雨夜の月

西しまこ

第1話

 雨降る夜は月の姿を想像する。

 暗く闇のとばりが落ちて雨のすじすら見えず、僕は音で雨が降っていることを知る。夜のとばりと雨のベールで、世界は濡鴉ぬれがらすの色に覆われている。

 月はそこにあるんだ。ほんとうは。

 僕はまるく輝いているはずの月を思い浮かべる。


 ……あいたい。

 彼女に、あいたい。

 でも、あえない。


 雨音が冷たく、こころに響いた。僕はコーヒーを一口飲んで、パソコンに向かう。窓から目を逸らして。

 そこにあるはずなのに見えない月と、僕の恋人であるはずなのになかなか会えないマリが、重なって見えた。マリはまるで雨夜あまよの月。

 あいたくても、夜のとばりと雨のベールの向こうにいるきみ。



 マリには夫がいた。出会ったときから、分かっていたことだった。

「夫とはもう口を利いていないの。もう空気なの。……さみしいんだ、あたし。だから、ヤスくん、あたしのこと、癒して?」

 マリはそう言って僕に腕を伸ばしてきた。ふわりと何か甘い、いい香りがした。その香りにくらりときて、マリにキスをして。そして。

 そして僕は雨の夜に月を探す。



 ほんとうは僕がひとりぼっちの月なのではないだろうか。

 だって、さみしい。こんなにも。きみにあいたくてあえなくて。きみをう。

 僕は暗いまくに包まれて、もう身動きが出来ない。

 電話は出来ない。LINEは出来る。でもすぐに返事が来ることはない。TwitterやInstagramは見ることは出来る。でもフォローもコメントも出来ない。マリの夫が見ているから。


 ねえ、僕はいったい、何なんだろう? きみの何なんだろう?

 もしかしたら、恋人ですらないのかもしれない。それはただの僕の思い込みでしかなくて。夜が滲んだのは雨のせいだけではない。



 僕は空になったカップを見て、コーヒーを淹れることにした。コーヒーメーカーのコーヒーは空になっていたので、洗って、コーヒーをセットする。

 部屋中にコーヒーのが漂い、僕は胸が締め付けられる思いがした。

「夫はコーヒー飲まないの。だから、ヤスくんちで飲めて嬉しい」


 きみの香りがした。濃密に。まるですぐそこにいるかのように。

 きみが僕に腕をまわす。腕がまるで僕に触れているかのように感じた。

 そんなはずはないのに。


 ただ、雨の音とコーヒーメーカーの音と、そして僕のさみしさとだけがそこにはあった。




   了



一話完結です。

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☆これまでのショートショート☆

◎ショートショート(1)

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000

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雨夜の月 西しまこ @nishi-shima

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