第12話

 俺たちが圧縮重油を補給している間、野犬共は例の「人喰い杭打機」の準備を進めていた。白蜘蛛が遠くから大量にやって来る。


「この数……荒野中の蜘蛛を集めてるな」

「ヤバいな……」


 俺と司令官が話しているうちに野犬たちの準備が終わったようで、無線が入って来た。


『お前ら、聞こえてるか?』

「ああ、聞こえてる。君たちの覚悟は忘れない」


『そりゃあ、よかった。広場当たりに俺らの名前を彫ってくれ』

「そんなのお安い御用よ。」


『ありがとうよ。おい!「運び屋」聞こえてるか?』

「ああ聞こえてるよ」


『俺達、最後の仕事だ。一つだけ頼み事がある。黒髪、いやメイサを幸せにしてやってくれ』


「言われるまでもねぇよ。必ず約束は守る」


『そうか。頼んだぞ。俺らの分まで生きてくれ。メイサ、良く聞いておけ』

「何! この屑野郎、最後まで格好つけようとして!」


 泣きながらメイサが反応する。


『逃げる事を恐れるな。後悔する事を恐れろ。俺たち「不良傭兵」共の鉄則だ』

「……わかった、ちゃんと逃げるわよ」


『じゃあ、最後に花火でも打ち上げるか。あばよ、地獄で待ってるぜ』


 彼は無線機を切った。俺たちが感傷に浸る時間は無い。車内には俺と司令官とメイサが乗って全員シートベルトを着用している。


 リンがくれた水晶クリスタルは現代のエネルギー革命をもたらした物だ。無害で無限のエネルギーを放出する核融合炉のコアになる素材。出力は石の体積に依存する。彼女は最初から死ぬ気だったのだ。この大きさなら小型の宇宙船の機関部に使える程だ。十分すぎる贈り物だ。


「メイサ、俺とお前の出会いは偶然じゃなかったと思う。きっと運命だったんだ」

「私は神は信じていないけど……私もそう思う」


「……これからも宜しくな」

「よろしくね。ザック」


 俺は、ハードワイヤードから戦車パンツァーの機関部に命令を与える。舌がひんやりして、あらゆる情報が流れ込む。冴えたオレンジの錠剤が脳の状態を極限状態にまで引き上げてくれる。


『エンジン点火開始!』


 心臓部が動き出すと同時に、凄まじい振動が伝わる。車体が僅かに浮き上がる。トルクが徐々に回転を上げていく。


『相棒、これ本当に大丈夫か?』

「ああ、計算上な。戦車コイツのエンジンの仕組みは、粗方脳みそに刻まれている」


 車体の側面の緊急避難用の双子の噴射機関ジェットが蒼炎を産み出す。車内が暗く赤い非常灯に照らされる。エンジン回転数が臨界点を超え、戦車のエンジンがうなりを上げる。鼓膜が破れそうな爆音だ。


「さあ、行こう。この糞ったれな街からしようぜ」


 電波塔が爆破され、パラボラアンテナが吹き飛ぶ。荒野に核爆弾が落とされたようなキノコ雲が浮かぶ。戦車は高度を上げ、圧倒的な速度で空を駆け抜ける。俺は意識を集中させながら機体を制御しようとする。


 限界に近づくと、視界が急速に狭まっていく。まるで世界が赤く染まり、外界からの情報が次第に遮断されていくかのようだ。体には圧迫感が広がり、鮮明な視覚が次第に失われる。まるで眼球が圧迫され、視野が狭くなっていく感覚が漂う。頭部には激しい頭痛が走り、視界がよりぼやけていく。二人の肌は青白く、汗が額に滲み出る。


 体内の酸素供給が減少し、頭が重くなる。意識は限界に達し、ついにレッドアウトの状態に陥る。一瞬、意識が遮断され、まるで宇宙の闇に飲まれてしまうかのような感覚が広がる。すぐさま、機関部の回転を減速させた。俺達は荒野に落ちてゆく──


「……お前ら、大丈夫か」

「生きてるわ…、ギリギリね」

「死んだかと思ったわ」


 衝撃と共に地面に落下した俺は、彼女たちの無事を確認して意識を失った。


 車の傍の乾燥した赤い土。そこには渋い緑のサボテンが自生していた。鋭い棘のある稜の先には、冴えた紫の一輪の花が見事に咲いていた。

 

 冷房の効いていない灼熱の戦車の運転席で、俺の腕に巻かれた鈴がチリンと鳴った。




 「Wilderness Hard Wired」完。


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【中編】Wilderness Hard Wired ウミウシは良いぞ @elysia

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