第134話 第三者

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 ニャイに声をかけた兵士が馬を降り、ニャイに向かって歩いて来た。


 剣は抜いたままだ。


 兵士はニャイの目の前に立つと剣を上げ抜身の刃をニャイの首の脇に押し当てた。


 ニャイは全身の毛が総毛立つのを感じた。


 耳がぺたんと垂れそうになり、しっぽを体に巻き付けたくなるが歯を食いしばって耐えた。気圧されては駄目だ。


 ニャイは毅然とした態度を装い、あくまで強気でアルティア兵に対して答えた。


「助けていただきありがとうございます。わたしは『半血ハーフ・ブラッド』隊員ではありません。探索者ギルド職員です」


 ニャイは改めてアルティア兵たちを見回した。


 アルティア兵たちは鎧兜を身に着けているが誰もが草臥れて薄汚れた格好だった。


 ニャイは知らないが目の前にいるアルティア兵たちは敗残兵だ。


 国都で『半血ハーフ・ブラッド』と一戦して敗走した部隊の一部である。


 国都には入れないので国都周辺に留まって国都の様子を窺っていた。


 国都だけでなく王国の動きも追っている。


 王国から国都へ向かう馬車の流れと王国兵の動きを調査する過程で火事に気が付き、やって来たのだ。広い範囲での諜報活動となるため馬を使っていた。


「アルティア神聖国兵の方々で間違いないでしょうか?」


 ニャイは兵士に確認した。


 兵士たちの鎧の胸にはアルティア神聖国の紋章が描かれていた。


 何人かの兵士は負傷しており包帯を巻いている。


 アルティア兵たちはポーションも回復魔法の使い手も不足していた。


「いかにも。我が国は国内での探索者活動は認めていないはずだ。探索者ギルドが、なぜこの場にいるか伺おう」


「探索者ギルド本部からアルティア神聖国王への親書を渡すために参りました」


 ニャイは猫人族キャッティーだ。


 アルティア神聖国民並びに世界各地にいるアルティア教徒が獣人を毛嫌いしている事実は身に染みて知っていた。


 アルティア神聖国の国都を目指すにあたって差別はもちろんのこと身の危険があると覚悟もしていた。


 どれだけ役に立つかはわからないが万が一に備えてニャイは探索者ギルドのライネットからアルティア神聖国王あての親書を持たされていた。


 親書を運ぶという名目でアルティア神聖国入りをし国都を目指しているという理屈だ。


 公式な使者ならばアルティア兵から害される可能性も少しは減るだろう。


 しかも単なる出先の一探索者ギルドとしての親書ではない。国際的な組織である探索者ギルド本部名での親書だった。


 もちろん、実際のところは国王宛の親書だからといって国王本人が受け取って開くわけではない。


 然るべき事務の人間が受け取り然るべき処理が行われるだけだ。


 だが、まずは届かないことには処理の判断に至らなかった。


 届くためには運ぶ必要があるだろう。建前上のニャイは、その運ぶ役目だ。


 本来、探索者ギルドも探索者も国家間の紛争には関わらない。


 だからといって現実に紛争が起こればその場にいる探索者は巻き込まれる。


 事前に紛争となる可能性が高いと分かっていれば探索者ギルドは探索者に対して退去勧告を行った。その上で探索者がその場に残るならば自己責任だ。


 だが、紛争が突然起きてしまうと本人の意思に関係なく巻き込まれる探索者が発生する。


 探索者ギルドとしては国家間の紛争に関わっていない・・・・・・・探索者については身の安全に配慮するよう当事国に対して働きかけを行うのは当然だろう。


 アルティア神聖国に探索者ギルドは置かれていないので公的には探索者活動は行われていないはずだが、探索の実施中であるか否かにかかわらず、何らかの理由でアルティア神聖国に滞在している探索者がいる可能性はある。


