あなたの強さを他の人と語りたいだけなんです

佐藤アキ

ただ、あなたの強さを他の人と語りたいだけなんです

 騎士団長である父の遣いで鍛練場に出向いたら、騎士団の方々の雑談が聞こえてきました。どうやら、私が今度婚約する方のことのようです。


 私、シェリー ガルバライズは、騎士団長の父と、騎士団に所属する兄二人をもつ侯爵家の娘です。

 母譲りの黒目黒髪、容姿は整った方かと思いますが、他のご令嬢方がお美しいので、相対的に平凡。勉学もどちらかといえば上位ですが、侯爵家の娘なら及第点といえるくらい。

 表だって自慢できるような点は特にない、それが私。

 そんな侯爵家の娘として普通な私に父が選んだのは騎士団の第一部隊長。


 第一部隊長は公爵家のご嫡男で、騎士としても貴族令息としても素晴らしい方です。

 ですが、この婚約は私の望んだものではないので、是非とも断りたい。


 そう思っていた私にとって非常に興味深い内容に、思わず足を止めてしまいます。


「うちの部隊長、毎月15の日に恋人に花を用意しているんだとか」

「お相手は誰なんだ?」


 15の日にお花なんて、私いただいたことがないわね。ということは、お花を送っているお相手は私ではない、と。これは吉報だわ。


 かたまって話しているのは稽古中の騎士団員。

 訓練着の袖に刺繍してある獅子の紋は第一部隊の隊紋。



 第一部隊長は稽古中の私語を良しとするような方じゃありませんよ? 見つかったらどうするつもりかしら。


 でも気になるので、声はかけずに鍛練場の外から少し様子を見ることにしましょう。


「お相手はわからんけど、うちの部隊長なら相手が王女様だっておかしくないよな」

「うんうん。なんたって国内に留まらず、国外にも名声を博すシールッド公爵家嫡男 御年20歳」

「そして、夜会では令嬢が群がる金髪碧眼の美丈夫」

「剣術は国で五本の指に入る腕前」

「さらに、五ヶ国語を操り勉学にもスキなし」


 そうそう、だから第一王女様もシールッド様に思いを寄せているともっぱらの噂なのよ。というか、夜会での様子を見るに、本当のことなのよね。先日も、群がっていた令嬢たちを『私もお話ししたいのだけれど?』の、一言で蹴散らしていらしたわ。

 第一王女様は銀髪青眼でお二人並ぶととてもお似合いなのよね。私の黒髪と黒目は地味すぎて、シールッド様の隣に立ったら……。うーん、不釣り合いね。


 だからこそ、私は婚約を断りたい!! 王女様の思い人と婚約だなんて面倒でしかないわ!! なんでお父様はそんな婚約を取り付けたのよ!!


 あ、いけないわ。騎士団の方の話、話っと。


「なのに驕らない」

「そして、稽古では鬼」


 そうそう、本当に性格も良くて仕事熱心な方。

 素敵で憧れはしますね。

 ですが、憧れと現実の結婚相手は別物です。ああいう方は、遠くから鑑賞するのが楽しいのです。


「騎士団に密かにファンクラブが結成されている」


「なんですって?」


 そうそう、と頷きながら聞いていた私も思わず声を出してしまいました。


「団長のお嬢様!!」

「フ、ファンクラブ? 騎士団でファンクラブ……」

「あのー? シェリー嬢」

「なんてこと……」

「シェリー嬢!!」

「私もそのファンクラブに入りたいです!!」

「却下です」


 ずいぶんあっさりキッパリと断られました。でもここで退くわけにはいきません。


「何故ですか」

「シールッド部隊長の強さと剣技の素晴らしさを称え語らう場ですので、剣を握らないお嬢様はお引き取りください」

「まあ、私だって剣術を見る目はあります。私はーー」


 ーー騎士団長、デイビッド ガルバライズ侯爵の娘として生を受け17年。毎日毎日、父や兄たちの暑苦しい稽古を見て、時には巻き添えをくらい成長したのです。その辺の令嬢と一緒にしないでいただきたいです!!


