第六話

 広場には異様な熱が渦巻いていた。

「殺せ!殺せ!」とがなり立てる群衆に取り囲まれ、薪を積み重ねた上に組まれた十字架にザガイン国王とそのきさきが張り付けられている。


 投げつけられる石礫いしつぶてに顔を歪めて苦しそうに藻掻いていた。

 一等席でその光景を見下ろしていた俺はキリトを呼び寄せて伝える。


「そろそろ時間だ。薪に火を点けろ」

「マルクス様。本当にあのお二方を処刑してもよろしいのでしょうか」


 キリトが小声で話しかけてくる。この俺に口を挟むような真似をするのはキリトぐらいだが、さすがに小国とはいえ一介の王とその后をともに処刑することに、一抹の不安を感じているのかもしれない。

 

 隣には国王が座っているが、此度の処刑を受け入れているとも拒否しているとも思えない諦念の表情が浮かんでいる。

 親バカも過ぎると都合のいい傀儡かいらいにしか見えなくなる。心のなかで嘲笑し、キリトに大丈夫だと小声で伝える。


「気にするな。国王オヤジには適当に大義名分を伝えてある」

「左様でございますか。それではすぐに係の者に伝えます」


 さあ、とっとと姿を現さないと本当に火炙りにしてしまうぞ。

 キリトが係の者に火をつけるよう合図を出す。

 松明の火が薪に燃え移ろうとしたその瞬間――広場の一部で何かが炸裂する音がした。


「なんだッ! 何事だ!」


 突然鳴り響いた炸裂音と、もうもうとたちこめる白煙に驚いた民衆が悲鳴を上げて散り散りに逃げていく。

 監視にあたっていた兵士たちは使い物にならず、突然起こった事態の収拾もままならず戸惑いを見せて立ち尽くすばかりだった。


「なんだ……何が起こったんだ」


 それまで一言も発していなかった国王は、途端に落ち着きを失いクーデターでも起きたように顔面を蒼白にしながら、俺に掴みかかってきた。


「マルクスよ。これはいったいなんの騒ぎだ!」

「さあ……恐らく処刑に反対するものの仕業かと」

「ならんぞ。決して王族の貴い血を流してはならぬ」


 まさかこのタイミングで仕掛けてくるとは――国王をなだめながら、怒りで腸が煮えくり返った。


 ――クソッ、アシュリーの仕業か!


 ドラムと行動を共にしてるのであれば、その首俺が手ずから斬りはねてくれる。


       ✽✽✽


 結局ドラムが声をかけた人間が、処刑に間に合うことはなかった。

 こうなったら捨て身の作戦しかないと、ドラムと頷き合って手にしていた白煙玉を広場で爆発させた。


 突然の炸裂音に、処刑見たさに集まっていた民衆は蜘蛛の子を散らしたようにパニックになって逃げていく。


 規則性のない集団は適度な目隠しとなる。視界を覆う白煙の中を駆け抜けて、高みの見物を決め込んでいるマルクスの姿が薄っすらと見えてくると、腹の底で憎しみの炎が再燃した。


 それは私の体を焼き尽くすだけではとどまらず、憎きマルクスを地獄の底へと突き落としてやるまで消えることはない。


 ニナ、貴方の分もしっかり復讐してやるからね――。


 一直線にマルクスのもとへ向かうも、背後から追ってくるドラムに「待て」と声をかけられ立ち止まった。


「何故止めるっ!」

「焦るな。奴の隣りにいるのは暗殺者のキリトだ。秘書を装ってはいるが、策もなく近づけばなます切りにされて殺されるだけだぞ」

「じゃあ……いったいどうすれば!」

「そのために俺がいる。俺がヤツを引き付ける隙に、お前はマルクスのクソ野郎のもとへ行け」


 そう言うと、大声で名乗りを上げながら剣を抜き、不自由な足で突進を試みた。


「我が名はドラムッ! 愛娘を玩具のようにもて遊び、死に追いやったマルクスの首を貰い受けにきた!」


 予定にない行動に驚いていた私を置いて、ドラムは勇猛果敢に駆け出す。

 当のマルクスはというと、剣を抜いて迫ってくるドラムの姿を見ても余裕をかましている。隣りに控えていた男に「さっさと殺せ」と軽く命じると、目にも止まらぬ速さでドラムと刃を交えた。