 例えばアルティア教徒でもある探索者が礼拝や観光の目的で国都を訪れているといった場合はありえるだろう。


 礼拝目的のアルティア教徒を他国から護衛して同行している場合もあるだろう。


 アルティア神聖国内に探索者ギルドがあろうとなかろうと国際機関である探索者ギルド本部としてはアルティア神聖国に対して、もし貴国内に探索者がいた場合は身の安全に十分な配慮をされるよう、お願いしないわけにはいかない。


 親書の中身はそういった内容だ。


 お願いだから何回行ったところで良いだろう。


 大事な内容の親書であればこそ同一内容を別ルートで届ける場合は十分あり得た。


 そのため、仮に探索者ギルド本部から別便で同内容の親書が既に出されていたとしても問題ない。


 同一内容の親書を二度受け取ったところで担当者が適切に判断するだろう。


 お願いにどう応えるかはアルティア神聖国次第だ。


 もっともライネットはニャイにお守りとして親書を持たせたつもりなので本当に相手先に渡すかどうかはニャイの判断に任せるとされていた。


 まあ今回、早速、アルティア兵との駆け引きの材料となったわけだが。


 ニャイにとっては一種の賭けだ。


 獣人を嫌っているアルティア兵が手間を嫌がり無言のうちにニャイの首を刎ねて親書など破り捨てたところで誰にも分からない。


 万が一ギルドから問い合わせがあってもオークに襲われたのではないかと惚ければ問題ないだろう。ニャイたちは実際にオークに襲われている。


 ただし、第三者である探索者ギルドが公式に出てきたのであれば、いくら国内に探索者ギルドがないアルティア神聖国といえども無視はできない話だ。


 下っ端にすぎないアルティア兵が面倒だからと揉み消していいレベルの話ではなかった。


 国際的な立場のある第三者となれば、将来、アルティア神聖国と王国の間で和平交渉が行われる際には仲介者となる可能性がある。探索者ギルドは、どちらかの国に利するような形での関与はできないが紛争当事国から和平のための仲介役を求められる機会はむしろ多かった。


 それどころか、このお願いが届いたルートを逆に辿り和平の方向に話が進む可能性すらあるという考えに至ればアルティア兵個人が獣人に対してどのような思いを抱いていたとしても、いきなり首を刎ねはすまい。


 賭けに対するニャイの勝算はそこだった。


 アルティア兵はニャイの首から剣を離して鞘にしまった。


 他の兵士たちも同様に剣を納めた。


 ニャイは、ほっと息を吐いた。


 これでアルティア兵に国都まで連れて行ってもらえる可能性すら出てきた。


 ニャイは国都が既に『半血ハーフ・ブラッド』により囲まれていてアルティア兵たちには近づくことすらできないという事実は、まだ知らない。


 ニャイたちにとって王国兵と接触するのとアルティア兵と接触するのと正直どちらが良かっただろう。


 バッシュの所在を隠している王国をニャイたちは信用していない。


 だからといって王国に侵略したり獣人を毛嫌いしているアルティア神聖国もまた、ニャイは信用できなかった。


 もともとの予定ではアルティア兵とも王国兵とも接触せずに国都に至り、うまく潜入してバッシュの情報を探るという段取りだ。


「国王に目通りの可能性がある使者に獣人を選ぶなど探索者ギルドは何を考えているのか。他に適任者はいなかったのか?」


 アルティア兵はニャイに苦言を呈した。


 ニャイは神妙な顔で否定した。


「使者はわたし一人ではありません。アルティア神聖国内では『半血ハーフ・ブラッド』の存在感が高まっていると聞き及んでいます。アルティア神聖国内を通過するに当たり裸猿人族ヒューマン以外の使者も必要と判断いたしました。それよりもっ!」


 ニャイは身を乗り出し本題を口にした。


「同行していた裸猿人族ヒューマンの使者が、まだ戦地に。すぐ救援を!」

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