後編 あなたに尽くします

「……メイドですか」

 セチアさんは少し驚いたように言った。

「はい、メイドです」

「しかし、なぜ急にそんなことを?」

 そこで私はセチアさんに私の家の事情を話した。すると、セチアさんは神妙な面持ちで語り始めた。

「なるほど……。確かにそれは家に帰るべきではありませんね……」

 どうやら納得はしてくれたようだ。

「どこか親戚のお家で信頼できる場所などはないのですか?」

「ないです」

「警察は?」

「言っても信じてくれませんでした」

 セチアさんの質問に正直に答えていく。その度に、セチアさんは顔をしかめる。

「……しょうがないですね」

 ついに、セチアさんはため息をつき、折れた。

「あくまでも保護という形でこの家で匿ましょう」

「あ、ありがとうございます!」



 そういえば、私はあることをすっかり忘れていた。少女の名前を聞いていない。

「よく考えたら、私はあなたの名前を知りませんでしたね。メイドとしてここにいる以上、名前を教えてもらわなければなりません」

 すると、少女は明るく答えた。

「はい、鈴将りんしょう アレア、14歳、中学二年生です!」

「なるほど……」

 気づいていなかったが、まさか中学生とは……。何だか急に家に入れたのが心配になってきた。

「では、アレア。今日はもう遅いから寝るのです」

 が、雇うと言ってしまったものはしょうがない。とりあえずは様子見だ。

「わかりました!」

 すると、アレアはテクテクとソファに歩いて行き、ポテっと寝転ぶと、あっという間に寝てしまった。

「なんという入眠速度……」

 さて、これからの生活はどう変わるのやら……。



「おはようございます」

 チュンチュンとスズメの鳴き声がする朝。今までと違い、キッチンにはエプロン姿のアレアがいる。どうやら、そこら辺に落ちていたものを拝借したらしい。

「こちら、朝ごはんです」

 そうして、出てきたのは、目玉焼きにトースト、サラダといった一般家庭の朝ごはん。

「……豪華ですね」

 しかし、私はこれすら満足に作れず、朝はいつもトースト一枚だった。

「では、いただきます」

 手を合わせて、トーストを食べる。

「ム……」

 食べてみて気づく。焼き方が違う。いつも私はトーストをトースターに入れて、焼いて、食べる。それだけだった。しかし、このトーストはそれとは比べ物にならないほど柔らかい。

「……美味しいですね」

「ありがとうございます!」

 アレアも嬉しそうだ。

「お料理、上手なんですね」

 失礼かもしれないが、正直あんなにボロボロで転がっていた少女がここまで料理上手だとは思っていなかった。

「はい、家では誰も作ってくれなかったので。作って、出して、皿を洗って……は私の仕事なので」

 なるほど。思ったより切実な理由だったようだ。



「……ごちそうさまでした」

 空っぽになった皿を前にして、手を合わせる。すると、その空の皿をサッと持っていき、アレアはあっという間に洗ってしまった。

「アレアは朝ごはんは食べないのですか?」

「いえ、この後食べます」

 そう言いながら、アレアはある風呂敷を私に渡した。

「……これは?」

「お弁当ですよ?」

 お弁当箱だなんて、あっただろうか……?

「戸棚の奥に入ってました。せっかくなので、作ってみました。いらなかったら、捨ててくれていいです」

 そう言われたが、捨てるはずがない。なんせ私は基本的に昼はコンビニ弁当。昔からもっとちゃんとしたものが食べたかったのだ。

「いえ、ちゃんと食べますよ」

 そう言いながら、私の胸ほどの位置にあるアレアの頭をポンポンと撫でる。

「……えへへ」

 すると、アレアは少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「では、行ってきます」

「はい、いってらっしゃいませ」

 そうして、今日も今日とて会社へと向かうのだった。



「ふ〜、秘書。昼飯の時間だな」

「ええ」

 昼休み。社長室で私と社長はご飯を食べる。そこで私はバックから弁当箱を取り出した。

「お、珍しいな」

 いつもコンビニ弁当を持っている私を知っている社長は、不思議そうに私を見た。

「ええ、ちょっと……」

 風呂敷を開けると、中からは新品同様の弁当箱が出てきた。

(本当に使っていなかったんですね……)

 そんなことを思いながら、パカリと蓋を開けた。

「「……え?」」

 すると、中から出てきたのは、桜でんぶで作られた大きなハートのマーク、そして星型の人参やら、唐揚げ。極め付けはタコさんウインナーだった。

「おいおいおい! 秘書もついにパートナーに弁当作ってもらうようになったのか〜?」

 ニヤニヤしながら、社長が私の肩をバシバシと叩いた。

「そんなわけないでしょう」

 味は美味しい。味は美味しいのだが、いかんせん恥ずかしい。

「……ごちそうさまでした」

「ちゃんとパートナーにありがとうっていうんだぞ!」

「セクハラで訴えますよ」

 その日は一日、社長がニヤニヤしていた。



 (家に帰ったら、ちゃんと弁当のことを聞こう)

