16:龍と人間

「……雷龍ケラヴノス……」


「……ん? その懐かしい気配……エッケザックスか!?」


 名前を呼びあった瞬間、男は私に飛びかかり抱きついた。

 敵意や悪意など一切感じず、熱烈な親愛の情にミシミシと骨が鳴り……久しぶりの物理的な苦痛が、私に痛みを与えるほどの強大な怪物だと告げている。

 ただまぁ引き剥がせないほどではないので、とりあえず突き飛ばす。

 尻もちをついた彼は、子供のように頬を膨らませて怒り、私を指さした。


「何をする!? 久々に会ったというのに!!」


「……貴方は、本当に龍ですか?」


「貴様もだろう?」


 確かに直感は当たっていたようだし、単純に私に痛みを与えるほどの筋力も溢れ出る魔力も、私が戦った邪龍よりよっぽど恐ろしい。

 しかしなんというか、これが現実だとは思えなかった。

 ……忌まわしい男アルベルの書いた”人間に化けた龍”という創作が現実を見抜いていたことに、納得できなかっただけかもしれないけれど。


「……ジュリア。雷龍様を起こして差し上げて」


「あ、はい」


 ふとヴィクトールが私の肩を叩く。

 彼に促されるまま彼を引き起こし、周りを見渡してみれば、祭を楽しむ王都の人々が次々と走り寄ってきた。


「あ、雷龍様~。今年もお元気そうで~」


「雷龍様!! これ、海外の本なんですけどどうぞ!!」


「新作のお菓子です、どうぞ食べて下さい!!」


 雷龍様と呼ばれ、彼を慕う民が次々と貢物を備えていく。

 なんともまぁかつての故郷とは大違いの光景を、私は呆然と見つめていた。


「ほんほん。人間は本当に可愛らしいものじゃのう……」


 雷龍様を取り囲んでいた民衆が離れ、両手にお菓子や本を抱えた彼が嬉しそうに笑う。

 私が戦った邪龍も人間に化けたら、こんなにもやわらかく笑うのだろうか?

 そんな事を考えていると彼は土産物を袋に詰めて、私に投げつけた。


「ほれ、エッケザックス。荷物を持て」


「え……」


「兄の言うことが聞けんのか。大体男のくせに女の格好などしおってからに」


「あ、あの」


 そして、ケラヴノスは偉そうに命令してくる。

 だいぶ機嫌が良くなったのか先程の殺気は全く感じず、良くわからないが当然のように兄だと言い放ち……私のことを男だと思っているようだが、それもいまいち良くわからない。

 彼の話についていけなかった私は、助けが欲しくてヴィクトールの方を見た。


(ジュリア、とりあえず話を合わせてあげて)


(……分かりました)


 すると彼も良く分かっていないようで、コソコソと耳打ちしてきた。

 なにか手がかりになるかもしれないと左腕の聖剣を見てみたが、相変わらずそこの龍を殺せと唸っているだけだった。





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