第14話 戦闘開始

「いや、だからってさぁ、新しい秩序覚えたてでもう第二種は早いと思うわけよ」

「階層主に勝てたならいけるわよ、言っておくけど、今日の相手も最終的には階層主よ?」

「ひえ、スパルタ……」


 更に一時間後、階層世界、第二層緋界殿。


「さあ、行きましょう!」

「いや、めっちゃやる気じゃんか。まあ、とは言っても俺も早く幻術秩序試したいんだけど。よし、行くか!」


 簪とルクスの言葉に、イテラが竜へと変化し、二人はいつものようにその背中に乗る。


 緋界殿は階層内の三分の二が赤く燃えた空と高温のエリアで構成されている。

 簪が最初に追いかけられていた猪が居たのはその三分の一、このエリアは翡翠殿とのいわば中継エリアと呼ばれ、これから進むのはその先だ。


「おっ、空赤くなってきな。竜種じゃ無くなったし、冷気魔術かけておくか」

『切らさないように気を付けて。今から向かう場所は60度くらいよ』

「うへぇ、戦う前に死にそう」


 階層世界は二層以降各層毎に、それぞれの特性を持っている。

 緋界殿は熱、環境変化に強い竜種の二人は問題ないが人間の、それもエラの吸収量の少ない簪は基礎的な冷気魔術で身体を覆っておかなければ。


『ほら、見えて来たわよ。悪魔型の人工生物、あそこの二体が今回の討伐目標よ』

「あの下に見える奴か!しゃ、行こうぜ。イテラ姉は、今日も別の依頼行くの?」

『いいえ、念のため貴方達の戦いを見ておくわ』


 この間、第二種の猪に追いかけまわされていた身内がいたから。


 イテラの言葉に、簪がそう言えばと笑うと、同時に下から飛んできた一つの土の槍が、彼女の翼を掠める。


「えっ、なんかもう攻撃してきてない?」

「もう一撃来ます!イテラさ――――――」


「二人共、おっさきぃいーーーーっ!」


 そう言うと、簪はイテラの翼から飛び降りた。


「簪さん⁉」

「あの子、新しい秩序手に入れて調子乗ってるわね。ルクスちゃん、援護してあげて。多分負けないけれど、あの子調子乗る癖が有るから」

「はい」


 イテラの言葉に、継いでルクスがその背中から飛び降りる。


 竜種秩序やエラで強化された身体は、たかが百メートル程度からの着地は問題ない。


 とはいえ、空中では魔法を交わす術がないはずだが。


「かん……ざし、さんっ!」

「心配すんなって、イテラ姉から援護頼まれたんだろ?何も考えてきてねぇわけ……」


 そう言うと、簪は背中に持つ大剣を抜く。


 位置は人工生物の真上、しかしそれは同時に相手からも狙いやすい位置であるわけで。


――――――!


