3.私だって初めてです


「あ、あわわわ……!?」


 な、なんで? なんで、なんで、なんで!?


 長谷川雪が、私のことを!? 東高に通う生徒の大半が知ってる絶対王子が、クラスメイトでさえ5割がフルネームを知らなそうな、この平々凡々ガールを!?


「……もしかして、嫌だったから? だから、宛名が間違ってることにしたかった?」


 う、うぐぅっ、ものすごーく寂しそうな表情をしていらっしゃる……!


「滅相もないですっ! わ、私はただ、純粋に信じられなかっただけで……だって、私ですよ!? 今まで誰からも告白されたことないのにッ」


「そっか。じゃあ、俺は記念すべき1人目だ。

 なんか、嬉しい」


 お言葉の通り、目を細めて嬉しそうでいらっしゃる……!


「俺は、結構告白されたことある」


「でしょうね! あんまり無かったら何というか、長谷川くんの周りだけ、時空か何かが捻じ曲がってるんじゃないかと思います!」


「? ……うん。でも、告白したことはなかった。

 だから、知らなかった」


 長谷川くんは骨張った麗しい手で、お胸の真ん中に触れた。その姿は、神様に人間として命を吹き込まれたアンドロイドが、自分が生きていることを確かめているみたいだった。


「誰かを好きになるのって、苦しい。それに、怖いんだ。今まで、全然知らなかった」


 私は、とんでもない罪悪感に苛まれた。


 なんで私のことを好きになってくれたのかは、正直なところ全然、1%も分からない。


 でも……長谷川くんは苦しみながら、恐れながら、それでも「神崎絢」に想いを伝えてくれた。他の誰でもなく、私を、待っていてくれたんだ。


 ど、どうしよう。どうしよう!?


 杏から「あやすきー」と言われたことなら星の数ほどあるけれど、真剣勝負な感じの告白を受けるのなんて、さっきも言ったけど初めてで!


 申し訳ないけど私、長谷川くんのこと、今はラブじゃないです! だって天上人だったし、お話どころか挨拶すらしたことないし!


 だけどもなんか、ほんの数分言葉を交わしただけで、ちょっとキュンとしちゃってます! こんな綺麗な見た目をしておきながら、天然さんっぽくて可愛いんだもの!


「……どう、かな。

 嫌なら、断ってくれても、だいじょぶだから」


 ほら! しゅんとしてるのも何だか可愛いんだもの! 手放しに「ごめんなさい」なんて言えるか!


 でも、でもでも、たった今から長谷川くんのカノジョさんに、私なんかが成れるものだろうか? 学年一のイケメンさんのカノジョだぞ? 私はここに恋文を返しに来たわけで、そんな覚悟は全く……わーっ、どうしたら良いのか分からなすぎて発狂しそうーっ!


「……それ、香芝といるとき、たまに見たけど、どういう表情なの?」


「えっ!? わ、私どんな表情してました!?」


「どんな、って……顔のパーツが全部、顔の真ん中にぎゅって寄ってる」


 ブス! 完璧にブスじゃん! ていうか杏と一緒にいるとき、たまにそんな顔してるんだ私! しかもそれを長谷川くんに思い切り見られてたんだ、へえ〜! 今すぐ砂場に穴掘ってすっぽり埋まりたいなあ!!


 わ、ワケが分からない……そんなブス顔を目撃しながら「あ、好き」って思える長谷川くんの気持ちが全く……世の中には人の数ほど価値観があるんだろうけど、もしかしてあんまり可愛くない系女子がタイプなんでしょうか……?


「あの……つかぬことをお聞きしますが、好きな芸能人は……?」


「え? 俺、あんまりテレビ見ないんだけど」


「……では、好きな動画配信者は?」


「それなら答えられる。一番よく見るのは、ゆきちゃんの動画。俺と同じ名前だし、可愛いから、よく見る」


「おお、ゆきちゃん……! そ、それで、その方はどのような女性なんです?」


「女性? オスの、まっしろい柴犬なんだけど」


 こ、この方、天然さんが過ぎるぞ……!


 うーん……うーん……うううーん……

 私は首を90度近く曲げて、必死に考えた。


 そして結論。

 まだ、長谷川くんのカノジョさんにはなれない。


 全く気づかなかったけれど、長谷川くんはずっと私を観察……いや、私に熱視線を送っていたらしい。しかし私にとって、長谷川くんの内面はまだまだ未知の領域だ。いきなり、そこまで仲を深めることはできない。


 だけど、これにてさよならと縁を切りたくはない。私には、切れない。


 心は決まった。

 こういうときに言うべきワードは、ひとつ。


「……お友達から始めてみるのは、いかがでしょう?」


 可愛くないと思うけども、上目遣いで提案した。長谷川くんはぱちぱちとまばたきをして、


「俺と、友達になってくれるの?」


「はい、ぜひ! その点に関しましては、こちらからお願い申し上げたいくらいでございます……」


 長谷川くんの眼が、きらきらと輝く。


 よし。私にしてはナイスな判断が出来たようだ。もしお友達になってみて、長谷川くんが神崎絢の現実に幻滅したら、それはそれで構わない。私が自分からお断りするより、きっとずっと楽だ……。


 長谷川くんは少しだけ前のめりになって、


「ありがと、神崎さん」


「いえ、こちらこそ……」


「好きになってもらえるよう、がんばる。3組、遊びに行くから」


「いえいえ、こちらこそ……」


 私がぺこぺこ頭を下げるのを見て、長谷川くんも真似っこしてぺこぺこなさる。

 いやあ、本当に可愛らしい方だなぁ。この感じ悪くない、むしろ良好……ん?


 『3組、遊びに行くから』っておっしゃった?

 そ、それって、あんまり大丈夫じゃなくない!?

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