15:雷龍様まつり

「うっぷ。王宮は何でもかんでも大量に出してくるのがねぇ……残りは全部食べていいよ」


「ありがとうございます」


 あまりに多い茶菓子が食べきれないと、ヴィクトールが皿を滑らせてきた。

 喜んで頂き食べ終わった頃、彼がふぅと手を叩き、懐から手帳を取り出した。


「さて予定の確認だが、国王陛下との謁見は明日の昼。大晩餐会はその夜。それまでは自由時間だからここでゆっくりしてもいいし、お祭に繰り出しても良い。どっちにしようか」


「私が決めて良いのですか?」


「もちろん。でもまぁ、祭に行くのがおすすめかな」


 レイラならどう言うんだろう? と考えて、ふと気づく。

 全身から遊びに行きたいというわくわくした気配を醸し出す彼は、明らかにそわそわと私の目を見た。

 もしかして……危ないから遊びに行ってはいけないと、毎年言われていたのかもしれない。


「……祭に行きましょうか?」


「あはは、なんだかそう言わせたみたいで悪いねぇ」


「レイラなら、ヴィクトール様をここから出さないと思うので」


「過保護なんだよねぇ……」


 祭りに来る大勢の人間を警戒するというのは、レイラでは難しいだろう。

 しかし私は単純な暴力に強いのだから、王宮にいて毒や罠に気を張るよりは楽だ。

 そう考えて祭りに行こうと言うと、ヴィクトールは嬉しそうに目を細めた。


「よし行こうじゃあないか。『祭を見に行きたいから、変装でもしようか?』」


 そして盗聴具の入った箱を開け、わざとらしく喋る。

 すると当然のようにノックの音がして、今度は上品な壮年の執事が入ってきた。


「失礼致します、公爵閣下。国王陛下から祭の案内をするようにと」


「えーと、できればお忍びで、庶民として行きたいんだけど……ダメかな?」


「もちろん、お望みでしたら」


 彼はヴィクトールの質問に穏やかに笑い、用意していた鞄から服を取り出す。

 ああ、毎年同じ事を言う貴族がいるのだろうなぁ。

 そんな事を考えつつ私達はサラッと着替え、お祭りに繰り出した。


――


 昼を迎えた城下町では、いよいよ雷龍様祭が始まっていた。

 雷龍ケラヴノスという偉大な神を崇め、人間たちが神の楽しむ娯楽を捧げる。

 ギネビアに暮らす民の義務である最大の祭で人がごった返し、そこら中で歌や踊りの喧騒が広がり、酒や食べ物の匂いが立ち込める。


「わぁ……!」


「君もそんな純粋な顔するんだねぇ」


「……からかわないで下さい」


「素直な感想だよ。素のほうが綺麗だし」


 楽しそうだなぁ。と心が盛り上がっていると、ヴィクトールがクスクスと笑った。

 ついでのようになんだかクサい言葉をかけてきたので……ちょっと嬉しくて、言葉を返せずにいた。


「よし、腹ごなしに歩こうか。護衛は頼むよー」


「……はい」


 すると彼は私の手を取って、うきうきとした足取りで歩き出す。

 一応私も探知の魔法を張り巡らせ悪意や敵意を探しているのだが、今のところは見当たらない。

 しばらくは楽しめそうだと安心したのだが、歩いていくに連れて、探知魔法では何の力も感じないのに左腕がうずいた。


「……ヴィクトール様」


「え? 敵? 随分早いじゃん」


「いや……これは……龍がいます?」


「龍? 雷龍様かな?」


「わ、分からないのですが……なんと説明したら良いか……」


 ヴィクトールはそんなに気にしていないようだが、龍を相手にしてきた私には、こんな平和で楽しげな祭の中に龍の気配があることが信じられなかった。

 左腕の聖剣が自分を抜けと、龍を殺せと僅かに光り、頭の中に語りかけてくる。

 だから気配を探って辺りを見回すと……氷菓子の屋台の前に、立派なひげを蓄えた凛々しい壮年の男が立っている。


「去年あったイチゴ氷が無いぞ!? あれ美味しかったというのに!!」


「雷龍様……申し訳有りません。今年はイチゴ畑が魔獣にやられまして」


「んなああああああ!! ワシがちゃんと見てなかったからか……ぐぬぬ……ではミカン氷を寄越せ」


「どうぞ……あ、美味しかったらいつもの宣伝お願いします」


「無論!! お主の氷菓子は毎年楽しみにしておるぞ!!」


「あはは、いつもありがとうございます。ご贔屓に」


 私と同じ真っ白な白髪の男が、立派な体躯や風格に似つかわしくなくコロコロと表情を変え、屋台の主人と話していた。

 聖剣はあの男が龍だと、あれを殺せと叫んでいるのだが……一体どういうことなのか?

 ヴィクトールに向かって首を傾げると、彼は男を見て目を丸くしていた。


「おぉ。久しぶりに見た」


「あの方は……?」


「ああ、”雷龍様”だよ。見つけられるとは運がいいねぇ」


「え、普通に街を歩いているのですか?」


「ん? そうだよ?」


 当然のように、その辺に龍がいることを受け入れている。

 それが私にとっては本当に理解できない現象で、混乱していたのだろう。

 美味しそうにミカン氷をしゃくしゃくと頬張る男がいつの間にか目の前にいたことに、全く気づかなかった。


「おい、そこの」


「……!?」


 僅かに敵意を感じてとっさにヴィクトールを背中に隠し、左の手のひらに右手を当てる。

 問答無用で戦いになるだろうと直感し、先制攻撃を叩き込んでやろうかと考えていると、男からビリビリと痺れるような魔力が溢れた。

 そして……彼は思い切り牙を剥いて指を突き出し、思い切り不機嫌な声で言う。


「貴様、龍か。儂の縄張りに何の用だ?」

 

 男の周りに漂う魔力がバチバチと紫電を放つ様に、私はこれが雷龍ケラヴノスだと理解したのだ。





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