「父や兄たちのようなごっつゴツのゴリラ筋肉マッチョが豪快な剣を振るう姿より、シールッド様のような流れる剣が好きなのです!!」


「ゴ、ゴリラ?」


 い、いけないわ、つい本音が……


「……こほん。まいにち、いえで、けいこをみていたので、けんじゅつはくわしいんです」

「……シェリー嬢がシールッド部隊長の良さを少しは理解されているのは分かりました」

「まあ、では私もファンクラブにーー」

「ですが! ファンクラブでは、シールッド部隊長の剣術を身に付けるという騎士として崇高な目的もありますので、やはり、剣を握らないお嬢様はお引き取りください」

「……なら、私か剣を持てばよいのかしら?」

「持って扱えなければ意味ありませんよ? 細腕のーー」


 べし


「な……、手袋……?」

「決闘よ! 私が勝ったらファンクラブに入れなさい!! 剣を貸して!!」

「シェリー嬢!?」

「おやめください! 団長のお嬢様にお怪我などさせたら我々命がありません!!」

「あら、あなたたち父を甘く見すぎよ。剣の稽古で私が怪我をしようと顔に傷がつこうと、父が相手を責めるはずないわ」


 父は子供たちを溺愛しているけれど、剣となれば話しは別。


「ですが……」

「私から申し込んだのだから例え私が殺されたってーー」

「いや、それは流石に大問題です!!」

「問題ないわ。あなたたち、私が誰の娘だと思っているの。ガルバライズ騎士団長の娘よ? その辺の貴族令嬢と一緒にしないで!!」

「いや、しかし……」

「大体、『剣を持って戦うなら何時如何なる時でも命を懸ける覚悟をしろ』というのが父の教えのはずよ。 騎士団員がなに腑抜けたことを言っているの!!」

「懸けるような案件ではありません!!」

「なら入れなさいよファンクラブに!!」

「だめーー」


「や か ま し い」


「!!シールッド部隊長……!!」


 まさかのご本人登場だわ。

 五文字で場のテンションが氷点下。

 流石は訓練の鬼と評判のシールッド様。人なのに、頭からなにか出てる気がするわ、ツノかしら? 


「……ご機嫌よう、シールッド様」

「シェリー嬢、団長から書類を預かってきてくださったのでは?」

「……そうでしたね」


 侍女のシシリスから書類を受け取りシールッド様に渡すと、パラパラとめくり最後の一枚を読んだところで「なるほど、ありがとうございます」と、満面の笑み。


 というか、今まで存在感を消し去っていた私の侍女シシリス、優秀すぎると思いません?


 さて、シールッド様はさっきの鬼の顔が嘘のようね。金髪碧眼の美丈夫は今日も健在だわ。この細身の体で剣が強いのだから羨ましいわね。


 そんなシールッド様は部下を見据えて再び鬼。


 あのツノ、どこからはえるのかしら、幻覚? 魔法? 私が手袋を投げつけた騎士団の方が子犬のようだわ。


「で、君がシェリー嬢と決闘するのかい?」

「まさか!!」

「では、君の足元に落ちている手袋は?」

「私が投げたのです。その方に」

「いいえ!! 自分は受け取っておりません!!」

「なら、これは私がもらおうか」


 そう仰って、シールッド様は地面に落ちたままの私の手袋を拾いました。私が身につけていたのは黒地にレースがつけられた地味なもの。なのに、シールッド様が持つと輝いて見えます。不思議だわ。


「部隊長ーー!?」

「シールッド様は女性の手袋を集める趣味をお持ちなのかしら?」

「はは、面白い発想ですね。ですが、私は女性の身に付けていた装飾品を集める趣味は持ち合わせておりません。決闘は私が相手になりますよ」


 な ん で すっ て ?


 私はこの人の剣を鑑賞していたいのであって、実際に手合わせしたい訳じゃないのよ!


「そう嫌な顔をなさらないでください。ファンクラブに入りたいとか仰っていたじゃないですか」

「そ、それとこれとでは話が違います」

「シェリー嬢に剣を!!」

「話し聞いてください!!」


 その私の声など虚しく、騎士団のお一人が私に剣を差し出しました。あら、あなたさっき私が手袋を投げつけた方じゃないの!! なんだか『助かった!!』みたいな顔してる!!


