第3話

 ここで言っておかなければならないが『雑ヶ谷高校探偵愛好会』とは、その名に反して特に探偵活動をしている訳でも無ければ、探偵小説の愛好家の集まりでも無い。三か月ほど前、『部活を作ろう』と思い立った屋形新太が、重箱の隅にこびりつく程存在する他の部や愛好会と活動内容が被らぬように申請をし、審査の結果、それが認可されたと言うだけの名前と建前と実際の活動内容が一致しない団体である。

 まあ、この雑ヶ谷にはそんな部活は掃いて捨てる程にあるので特に問題は無い。


 ――と、いうわけで。


「雑高に?」「隠された?」「お宝だぁ?」


三様の表情を浮かべた愛好会員たちの前で、浅川かなめは朗らかに笑いながら、


「うん、そう。美術部に昔っからあった噂らしいんだけど、なんとこの度、その噂が事実なんじゃあないかと思われる大発見がありまして――ほら、これ。なんに見える?」


 言葉の途中、制服のポケットから取り出したスマホをひょいっと彼らにさらして見せた。


『070502このばしょにひめたるきらめきをねむらせんと』 


「……これは……!?」「う~ん、なにかのメッセージにみえなくもないねえ?」「んだこれ? イカレてんな」


 表示された写真に顔を寄せた三人は、かすれた平仮名の中に割り込む数字の羅列の画像を確認すると、それぞれの感想を口にしながら互いに顔を見合わせた。そして何かを促してくるカケルの視線に応じるように、屋形新太は、ショートカットの訪問者へと向き直り。


「……では浅川。詳しく――いや、できるなら現物を見せてもらえないか?」

「もちろんだとも。えへへ、さすがは探偵諸君。そう来なくっちゃ!」


 午後の光を反射する新太の分厚い眼鏡の中で、『ついてきたまえ!』とのたまったクラスメイトのスカートがひらりとひるがえった。




「――で、その『雑高七不思議に挑む』って企画の一発目に選ばれたのが玄葉くん達ってわけなのさ」


 文化棟から美術室のある理科棟へ。

 灼熱の5月の日差しの下でも明るく元気に張り切って説明をしてくれる新聞部員に引き連れられた野郎どもの後ろの二人の小さい方こと、玄葉カケルがひょろりん眼鏡の肘を小突いて。


「……なあアラタ、浅川っていつもあんな感じなのか?」

「? ん? そうだな、まあ、大体はああいうテンションだな」


 指で眼鏡を上げた新太は、『……何か気になるのか?』と隣のカケルに視線を投げる。するとカケルは『いや、別に』と一端肩をすくめてみせてから。


「……なんつうか、ちょっとうさんくせぇんだよな。なぁんか嘘っぽいっつうか――」

「……そうか?」


 疑い深いカケルの視線のさきで、新聞部員は一年と少し同じ教室ですごした新太にとってはお馴染みの芝居がかった動きで男どもを振り返り。


「そもそもの始まりは、二十年くらい前なんだ。当時の美術部の部誌に、とある書き込みがあったらしいんだよ――『あの絵には秘密が隠されてる』ってね」


「ふうん。あの絵、ねえ」

「ふっふっふ、その通りだよ、安楽くん」


 得意げに人差し指を振る彼女は、数十年前の改装までは本校舎だったものの現在では理科系と芸術系の講義室が集まっている理科棟の階段を上りながら。


「それが一体どの絵のことだか分からなかったみたいなんだけど、だからこそずっと噂になってたんだよね。で、今度美術部で保管してる卒業生の作品をまとめて展示会をすることになったらしくてさ」


 とんっと軽く飛び上がるような浅川かなめの足音が旧校舎三回の廊下に響いて。


「そして、ついに見つかったのだよ。とある絵の裏側に『秘密の暗号』がかかれているのがね」


 くるりと振り向いた女子の視線の先では、きつい上り階段に今にも息絶えそうな安楽良と、『死ぬな、良! もうすぐだぞ!』と叫びつつ彼に肩を貸す玄葉カケルと、それらを無視してスタスタと上ってくる屋形新太の姿があって。


「なるほど、それがさっき見せられた文字列――ということか」


「うん、そういう事。で、探偵愛好会がその暗号を解く。すると長年の謎が解けて現役もOBも盛り上がる。私がそれを記事にして、ウェブ白書の閲覧&再生数が大幅アップ! ………というわけなんだよね。協力してもらえるかな?」


 悪びれたように舌先を見せた彼女に、新太は少し笑いながら。


「ああ。友好的な協力とまではいかないだろうが、奴らはそもそも興味がなければ話を聞くことすら無かっただろうしな」


 旧校舎の古い階段に座り込んだ仲間の頬を叩き『おい、良! 寝るな! 痩せろ!こんなとこで太ったら死ぬぞ!』と遭難ごっこを楽しんでいる二人に苦笑いを浮かべた新太の横で、浅川かなめはクスクスと笑ってくれていた。

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やがてそれは秘められた。 ~雑ヶ谷高校探偵愛好会~ たけむらちひろ @cosmic-ojisan

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