第136話 猛者

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 ノルマルは抜き身の剣の切っ先を小隊長の首に突き付けた。


 小隊長は剣の柄に手を伸ばしたが抜く間はなかった。


 馬は僅かに動じただけで暴れなかった。ニャイが匂いに気づいたように馬もノルマルの存在には気づいていたようだ。


「誰も動くな!」


 ノルマルは後続の馬の列に向かって声をかけた。


 アルティア兵たちは剣を抜いたものの動かなかった。


「ニャイ、無事か?」


 ノルマルが必死さの籠った口調でニャイに確認した。目線は小隊長から外していない。


 藪から現れたのはノルマルだけだ。ミトンとジェイジェイの姿はなかった。


「大丈夫。この人たちは味方よ」


 ニャイがノルマルに言い聞かせた。


「アルティア兵だぞ」


「オークから助けてもらったの」


 ノルマルは驚いた顔になり剣を引き鞘に納めた。


「すまなかった」と小隊長に頭を下げた。


「アルティア兵は獣人を毛嫌いすると聞いていた。ニャイが捕らえられたものと誤解した」


「いや、仕方ない」


 小隊長は引きつった顔で部下たちに剣を納めるよう手振りで示した。


 部下たちは素直に指示に従った。


「ミトンとジェイジェイは?」


 切実に心配した声でニャイが訊いた。


「出てきていいぞ」とノルマルが列になっているアルティア兵の後方に声をかけた。


 四頭目の馬より少し後ろの左右の藪からミトンとジェイジェイが現れた。アルティア兵たちを完全に挟み撃ちにできる位置取りだ。


 ジェイジェイは大分元気になった顔だがミトンはさらに疲れた顔だった。せっかく少しは回復してきた魔力を三人それぞれが藪に隠れるために再び使ってしまったためだろう。


 とはいえ、ノルマルもミトンもジェイジェイもアルティア兵に対して、まだ完全には警戒を解いていない表情だった。


 そこはニャイとて同じなのだがニャイ以上に殺気だった気配を『同期集団』は纏っていた。


「流石、オークジェネラルを倒せるだけのことはあるというべきなのかな。もし、我々が本当に彼女を捕らえていたらどうしていた?」


 小隊長はノルマルに問いかけた。


「あんたを刺すと同時に馬の尻を叩いて走らせ、ニャイと後続を分断させた。後続は背後から火と風で焼いて、馬が慌てた隙に俺が仕留めた」


 ノルマルは淡々と作戦を口にした。ニャイが止めなければ実際に実行していただろう。


 小隊長は深呼吸をするかのように深く息を吐いた。自分たちが正しく危機一髪であったと悟ったようだ。


「獣人を嫌っているくだりは、あながち間違いではない。殺されかけた相手だとしても君とのほうが彼女より、まだ話しやすいと感じているのも事実だ。正直、アルティア神聖国に使者として獣人を派遣する探索者ギルドの神経を疑ってしまった。だが、考えてみれば逆だな。アルティア神聖国との協議が成立しない・・・・・よう探索者ギルドは獣人を使者としたというわけか? 本気でアルティア神聖国と話すつもりはないのだろう?」


 小隊長は探るような目でノルマルを見た。


 ノルマルもニャイも小隊長の真意が分からない。


「なぜ、そう思う?」


 ノルマルは、あえて相手を試すような口調で確認した。お前、本当に分かっているのか、ちょっと言ってみろ、といった響きがする聞き方だ。


「探索者ギルドが王国と『半血ハーフ・ブラッド』を結びつけたのだろう? どおりで『半血ハーフ・ブラッド』が王国侵略に協力しなかったはずだ。探索者ギルドは国家間の紛争には関与してはいけないのではなかったかな? それとも我が国は探索者ギルド本部と協定を締結していないから問題なしか?」


「ニャイ」


 ノルマルは返事をニャイに丸投げした。不用意な発言はできない。


「協定締結の有無に関わらず探索者ギルドは基本的に国家紛争に対して中立です」


 ニャイは教科書どおりの返事に留めた。


 実際のところ小隊長は何を根拠に探索者ギルドが王国と『半血ハーフ・ブラッド』を結びつけたと思ったのだろう?


 むしろ探索者ギルドは王国に対して懐疑的だった。バッシュの件があるので積極的な協力はしていない。


半血ハーフ・ブラッド』との接点もまるでなかった。


 両者の間を取り持つような真似などできるわけもない。


 何か根本的な部分でお互いの認識が違っている。


 ノルマルが知る限り王国とも『半血ハーフ・ブラッド』とも接点がある探索者は一人だけだ。


 ニャイも同じだ。


「まさか、バッシュさん!」


 ニャイが驚くほど大きな声を上げた。


「やはりか。国都に潜入して炊き出しの列に並ぶと散々聞かされる英雄の名前だ。正式には『炊き出しのバッシュ』と言ったかな」


 小隊長が口にした。


 ニャイもノルマルもミトンもジェイジェイも顔を見合わせて色めき立った。


「バッシュさんは国都にいるのね?」


 ニャイが馬上で、ぐるりと体の向きを変えて小隊長に詰め寄った。


 とはいえ、ニャイたちが知るバッシュは好人物だが英雄というほどではない。


『炊き出しの』も聞き覚えがない。


 小隊長はニャイから身を離すように後ろにのけぞりながら続けた。


「『半血ハーフ・ブラッド』はアルティア神聖国民を飢えから開放するために立ち上がったそうだ。だが、その決断をさせたのは王国出身の探索者だと聞いている。『炊き出しのバッシュ』が国都に来て急に炊き出しが始まった事実は流民の誰もが知っている。ギルドと王国が送り込んだのじゃないのか? オークキングすら一撃で倒す猛者なのだろ?」


 いや、それはもっと知らない。


 その時、馬車道にいた残りのアルティア兵たちが馬を走らせて掻き分け道に乗り込んできた。


「小隊長っ!」と、先頭で駆けてくるアルティア兵が切迫した声を上げた。


「前後から王国兵です」


 村側と国都側それぞれから王国兵たちがようやくやって来たらしい。


 小隊長は顔を歪めた。時間がない。


「王国と戦争中の我々はこの場には留まれん。君たちが王国兵との合流を望むならばここで別れる。国都へ行きたいのならば連れて行く。だが、探索者ギルドが中立と言うならば我々はギルドに聞いてもらいたい話がある。どうしたいか即答してくれ」


 小隊長はノルマルの顔を見て問いかけた。


 ノルマルはニャイと顔を見合わせた。


 ニャイは大きく頷いた。


「連れてってくれ」


 ノルマルは返事をした。


「乗せてやれ」


 小隊長は三人の部下の馬にノルマル、ミトン、ジェイジェイを分乗させた。


「退くぞ」


 小隊長は新たな掻き分け道を作るように藪の中を早駆けさせた。


 部下たちが後に続いた。


 幸い、王国兵に追いつかれることなく、彼らは、うまく振り切った。

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クビになった万年Fランク探索者。愛剣が『-3』呪剣でした。折れた途端無双です。 仁渓 @jin_kei

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