第135話 掻き分け道

               141


 ニャイと話をした人物がアルティア兵小隊の小隊長だった。


「場所は?」


「村の手前の茂みに隠れています」


「何があった?」


「王国の補給部隊が基地にしていた村をオークの群れが襲ったようです。村に王国兵はおらず物資も馬もなく、どこかに運び去られた後でした。見張りのオークと戦闘になったところ他のオークたちが駆けつけてきたので足止めするため村に火を放ちました。その後、オークジェネラルに阻まれて怪我をした仲間が回復できるようになるまで隠れています」


「ジェネラルがいるのか」


 小隊長は不安気な声を上げた。


 他の兵士たちも心なしか腰が引けた気配だ。


 アルティア敗残兵たちは『長崖グレートクリフ』のオーク集落を『半血ハーフ・ブラッド』に先立ち力押しで落そうとして壊滅した経験者でもあった。オークジェネラルの脅威は身に染みているのだろう。並オークを馬で蹴散らすのとはわけが違う。


「ジェネラルは倒しました。他にもいるのかは分かりません」


「倒した?」


「わたしの同行者たちが。それより救援を!」


 小隊長は少し考える素振りをした。オークジェネラル率いるオークの群れと戦うことになるかも知れないリスクと探索者ギルドに恩を売るリターンを天秤にかけたのだろう。


「わかった。誰か馬に」


 相乗りをさせてやれ、と言いかけて小隊長は口を閉じた。


 信仰上、誰も獣人との接触はしたがらないだろう。


「いや。俺の荷が一番軽いな。俺の馬に」


 小隊長の馬も含めてアルティア兵たちの馬は皆、多くの荷物を括りつけていた。


 とりあえずなるべく多くの物を持てるだけ持ち運ぼうという感じに見える。拠点がないためだ。


 とはいえ、小隊長の馬の荷が一番少ないという事実はない。


 小隊長はまず自分が馬に跨りニャイに手を差しだして引き上げ自分の前に座らせた。


 ニャイの案内で村に向かう。


 村を焼く火は既にピークを越えており村の中央を通る道は熱ささえ我慢すれば再び通れるようになっていた。


 村の手前の道にオークジェネラルの死体は転がっていなかった。


 オークが運び去ったのだと思われる。ニャイが逃げ去った後にニャイを追いかけたのとは別のオークがこの場に存在したということだ。


「ジェネラルの死体がなくなってる」


 ニャイは声を上げた。


 ジェネラルが倒れていた地面には血痕だけが残っていた。


 村が燃えてしまった今、血痕を隠して次の獲物を待ち伏せる必要もなくなったのだろう。


 または倒されたジェネラル自身が血痕を隠せという指示を出しており他のオークではそこまで意識が回らなかったという可能性もある。


 いずれにしても村が燃えているのに気づいて駆け付ける王国兵は警戒しているはずだ。村に着けば、この場で何が起きたかもわかるはずなので村での惨状を知った王国兵たちは今後油断などしないだろう。血痕を隠す行為は、もはや無意味だ。


 ジェネラルが倒れていたはずの場所近くの左の藪に踏み倒された跡があった。


 オークに追われて逃げたニャイが道に飛び出した際に切り開いた藪ではなくニャイの匂いを嗅ぎつけたオークが覗き込むために倒したほうの藪である。もともとはノルマルが掻き分けた道の起点でありミトンが倒れた草を回復させてカムフラージュした場所だ。


「あの左の切れ目を」


 ニャイは馬上から指差した。


「三人だけ来い。その他は警戒しつつ待機」


 小隊長はニャイから隠れている仲間の人数を聞いていた。


 相乗りに必要な部下だけを連れて小隊長は藪の掻き分け跡へ馬を入れた。


 三頭の馬が後を追う。


 ニャイが屈伸をしていた場所へ着いた。


 目隠しのためニャイがミトンに回復させた藪は倒れずに立っていた。


 再度回復したのでなければ、こちら側からは発見されていないということだ。


「ノルマル、ミトン、ジェイジェイ、そこにいる?」


 ニャイは藪の先に声をかけた。


 返事はなかった。


「進んで」とニャイ。


 小隊長は馬に藪を掻き分けさせて先へ進んだ。


 ミトンが回復させた部分が終わり、再び掻き分け道となった。


 三人の姿はない。


 細くなった掻き分け道がさらに先へと続いていた。


 見通せる範囲内にノルマルたちの姿はなかった。


「辿ってください」


 ニャイの言に従って小隊長は馬を進ませた。


 しばらく進むと道は行き止まりになっていた。


 前方が藪で閉ざされている。


 また、ミトンが目隠しとして回復させたのだろうか?


「ノルマル、ミトン、ジェイジェイ、そこにいるの?」


 ニャイは再び声をかけた。


 藪の向こうを透かして見ようとするが何も見えない。


 どこかで嗅ぎ慣れた匂いがした。


 突然、前でなく右手の藪が割れてノルマルが飛び出した。


 ノルマルは抜き身の剣の切っ先を小隊長の首に突き付けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る