「ドラム!」

「お前がヤツを仕留めるんだ!」


 容赦ない剣戟けんげきをなんとか凌いでいたドラムから、娘の復讐を果たすようバトンを受け取った。マクロスまで開けた道を、手にナイフを携えて一心不乱に地を蹴り突き進む。


「マルクスッ! お前だけは絶対に許さないッ!」

「素直に殺されていればいいものを。キリトだけが隠し玉だと思ってんじゃねえぞ」


 もう取り繕うこともやめたのか、汚らしい言葉を吐いて手を上げた。すると逃げ惑う平民に混じっていた兵士に一気に取り囲まれ、剣のきっさきを向けられ逃げ場所を失ってしまった。


 最初から両親が囮だとはわかっていたが、あと一歩のところで手が届かないことに唇を噛んでマクロスを睨みつける。


「残念だな、アシュリー。お前には国家反逆罪、並びに国家転覆罪が適用される。ザガイン国王と后とまとめてあの世に送ってくれるわ。兵士たちよ、その女を串刺しにしろ!」


 マルクスの命令に兵士が剣を振りかざす。万事休すかと目を閉じると、この場にはいないはずの声が広場に響き渡った。


「そこまでです! マルクス皇太子、いえ……マルクスよ」


 声のする方へ視線を向けると、そこにはマルクスの腹違いの弟であるユリウスの姿があった。


「おおッ、間に合ったか!」

「ガランド殿、お待たせしてしまい申し訳ありません。限られた時間で証人を連れてくるのに手間取りまして」


 一番驚いていたのはマルクスで、ユリウスが連れてきた二人の人物を見て口をパクパクとさせていた。


「あ、貴方様は……」

「マルクス殿。貴殿は小金稼ぎのためと称して、ユースティア王国と我がザガインの間に無用な争いを生じさせようとしたようだな。その証拠に、抗戦派の腐敗しきった役人に機密情報を流して、随分と甘い蜜を吸ったと張本人から聞いておるぞ」


 まさか、冷戦中である相手国の国王が直々に動くとは、私も思いもしなかった。

 手にしていた鎖は、憔悴しきっている男の首に繋がれた首輪に繋がっている。

 ふと、ザガイン国王と目が合った。


「そなたがアシュリーだな」

「は、はい」

「確かに……マルクスごときには勿体ない女性であるな。なあ、ユリウス殿よ」

「い、今はその話はよしてください!」


 会話の意味はわかりかねるが、どうやら抵抗の意思をなくしたマルクスはその場にへたれこんでしまい、ユリウスの命令で兵士に両脇を抱えられ取り押さえられた。

 いつの間にか暗殺者の姿はなくなっていたが、その事に気がついている人間はいなかった。


 その後、私に着せられた罪は全て冤罪であることが確定し、マルクスは数え切れない罪に問われて自らが王国史上三人目の火炙りの刑に処されることが決まった。


       ✽✽✽


「アシュリー。あの時、俺を誘ってくれなければいつまでも諦めたままだった」

「そんな、私は何もできなかったわ。結局、周りの人達の力がなければ無力な女よ」


 あの騒動から一月が経ち、ドラムは守衛から騎士団への復職が決まった。

 マルクスの汚職は現国王の責任問題に発展し、今ではユリウスが暫定の国王を担っている。そして何故だか、暇を見てはユースティア国内に〝平民〟として留まることを決めた私のもとへ時々会いに来ている。

 ドラムも、良き友人として我が家に訪れるたびにお茶をともにしている。


「はい。淹れたてのサムネール産の紅茶よ」

「う、うむ……」


 ニナが淹れてくれた紅茶は、今では私が淹れている。器用に家事はこなせないけれど、何も出来ない私のままでいたくはない。

 カップに口をつけたドラムは、渋い顔をしてそれ以上は飲もうとしなかった。


「あら、クッキーも焼いてるけれど、いかがかしら?」

「え、いや……頂くとしよう」


 まさか、こんな静かな日々が訪れるとは思わなかった。

 小さな窓の向こうに広がる青空に、仲睦まじい二匹の鳥が飛んでいるのが見えた。

 

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第三皇女の私が処刑されるまでの七日間〜絶望?しません。罪をなすりつけた婚約者に倍返しいたします〜 きょんきょん @kyosuke11920212

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