 剣を受け取らずにその方を睨んでいたら、背後から笑いを含んだ声が聞こえます。


「是非一度手合わせしたいと思っていたのです。常々『自分より強い人でなければ結婚しない』と、仰っていると団長から聞きましたよ」

「……だからなんでしょう?」

「一度手合わせをお願い致します」


 そう仰って、シールッド様は私の素手の方の手を取りました。素早く引っ込めたつもりだったのに……


「私はーー」

「知っていますよ。団長が兄君たちの稽古のついでに貴女も鍛えたらーー」


 そこで言うのをやめて手のひらを反されました。そして笑顔。


「ち、父が私も鍛えたら、何ですか」

「剣術の才能は団長が舌を巻くほどで、兄君たちですら未だに勝てないと」

「それは、父から嘘を吹き込まれたんですね」

「嘘ではないでしょう。この手の剣だこはちょっと剣をかじったくらいではできませんよ」


 手を引っ込めようにもガッチリ掴まれてびくともしません。


「それに、『自分より強い人でなければ結婚しない』など、自分に自信がなければ言えません」

「そ、それは……」

「それに、ご自分から吹っ掛けた決闘を反古なさるのですか? ガルバライズ騎士団長の娘ともあろう貴女が」

「そこを突きますか……。いいでしよう、受けてたちます。その剣貸してください!!」


 結果はーー


「勝者 シールッド!!」

「僕の、勝ちです、よ」

「……ぜぇぜぇ。分かって、ま、す!!」


 私は壁を背に、そして正面にはシールッド様が至近距離にいますが、全然嬉しくありません。

 外野の騎士団員たちがざわざわと……五月蝿い!!


「う、嘘だろ……」

「20分戦い続けて」

「部隊長の息があがってて」

「部隊長の顔に傷が!!」

「てか、シェリー嬢あの服と靴でよく動けるな……」


 私は傷はつかなかったけど、最後壁に追い詰められて剣を首にあてられたので負けたのです。裾がこんなにヒラヒラした服じゃなければきっと勝てたわ!!


 お互い剣を納めて佇まいを直していると、嬉々とした声でシールッド公子様が話しかけてきます。


「ではシェリー嬢」

「なんです」

「今度の婚約、快諾して頂けますよね?」

「……い」

「嫌とは言わせません」

「第一王女様の思い人と婚約だなんて面倒すぎて嫌です!!」


 言っちゃったわ。でも、だって本当だもの!!


「第一王女様? あはは!! それはないです。第一王女様がお好きなのは私の弟です」

「弟、さま?」

「弟は社交の場にあまり顔を出さないので、代わりに私に良く話しかけているだけです。専ら話題は弟についてですよ」


 そして、こそっと耳打ちされました。


 ーーそのふたりの婚約、決まったんですよ。


「そ、そうなんですか。でも、シールッド様は私ではなくて他の方がお好きなのでしょう?」

「私が好きなのはシェリー嬢、貴女です。その盛大な勘違いは一体どこからきたんです?」

「だ、だだだって、15の日にお花を送っているお相手がいるのでしょう」

「ああ、それは団長ですね」


 ピシッ


「……つ、つまり、シールッド様は父が好きーー」

「気持ち悪いこと仰らないでください。貴女が私に興味を示さないので先に団長を説得していたんです。私は、シェリー嬢に渡してくださいと花を団長に渡していたんですよ。団長が『私を通せ!!』と五月蝿かったから」

「でも、私、花なんて貰っていませんよ」


 すると、『こほん』と、シシリスが話しに入ってきました。


「失礼ながら……、お嬢様がお好きな花が屋敷中に飾られる日が定期的にあったと思いませんか?」

「ええ、それはよく覚えているわ。季節ごとに好きな花が見られて嬉しかったもの」

「その花は、毎月15の日に、旦那様がお持ち帰りになっていましたよ」

「そうだったの?」

「酷いな団長。黙っているだなんて……」


 今度は盛大なため息。


「まあ、言われるがまま団長を通していた私の落ち度ですね」

「シールッド様は本当に私がお好きなのですか? 今まで形式的なご挨拶しかしたことありませんよ」

「仕方ありません。8歳のときにまだ5歳の貴女に完敗してから、貴女より強くなったと確信できるまで話さないと決めたのです」

「ご、5歳?」


 そんな小さい頃に会っていたかしら? もしそうだとしたら忘れているなんて、失礼な話よね……。でも、だめだわ、思い出せない!


