絢?」
長谷川くん&お友達ペアをしゃーっと威嚇していた杏が振り返る。アーモンド型の瞳は、心配の色に染まっていた。
誤解されることも多いけど、杏は優しい子だ。
「う、うん。あんまりお話ししたことはないけど、長谷川くんは……友達、だから。はせ」
「それなら、わたしも一緒に行く」
これが以心伝心……「長谷川くんとあんまり仲良しさんじゃないのかもだけど、杏も一緒に来てくれると心強いなあ」という台詞の「はせ」だけで、私のお願いを理解してくれるなんて……!
長谷川くんは小さく小さく肩を落としながら、
「……こうなると思ってた。
いいよ、香芝も一緒で」
「『いいよ許可する』はこっちの台詞。
屋上。さっさと来いや」
腰に手を当てて、顎で天井を示す。流石は絶対王女と言いますか、そんな姿もキラキラしてるけれども……不穏な気配が、すごい。
どうやらこの完璧美少女、「神崎絢」過激派だったみたいです……。
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