むらさきつゆくさ譚 🌼

上月くるを

むらさきつゆくさ譚 🌼





 あら、いつの間にあんなところに……初夏の暁、東側の庭を見ていたヨウコさん。

 ムラサキツユクサの蒼い花が数輪、清々しい冷気のなかに、凛然と咲いています。

 ここ数日来、萎れていたこころに、空よりも濃いブルーがすうっと沁みこみます。


 弱点を謗るのではなく、利点を認め合う……そんな社会をつくればいいんだよね。

 ひとりの力は知れているけど、まずは身近な周囲から笑顔の連鎖を繋いでゆくの。

 そんな輪が重なり合えば、いがみ合いや渋顔が自然に消滅するんじゃないかしら。

 

 牧野富太郎博士の仰せのように、植物はただそこにいるだけで救いになるんだね。

 なにひとつ主張せず、他者のスキを突いたりせず、ただ黙って咲いているだけで。

 少女のころから励ましてくれた大好きなムラサキツユクサさん、ありがとう。🙇

 

 

 🌿



 俳句ではなぜか秋の季語とされている露草(ムラサキツユクサを含む)には月草、 蛍草ほたるぐさの別名があり、花言葉は「尊敬」「小夜曲セレナーデ」とこれまた慎ましく奥ゆかしい。



 ――露草や飯炊くまでの門歩き    杉田久女

   人影にさへ露草は露こぼし    古賀まり子



 朝咲いた花が昼に萎み、朝露を連想させることから「露草」の和名がついたとか。

 英語の Dayflowerにも「その日のうちに萎む花」儚さの意味を持たせているとか。


 万葉集にも「つき草のうつろいやすく思へかも我が思ふ人の言も告げ来ぬ」「つき草に衣はすらむ朝露にぬれてのきぬはうつろひぬとも」など、恋の歌が散見され……。  




               🪶🖊️🪶🖊️




 ところで、ツユクサといえば『Haiku物語』に短い童話を載せたことがあります。

 まことに拙いものですが、ここに一部修正のうえの再録をご海容くださいませ。



 第21話  つゆくさの帰りそびれて地の星に   (2020年9月22日)



 あら、おはよう、黒犬さん。あたしの名前はホタルコ。

 あなたの黒い鼻づらのすぐ前に咲いているのがあたし。


 あたし、この小さな家の子どもなの。いやね、きょとんとしちゃって、ほんとうにほんとうなんだってば。いまからちょうど十年前の今日があたしの誕生日。それから毎年、あたしお空から降って来るの、ひと晩限りの地の星になるためにね。(#^.^#)


 🌠


 え、なにを言っているのか、わけがわからないですって。 

 じゃあ、とくべつに、あなただけにお話してあげるわね。


 あたしね、ほんとうはこの家の父ちゃん&母ちゃんの子どもになるはずだったの。

 でも、慌て者の神さんがひとつ手順を飛ばしたので、いきなり星になっちゃった。


 でね、いまさらどうしようもなかったんだけど、せめてその代わりということで、幻の誕生日の前夜に、父ちゃん&母ちゃんのそばに降らせてくれることになったの。


 ほんとうはひと晩だけの約束だったんだけど、ふだんから泣き虫の母ちゃんが今年はとりわけ泣いて泣いて泣いて、小柄な細い身を絞るようにして泣きじゃくっていて懸命に慰める父ちゃんも困り果てていたので、あたしもお空へ帰れなかったの。💧


 でもね、さっき東側の窓が開いて、あたしを見つけた母ちゃんが「まあ、きれい。お星さまが降って来たみたいね」さびしい笑顔を見せてくれたから、今夜は安心してお空へ帰るつもり。あなたともお別れだけど、来年の今頃、また会えるといいわね。


 🐕


 星色の花びらに濡れた鼻づらを押し当てていた黒犬が、とつぜん「クフ~ン!!」悲しそうな鳴き声をあげたので、連れていた母さんはびっくりしたようです。(^-^;


 それからしばらくして同じ場所を通りかかった黒犬と母さんは、小さな家にひびく仔犬の元気な足音と「これ、待ちなさい、キララン」という夫婦の声を聞きました。




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