第2話:夢枕

 気がつくと、僕は息を吸うことさえも忘れるほどの深い暗闇に包まれていた。体を動かそうとするが、まるで鉛を身に纏ったように、身体が重苦しく感じられる。


(これは、夢か。)


 何となく直感は告げている。これが現実ではなく、あたかも夢か幻想の織りなす一片であることを。


(……?)


 ふと、自分の前に何かの気配を感じる。自分の体でさえはっきりと見えないほどの暗闇の中目を凝らすと、そこには黒く漂う影が居た。その影はすうっ……とこちらに静かに接近し、あっという間に僕は影と対面していた。影は僕の身長とほぼ同じで、その姿は僕自身を映す鏡のようにも見える。まるで自分を冷静に観察しているかのようだった。影の中にははっきりとした目が存在するわけではないが、何か目に似たモノが僕をじっと見つめているような感覚にかられてしまった。そしてそんな僕達は、互いに動かず、ただただ立ち尽くしていた。


 どれくらい見つめ合っただろうか。時間の感覚を失ったまま、目の前の影と対峙する僕。視線は影の輪郭をなぞり続けていた。その影に対する恐怖は徐々に高まっていく。


(しまった、これは心霊的な何かか……!でも、体が全然動かない、逃げられない!)


黒鴉くろがらす 風人かざとくん……、だよね?聞こえてる、かな?」

「!?」


 突然、影からの呼びかけに、僕は驚きと共に体がびくっと勝手に反応してしまった。どうやら声の主は影のようだ。それの声は、見た目によらずか細く、温かさがあり、何故だか心の奥底に触れる何かがあった。


「え、ええ……、僕が風人ですが、何故僕の名前を知っているのですか?もしかして前にどこかでお会いしたことが……?」


 僕がそう答えると、影は静かにぶるぶると震え始めた。目の前の異様な光景に、何か間違ったことを言ってしまったのではないかと僕は不安を覚えた。


「あ、失礼しま――

「本当にありがとう、呼びかけに応答してくれて。ずっと風人に会いたかったんだ。」

「ずっと?」

「そう、もう何年も風人と交信を試みていたんだ。ずっと失敗していたんだけど、今回はやっと成功したみたいだね。元気そうで嬉しいよ。そんなに固くならないで。敬語も要らないよ。」


 影の声はお世辞などではなく、偽りない喜びに溢れていた。話しぶりからすると影は僕のことを知っているようだが、僕はそうではない。僕は混乱しながらも情報を整理しようと聞き返す。


「そう、です……いや、そうか。僕に何か用だろうか?そして君は……?」

「うーん。……正体については今はまだ明かせないんだ。お知らせとお願いがあって交信を試みていたんだよね。」


 影はしばらく考え込んだ後、言葉を選びながらそう答えた。


 様々な考えが頭を渦巻く。僕は特に輝かしい功績があるわけでもないただの平凡な学生だ。自分が他人に何かを与えられるほどの存在だとは思えない。しかし、この影は何故、そんな僕に助けを求めるのだろう?或いは人間違いだろうか?


「風人がもし自分が無力だと感じているなら、それは違う。にとっては、風人だけが最後の頼りなんだ。そして風人の力はこの世界をも救うことにもなると思う。」

「我々……?それにこの世界とは……?」

「ごめん、急に色々なことを言って。風人が困惑するのももっともだ。」


 影は慌てて謝罪の言葉を口にする。


「でも、風人の才能と知識を必要としているのは本当だ。この交信ももうあまり時間がない。何とかして協力してもらえないかい?」


 僕は混乱が収まりつつあり、影の頼みごとに耳を傾けた。僕は言葉に詰まったが、心の奥底で少しずつ影に興味を寄せていく自分に気付く。


「とりあえず分かった。具体的に、僕はどんな形で協力すれば良い?僕にとってのメリット、デメリットは?」

「風人の思うままにしてくれたらいい、そこにきっと答えがあるのだから。君を縛るものは無いよ。君は自由だ。それがメリットであり、デメリットでもあるかもしれないけれど。」


 その曖昧な返答に僕は戸惑ったが、と同時に『自由』という響きに心惹かれた。もしかすると、何の変哲もない平凡な日常の中で、僕自身の本能がそれを求めていたのかもしれない。


「……正直言って君を完全に信用したわけじゃない。それでも、もし君達、或いは君が救われるというのなら、僕は協力する。僕にとっても悪くない話じゃなさそうだしね。」


 僕がそのように答えると、影はまるで微笑むかのようにふにゃふにゃと形を変えた。


「ありがとう、――い――ん――

「ちょっと待って、今何て言っ……うわっ!」


 影は僕の決意に満足したのか、何かを言い残すと、僕が聞き返す間もなくふっと消えてしまった。そして、闇が僕を飲み込んでいき、僕の意識は再び深淵に引きずり込まれていった。

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遠き星の魔法使い @kagetsuki_novel

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