第15話 最強の吸血鬼

「あら、威力は負けるわね」


荒野の中、極光の一撃が血の刃を正面から叩き潰す。


「くっそ、ズルすぎるって!」

「残念、これであなたの警戒すべき魔法は無くなったわね。戦法は悪くなかったけれど、あなたの速度じゃ、放つまでに全部分かるわ」


 そう言うと、イテラは大鎌を振るい、大地を裂く。


 エラと共に風の刃を飛ばした遠距離攻撃、当然天裁ほどの威力は無いが、それが今の簪では受け止められないのは、直後に眼前に迫った彼女の大鎌から分かった。


「っぶねぇー!ちっ、『惑え』!」

「良いわね。でも、第一位階程度なら」

「天槍」


 グラついたイテラは大地を踏みしめると、刹那横から放たれた神速の一撃を後方に跳んで躱し、再び大地を裂き、受け止めたルクスの身体を後方へ吹き飛ばす。


 今のは彼女の誘い、とはいえ空中に跳んだ今ならと、簪は彼女の身体へ大剣を振り下ろす。


 だが、刹那に視界を覆った蝙蝠の大軍と背後から聞こえた彼女の声に、思わず簪は武器を落としていた。


「やっぱり相手にならないじゃん……」

「そんな事ないわ。でも、久々に少しお腹が空いちゃった。だから、頂くわね?」

「……ええ、痛くしないでよ」

「ふふ、寧ろ気持ち良いわよ♡」


 イテラは嬉しそうに笑うと、瞳を深紅に染める。


 吸血鬼は種族特性として、戦闘中に消費したエラを生物からの吸血行為によって補給することが出来る。

 彼女曰く吸血行為はされている側にも一定の快感が伴うので痛みはないらしいが、それはそうとして身体に牙を突き立てられるのは怖い。


「ふふ、そんな緊張しないで。心配しなくても本当に痛くないわ」

「イテラ姉、あんまりにくっつかれると襲っちゃいそう」

「ふふ、私を組み伏せるくらいの力が有るなら良いわよ」


 イテラはそう言うと、僅かに簪の身体に密着し、その首筋に二筋の牙を突き立てる。


 ぴりぴりと首筋に軽く走る電気のような快感に、時折皮膚をなぞる舌先。


 端的に言えば、エロい。


「ぷはっ、やっぱり血を飲むと調子が良いわ。ごちそうさま」

「イテラ姉、やっぱり襲っていい?」

「ふふ、気持ちよかったでしょう?でも……」


 もうお終い、イテラの言葉に簪は背後からこちらを除く視線に気づく。

 吹き飛ばされたルクスがこちらへ向かってきていた。


「お邪魔でしたか?」

「おかえり、ルクスちゃん。力加減間違えちゃって、ごめんなさい」

「大丈夫です……でも、やっぱり強いです」

「これで全盛期の半分らしいよ。やばくね」


 簪の言葉に、イテラはくすくすと笑う。


 とはいえ実際、彼女の力は日に日に弱くなっているのは、誰よりも彼女の試合映像を見ていた簪には分かる。


「なるほど、お互いにタッチしてエラを流せば記憶秩序同士で刻印しているのを交換できるかも、と。簪にしてはよく考えたわね」

「そゆこと、隙を作る事も出来なかったけどね」


『ルクス、試してみたいことが有る。隙を見て竜化して飛んできてくれ』

『……!はい、行きます』


「なるほど。悪くは無いけれど、やっぱり攻撃の手が少ないわね。でも、簪の手は試しておいて損は無いと思うわ。簪、手を出して」

「いや、俺とルクスでやれば良くない?」

「良いから、エラ流すわよ?」

「はいよ、了解」


 イテラの号令に、簪もイテラの手を握り返し、遅れないようにエラを流す。

 その時間は僅かに数秒程度、やがて今朝と同じような感覚を感じた簪はこちらを見る視線に頷くと、自身の身体にエラを流す。

 瞳の色の変化は分からない、だが「解放、血種」という言葉と共にどこかムズムズした口元は、確かに吸血鬼に変化した証だった。


