17:私の祖先
仕方なく荷物を持って暫く歩くと、少し離れたところの喫茶店で、ケラヴノスは足を止めた。
テラス席に腰掛け、常連だと言う風に気軽にお茶と軽食を注文する。
「……以上を三人分頼むぞ」
「はい。雷龍様」
そんな彼にウェイトレスがニコニコと返答し去っていくと、ケラヴノスはやっと私達に目を向けた。
どこか気まずそうに細めた目で私を見て、困ったように眉尻を下げる。
しばらく観察しただろう彼は、やがてヴィクトールを顎で指した。
「まずアレクサンドロフ公に聞く。そいつは何だ?」
「ジュリア。ウチのメイドですね」
「なんでだ??」
「海釣りをしていたら拾いまして。それで雇っております」
「いや、なんでギネビアにおるのかという話なんだが」
「……オリオン王国から追い出されたらしいです」
ヴィクトールは何度もこちらに目配せして、私のことを紹介する。
彼自身、ケラヴノスが何故私のことを知っている素振りなのか気になっているようだが……私にもそれはわからないので黙っていると、急に話を振られた。
「ううん? 追い出されたのか? オリオンの守護龍なのに?」
「……守護龍?」
知っている素振り、ではなく本当に良く知っているようだ。
しかし、私には全く心当たりのない言葉ばかりで、何の答えも返すことが出来ない。
首をひねって過去を思い出しても、やはり何も分からなかった。
「本当に何も知らんようじゃなぁ。ってことは、貴様はエッケザックスのようでエッケザックスではない……と」
いつの間にか用意されたパンを頬張り、ケラヴノスは行儀悪く指を舐める。
しばらく考えていた彼の前で、私とヴィクトールは顔を見合わせた。
「ジュリア、雷龍様の言うことに心当たりはないのかい?」
「えぇまぁ……エッケザックスというのは……」
「君の家名だろ?」
「えーと……それだけではないのですが」
彼には当然、聖剣エッケザックスのことを話した記憶はない。
ただなんというか、教えたくないなぁと目をそらすと、もぐもぐとパンを齧って考え事をしていた男が口を開いた。
「ああ、ジュリアとやら、お前の左腕にいるのか。見せてみぃ」
「……どうぞ」
「なるほど、この紋章が我が弟か。そうか、人と混ざったんじゃな」
彼はうんうんと頷いて、私の左腕を撫でる。
龍を殺せと叫ぶ紋章は淡く輝く魔力を放ち……少しして、安らかに眠るように静かになった。
対する男はその輝きに目を細め、穏やかな微笑みを浮かべる。
「人間の女を愛した龍、それがお主の先祖だよ。少し話してやろう」
「……龍が、先祖?」
「まず数百年前、このギネビアに移住しに来た人間と直接話をしたのが我が弟、エッケザックスじゃ。儂は奴にボコボコにされたから、仕方なく住むことを許可したに過ぎん」
その微笑みから出てきた言葉に、耳を疑った。
先祖が龍だなんて全く理解できないことだと困惑する私に、彼はなんともマイペースにのんびりと昔話をする。
「ただその時暮らすには人が多すぎたんでの。奴は人間を半分引き連れ、今で言うオリオンに渡った。彼の地には別の龍が住んでいたから、弟はそれを殺してオリオンを築き上げ、人間の王を頂き、自らは守護龍と名乗った……というところでな」
「……それで、私の先祖に」
「うむ。当時の王女に恋したらしくての。人間に化ける魔法を開発し、結婚したと手紙が届いたのだよ」
一匹の龍が人間に絆され愛した女を妻として、エッケザックスという家を建てた。
聞いたこともないオリオン王国の建国神話と私の家の話は、とてもじゃないが現実とは思えなかった。
ただ永遠を生きるケラヴノスは懐かしそうに語り、私はそれが恐らく真実の歴史だろうことに納得していた。
「しかしまぁ……なんとも不可思議な魔法を使う龍であったが……龍の血を人の子に継がせるなど、一体どうやったんだか……愛の力ってやつかしらん?」
相槌くらいしか打てず、静かに話を聞いていた。
私の左腕の紋章は龍の力そのもので、これを継いだ私は……なんて、自分の力の全てに納得がいった瞬間、私の口が勝手に開いた。
婚約者に裏切られ全てを奪われた元勇者ですが、異国の公爵様のメイドになったので今度は公爵様を救います 雪原てんこ @Yukihara-Tenko
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