「先々代の騎士団長だった祖父に現騎士団長が就任の挨拶に来たとき、貴女たちご兄弟も一緒で……。まあ、簡単に言えば、祖父の思い付きで私とシェリー嬢が手合わせすることになり、当時5歳の貴女に速攻でやられた挙げ句、その場で出た婚約話で『弱い人は嫌だ』とバッサリ言われました」

「全然覚えていません……」

「まあ、5歳ですからね。それに言った方は忘れますよ」

「申し訳ありません」


 頭を下げようとした私を、シールッド様が手で制しました。


「良いんです。惨敗だったのでむしろ思い出さないでください。まあ、そんなわけで最初は強くなって貴女を見返そうと思いましたが……」

「が?」

「その後、騎士団長に剣をご指導していただくようになったんです。それで侯爵家にうかがうことが増えたのですが、その度に剣を振るっているシェリー嬢を目にしてましたよ」

「お、お恥ずかしい」

「いいえ、剣を振るう姿は素敵でしたよ。そんな姿をみているうちに好きになってしまいまして、婚約を申し込もうとしたんです。ですが、団長が……『娘は、自分の言ったことは曲げんから、正面からぶつかった方がいい』と仰いまして。先ほどほら」


 書類の最後に紛れていたのは、お父様からの私的な手紙でした。


『決闘を許可する』


「お父様は何故私ではなくてシールッド様の味方をするの……」

「そうでもありませんよ。最初は『娘はやらん』の一点張りでした。でもどうやらシェリー嬢が私のことを好いているとお知りになったようで、そこから方針転換したようです」


 なにその寝耳に水な話は!!


「私はシールッド様の剣は好きですが、特に恋愛感情はないのですが……。一体誰父は何故そんなことを思ったのかしら」

「私です。私が旦那様に進言いたしました」

「シシリス!?」

「シールッド公爵家ご嫡男の剣を好いておられてお人柄もお嫌いでないなら、結婚相手としてこれほど素晴らしい方はおりません」

「だからって何を勝手に……、しかも事実と違うことを言ったの!?」

「主人の幸せな結婚を取り計らうもの侍女の努めです」

「あのねぇ……。っと、どうなさいました、シールッド様」


 急に覇気がなくなったわ。


「……いえ、シェリー嬢は私が好きではないということですか?」

「そうですね」

「でも嫌いではない」

「まあ、そうですね」

「ちなみに、他に好きな人は?」

「いませんよ」


 あ、笑顔が復活したわ。


「ならよかった。どのみち婚約はしますからね。好きになっていただくのはゆっくりで構いません」

「……ご自分に自信がおありですね」

「そりゃそうです。ご自分の剣に絶対の自信がある貴女に勝つために今まで頑張ってきましたから」

「はあ…」

「さて、婚約を快諾していただけなかったので……、先ほどの手合わせで私が勝ったことに対してなにか対価がほしいところですね」

「え。婚約はするのでしょう?」

「それは勝っても負けてもですよ。すでに細かく取り決めがなされてますから私たちの一存でなくなったりしませんよ」

「じゃあなんでこんな決闘したんですか!!」

「どうしましょうかね」

「ちょっと!!」


 うーん、と腕を組ながら考え始めたシールッド様。私の呼び掛けには応えてくれません。


「あの!! 話を聞いてください、シールッド様!!」

「……それです」

「は?」

「その『シールッド様』をやめてください。私の名は『クリストフ』ですよ」

「え、あの」

「……」

「シールッド様?」

「……」

「……クリストフ様」


 名前で呼ばないと返事をしないとか、子供か!! と、思いましたが、名前を呼んだときの満面の笑みが少し可愛く思えたので、一緒になるのも良いかな、とちょっとだけ思います。


 ちなみに、ファンクラブはクリストフ様の鶴の一声で解散になったそうです。


 残念。

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