「血、吸ってみる?」

「吸おうとしら、俺に幻術かけるでしょ?」

「ふふ、バレたわね」


 イテラはそう言うと、簪の顔の前に手を翳す。


 視界がグラついたのはその直後、そして、彼女の首元から流れている一筋の血が見えたのも。


「良いわよ?」


 かかった髪を、扇情的な仕草でかき上げるイテラ。

 ゴクリと鳴ってしまった喉は、きっと簪のものだ。


「……ん、どう?不思議な感覚でしょう」

「……やばいなコレ、何かめっちゃ高いジュース飲んでる感じ」


 簪はそう言うと、首筋に刺していた牙を抜く。


 名残惜しく感じてしまうのは、それだけ簪が吸血鬼になりきれている証なのか。


「イテラ姉、良くこの衝動我慢できるね」

「ふふ、徐々に慣れて来るわ。とはいえ、そろそろ戻すわよ。私も幻術秩序使えることが分かったし」

「幻術秩序、使ってた?」

「使ってたわよ。例えば――――――」


 そう言うと、イテラは首元に着いた簪の嚙み跡に手を軽く当てる。

 彼女の綺麗な肌から傷が消えていることに気づいたのは、それから直ぐだった。


「……やっぱり幻術かけたんじゃん」

「ふふ、違うわ。傷を消しただけよ。とはいっても、そろそろ治っている頃だけれど」


 イテラが再び手を翳すと、さっきよりも小さくなった嚙み跡が簪の視界に入って来る。


 未だ簪についている二筋の傷と違った超人的な回復はエラの吸収量の違いか。


 だが、幻術秩序はこんな使い方も出来るのか。


「交換、出来るんですね」

「ええ。記憶秩序、意外に使えるわね。今は念のため時間をかけたけれど、意思疎通さえ取れれば戦闘中、一瞬で交換して不意を突けるわ」

「でも、その為には色んな秩序の奴をやんなきゃ、だろ。面白えな!」

「くす、そうね」


 イテラは簪へ手を差し出し、再び秩序を刻印し直す。


 ついでに傷へ手を翳してみると、嚙み跡の片方が消えた。


 貸し出した本人の方がセンスが無いかもしれない、萎えた。


「でも、何だかんだ意外と良い時間になったな」

「そうね、一日かけてあなた達のランキングは下がったけれど」

「……そりゃあね、50%持ってかれたし」


 結局、さっきの試合はあのまま二人の敗北で幕を閉じた。

 簪の順位は3500から3900万位に、ルクスの順位も3800から4100万位に。


「俺達のポイント合わせても、イテラ姉ほとんど順位上がらなかったのになぁ」

「まあ、正直500万位くらいまでは皆似たり寄ったりな順位だから。そこまではいわば予選のチュートリアルみたいなものよ」


 イテラの現在順位は約80万位、既に本戦への出場可能順位を超えており、後は最悪でもその順位を守り続ければ。


「先は長いですね」

「まだ今回の新世界大戦は始まったばかりだもの。それに――――――」


 順位は守り切るのも大変、そう言おうとしたイテラだったが、その瞬間、彼女は何かの気配を感じたのか臨戦態勢に入っていた。


「イテラ姉?」

「二人共、私の後ろに下がって。出てきなさい!」


 イテラが声を上げる。


 彼女にしては珍しく切迫した声音は、それだけ危険度の高い何かが現れたのだろう。

 人工生物の変異種か、或いはそれらを討伐する探索者か。


「くはっ、まさかこの俺がバレるとはな」

「出てきなさいって言ったのが聞こえなかったかしら?次は交戦の意思有りとみなすわ。そこの


 イテラの言葉にローブを被った男が僅かに眉を顰めた。


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