14:国王陛下のおもてなし

 真夏の王都は爽やかな風が吹き抜け、漆喰しっくいに塗られた白壁の建物たちが鮮やかな朝日を照り返す。

 美しい都だなと感嘆してしばらく、権威を表すように天高く築かれた白亜の城、ギネビア王城の正門へ足を踏み入れた。


「じゃあジュリア以外の皆は休暇。三日後の朝に戻ってくるように。遅れたら置いていくからそのつもりで」


 此処から先に行く客人は、いくら大貴族だろうと一人の召使いしか連れることが出来ない。

 だからヴィクトールは遠出に付き合う大勢の召使いや護衛兵たちに滞在中の休暇と小遣いを与え、私だけが彼の荷物を持ってついていく。

 彼のために手配された豪華な客室に通された所で、二人で顔を見合わせていた。


「オリオン王城より……むぐっ?」


「しーっ!!」


 風呂にお手洗いに寝室が二つずつ、リビングもちょっとしたパーティーが出来そうな広さだし、簡単な料理を用意できそうな台所まで付いている。

 最上位の客をもてなす為の素晴らしい部屋だと、オリオン王城にあるどの部屋より立派じゃないかと素直に褒めようとした時、ヴィクトールが私の口を塞いだ。

 そしてテーブルのペンと紙を取って、筆談を始めた。


”宝探しをしよう”


「?」


”盗聴用の魔導具が隠されてる”


”探知の魔法は得意です”


 私がいつも油断している、と言った時のレイラの真剣な顔がよぎる。

 そうか、こういうこともあるのだなと気を引き締めて、目を瞑った。

 精神を研ぎ澄ませて魔力の流れだけを感知し、微弱な魔導具の気配に意識を傾ける。


「……え?」


 一部屋に数個ずつ、出るわ出るわと流石に驚いた。

 隠すのも相当な手間だっただろうなと思いつつ、仕方なく虱潰しに当たっていくことにする。


”見つけたら、このトランクに入れて。壊さないように”


 私が探知の魔法を使っている間にメモを残していたヴィクトールは、既に数個の小さな金属の小箱を見つけていた。本当に慣れたものなんだろう。

 しばらく黙々と探してなんとか見つけきり、彼が持ってきたミスリル銀のトランクに詰め込む。

 魔力を遮断してしまえば良いのは確かだが……私が閉じ込められた牢獄に似ているな……と微妙に嫌な気分になってしまった。


「いやぁ、今年は早かったね。去年より少なかった」


「毎年これを?」


「一応アレクサンドロフ公爵に対する持て成しみたいなもんだから、仕方ないんだよ。例えば、水が出ないとかボヤけばすぐに修理工がメンテナンスをしに飛んでくる。小腹が空いたと言えば、茶菓子を持ったメイドが駆けつけてくれる。素晴らしいことだ」


 一瞬皮肉をそのまま受け止めて、便利だなと思った警戒心のない自分が、正直に恥ずかしい。

 要はこの部屋での会話は何もかも筒抜けであり、足音や物音で行動も全て読まれているのだ。

 それがヴィクトールにとってどれほど危険なことかは、考えるまでもなかった。


「これがもてなしとは……少し、やり過ぎでは」


「少なくとも王宮の来客担当官『は』おもてなしのつもりで設置してるよ。問題は、一緒に聞いてる人間に悪い奴がいることだね」


 軽くフォローを入れる彼も、困ったように笑う。

 善意で来る者の中に悪人が紛れ込んでいる事ほど、厄介なものはない。

 だから文句を言うのは止めて荷ほどきをしつつ、なんとなく聞いた。


「そういえば、どうやって気付いたんですか? かなり巧妙に隠されていましたが」


「三年前、公爵を継承して始めての夏に、寝込みを襲われた。レイラがいなきゃ死んでたね」


 すると彼の表情が一気に暗くなり、ソファにどさっと腰掛けた。

 当時のことを思い出したのか、だらしなく背をもたれかけ顔を覆う。


「二年前はこの部屋に客人を呼んだんだが、交渉の内容が全て漏れていた。その時に気付いたんだねぇ。担当官を詰問したら、正直に全部喋ってくれたよ」


「……」


「二度とやるなと言ったのだが……向こうも仕事だから……ってことで、要望があればこのトランクを開けて喋ってあげてくれ」


 詰問というのは、恐らくレイラがやったのだろう。

 痛めつけたわけじゃないと良いのだが、ヴィクトールのために命を顧みずに暴れられる彼女が何をしたのか、というのは考えたくなかった。

 だから愛想笑いで返すと彼はトランクを軽く叩き、私の要望を聞いた。

 この話を聞かされて何か頼めと言われても……なんて首を横に振ると、彼が口を開く。


「じゃあ僕から……ジュリア、疲れたし甘いものが食べたくないかい?」


「え? はい……頂け――」


 ――るのでしたら。そう言い切る前に、客室のドアが叩かれた。


「早いだろ?」


「……どうぞ」


 クスクスと笑うヴィクトールはさておき、ドアを開ける。

 するとそこには、ワゴンを押すメイドの姿があった。

 私と同じような制服の彼女は見事に私を無視し、彼の前に歩いていく。


「失礼いたします。公爵閣下、お着き菓子をお持ちいたしました」


 上品な王宮仕えのメイドは洗練された仕草で、かちゃかちゃと食器を並べていく。

 更に保温用の魔法が掛けられたカゴから可愛らしい色とりどりの菓子がどんどん出てきた。

 メイドとして、完全に負けた。なんて事を思って私が勝手に敗北していると、最後に熱いお茶を注いで……ちゃんとしたお茶会のテーブルが完成していた。


「うちのメイドの分も頼む。同じものをね」


「……承知致しました。すぐにお持ち致します」


 普段ヴィクトールが食べているおやつの五倍位の量があるのだが、これで一人分なのか。

 確か、客には食べきれない程度の量を出すのが作法だと考える地方もあると聞いたが、ギネビア王家がまさにそれなのだろう。

 素直に感心していると、メイドが私の方をちらっと見て……納得したように小さく頷いた。


「あ、あの?」


 なんだろう? と浮かんだ疑問が解決するまで、僅かな時間もいらなかった。

 もう一度戻ってきたメイドが私のぶんのお菓子を並べ終わり出ていくと、同じものをと頼んだのにピンク色の液体が入った小瓶が置かれていたからだ。

 

「……愛人だと思われてませんか?」


「若くて美人なメイドを連れてりゃそうなるよ。僕は良いんだけど」


「……」


 蓋を取って少し嗅いだが、媚薬だ。

 ”そういう効果”のある薬草を強い酒に漬けたもので、お茶に混ぜればまぁ……うん……。

 ろくに経験もしたことがないのに耳年増な事は分かっているのだが、分かっているけれど。

 余計なお世話だろと、自然に顔をしかめていた。


「そんな顔をしなくても……良くないかい?」


「……この小瓶、ヴィクトール様が飲んでみますか?」


「悪かった!! 僕が悪かったから!!」


 どうせ私にはこんな薬は効かないのだけれど……ちょっと興味はある。

 彼を若干脅して使わないと言わせて、こっそりポケットにしまい込んだ。






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