 そんなことを思いながら、家の前に立つ。

「ただいま……」

 入ってみて驚く。部屋がありえないほどに綺麗になっている! 床にゴミはなく、机の上にはバラの花瓶まで置いてある。

「あ、おかえりなさいませ! ご主人様」

 驚いていると、アレアがパタパタと小走りでやってきた。

「これは……」

「はい、片付けを頑張りました!」

 頑張った……というか頑張りすぎだ。こんなに綺麗になるとは思わなかった。

「セチア様、大丈夫ですか?」

「……ええ、大丈夫ですよ」

 心配そうなアレアの方を見た。その時には、すっかり弁当のことなど忘れてしまっていた。

「あの、セチア様。ご飯にしますか? それとも、お風呂にしますか?」

 ここでご定番の質問が来た。

「ご飯にしましょう」

「はい、了解しました!」



 その日、綺麗になった食卓にはカレーが並んだ。聞くと、レトルトがあったらしい。

「レトルトでもちゃんと美味しかったですね……」

 私は改めて、自分が家のことを何もやっていないことを実感した。

(もっときちんと管理しなければ……)

 そんなことを考えながら、風呂に入っているとガチャリと風呂のドアが開いた。

「お背中お流しします!」

 見れば、アレアは手にタオルを持っている。そんなアレアに急かされて、私は風呂の椅子に座った。

「……では、いきますよ」

 アレアがゴシゴシと背中を洗う。そんなアレアの手はまだまだ非力でどれだけ力を入れても痛くはない。

「……洗い終わりました!」

 フ〜と息を吐き、アレアは仕事をやりきった。

「では、私はこれで……」

 そう言って、アレアは風呂を出ようとした。

「アレア、待ちなさい」

 それを私は止めた。

「……なんですか?」

「アレア、メイドとして体を清潔に保つべきです。このまま風呂に入って行きなさい」

 よく考えれば、アレアは雨ざらしで昨日から風呂に入っていない。であれば、風呂に入るべきだろう。

「……わかりました」

 なぜか顔を赤らめたまま、アレアは私に体重をかけるような形で風呂に入った。

「頭、洗いますよ」

「……はい」

 結局、小動物のようになってしまったアレアの頭を私が洗い、2人で風呂から出たのだった。



「ベッドメイクまで……」

 パジャマに着替え、ベッドに行くと、ベットが綺麗に作られていた。

(まるで本当にメイドさんのよう……)

 そんなことを考えながら、寝ようとすると、パジャマ代わりに私のスーツの上側をダボダボのまま着たアレアがやってきた。

「あの……その……」

 しかし、今まで違い、なぜかもじもじしている。

「どうしたのですか?」

「あの……セチア様は最近寝苦しくありませんか?」

 思い返せば、最近睡眠が浅い。そのせいで少しクマがある。

「ええ。ですが、それがどうかしましたか?」

 すると、アレアは腕を広げ、目を逸らし、顔を赤らめ、こう言った。

「……抱き枕、要りませんか?」

 私はアレアを布団に入れた。



「あったかい……」

 暗い部屋。私の腕の中で、アレアはそう呟いた。そんなアレアを見て、一つ聞きたいことを思いつく。

「……気になっていたのですが、なぜ私なんかのメイドに?」

 見ず知らずの私なんかのメイドになろうだなんて、どうして思ったのだろうか。これが気になっていた。

「……アレア様は、私のことを拾ってくださいました」

 顔を下げて、アレアは答え始めた。

「私はずっと、あの家が嫌いでした。何をしてもちゃんと聞いてくれなくて、何をしても暴力を振るわれる。でも、アレア様は違います。こうして、ギュッと抱きしめてくれる」

 そして、アレアは顔を上げて、こう言った。



「そんな温かいアレア様が、私は大好きになったのです。話を聞いてくれる、褒めてくれる、そんなアレア様の近くにずっと居たいと思ったのです」



 そして、アレアは顔を私の胸に埋めた。

「だから、これからもずっとあなたに尽くします」

 そんな返答を聞き、私はなぜか、安心した。こんな私のことを、表情が変わらない私のことを好いてくれる人がいる。そう思うと、どこか救われたような気がした。

「ええ、お願いします」

 私は眠りについた。

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拝啓 みなさま、この度わたくしごとではございますが、自宅でJCメイドを住まわせることになりました。 壱六 @16-009GT

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