「さあ、実戦と行こうぜ!『惑え!』」


 簪の言葉に、悪魔が魔法陣から何本もの土槍を放つ。


 さっきより多い数は、簪がこの悪魔にとって脅威である証。


 だが、それらの攻撃は一つたりとも二人の元へ飛んでくることは無かった。


「……‼それが!」

「はっ、すげえっしょ!んでもってこれが――――――っ!」


 勢いのまま、簪が大剣を振り下ろす。


 しかし安直な軌道は切り殺されることを予期したのか、悪魔は咄嗟に腕を前へ出して大剣を受け止めると、返す腕でその身体を貫く。


 揺らめく気配と、遅れて身体を両断する一撃に気づかずに。


――――――‼


「よーし、基礎技術だけど大成功っと!これで後一体だな!どうする、俺が――――――‼」


 やっちゃって良いか、その言葉が発せられるよりも先に、同じく落下していたルクスは一つの中サイズの銃を出現させていた。


「おおっ、アサルトライフル!格好良い、けど……」


 ルクスの作り出した銃は、一秒間に三十発前後を発射できる機械秩序の代表的な武器。


 直後、空に響く無数の炸裂音と降り注いだ弾幕は悪魔の身体を数発貫き、簪の足元ギリギリに一つの弾痕を残す。


 当然だが、倒せてはいない。


「上手く狙えません」

「銃は反動キツイから直ぐに使うのはキツいだろ。他のは⁉」

「機械、えーっと……!」


 もたつくルクスが着地する。


 彼女が今現状で作り出せるのは、帰り際ヴィリアスに教えてもらった3種類の武器。


 拳銃とアサルトライフル、そして。


――――――‼


「ルクス、土槍来るぞ!」

「あ、そう言えば聞いてきたのが有ります!これで――――――‼」


 ルクスは右の手を胸の前に翳すと、飛んでくる土槍を腕で止め、吹き飛ばされる。

 竜の鱗でダメージは無いのだろうが、衝撃までは防ぎきれなかったのだろう。

 加勢した方が良いかと簪は大剣を構えたが、その時、ルクスの手元に一つの巨大な筒が生成されたのを見て、思わず踏みとどまる。


 銃ではない珍しい形状、あれは。


「おっ、早速ロケラン」

「できました!これ、でっ!」


 瞬間、強烈な爆風と共に、その華奢な風貌に似つかわしくない巨大な砲弾が発射される。


 流石にこれは悪魔も元々受けきれないと分かったのだろう、簪の時は使われなかった背中の羽を羽ばたかせると、地面を蹴って後方に飛び上がり、再び魔法陣を出現させる。


 ロケットランチャーの欠点は恐らく弾速、やはり、援護した方が良いか。


「大丈夫です。これヴィリアスさんいわく追尾型らしいので」


 最も、直後に軌道を変えた砲弾が悪魔を巻き込んで大爆発を起こした以上、要らない心配だったのかもしれないが。


「簪さん、いえい」

「……‼ははっ、流石」


 地面に尻餅をついたルクスが立ち上がる。

 立てられた二つの指はここまで読んでいたのか、否、知っていたら初めから使えば良い訳で。


「意外に苦戦しなかったわね、私の予想だと簪は幻術秩序を使いこなせなくて負けると思っていたんだけど」

「残念、俺の成長速度はイテラ姉の最高速度より早いんだよ。ルクス、ナイス撃破!」

「はい、簪さんも!」


 交わされた二人の手が、乾いた音を鳴らす。

 今なら階層主も倒せそうな気がするのは、身体の内から上がって来る高揚感のせいか。


「どうする、イテラ姉?エラ余ってるし、今なら俺達階層主も行けそう!」

「私も、行きたいです!」

「くす、良い意気込みだわ。けれどそうね、残念だけど私達の討伐対象だった階層主はついさっき討伐報告が入ったわ」


 最も、討伐対象が居なければどうしようもないが。


「……マジ?」

「マジよマジ、大マジ。しかもあれがラスト一体だったから、少なくとも10日後の変異期までは雑魚を狩るしかないわね」


 どの辺りの場所で、或いはどの個体が階層主へ変異するかは、その時になるまで誰も分からない。

 一方で、階層主は毎月確実に10体の補給が行われるので、討伐が進まないと階層世界での探索者達の危険にも繋がり、今回のように討伐依頼も行われる。


「ちなみに、討伐したのは?」

「ん、カメラを見た限りだけれど一人だから結構な強さね。探索者協会から頼まれた探索者か……でも、どこかで見た事有る気がするのよねぇ」

「イテラ姉なら、一人で勝てる?」

「勝てるわ。でも、そもそも低層の階層主を一人で狩るのなんてポイント的にも非効率だから報酬でも貰わない限り先ずやらないわ」


 階層主を一人で倒せるのならば、その適性は少なくとも3階層以上上。

 わざわざ数に限りのある階層主を討伐せずとも、上層の一般個体を倒していた方が余程儲かるし、楽でもある。


「ちぇー、まあでも討伐されたならしゃーないし、適当に雑魚でも狩るか」

「イテラさんと、戦ったりは出来ませんか?」

「ふふ、私と?別に良いけれど、ポイントは稼げないわよ?」


 その時、ルクスから発せられた思わぬ申し出に、イテラが笑う。


「ルクス、マジ?イテラ姉は階層主より強いよ?」

「はい、でも私は一度勝ってます」

「いや、それは秩序を書き換える前の不意打ちじゃん⁉流石に今の俺達じゃ――――――」


 イテラはこの層の階層主よりも更に、それも比較にならない程強い。

 最近弱くなったとは言っているがそれは片方の秩序を失っただけあり、エラを吸収続けたその身体能力や技術は未だ超一線級、はっきり言って今の二人に勝ち目など。


(……あー、でももしかしたら?)


「簪、あなたも戦いたい?私は別に構わないけれど……」

「……んー、なら折角だしやろうぜ!賭け金はポイント半分で!」

「良いわよ、どうせ負けないから。それなら、もうこの場で始めましょうか。ルクスちゃんも直ぐにいけそう?」

「勿論です!」


 ルクスは興奮半分に頷くと、背中に背負った長槍を構える。


 イテラの所有しているポイントは隠れて見て事が有るが、既に軽く十万位を割っている。

 彼女からしたらあれでも相当少ない方ではあるだろうが、もしその半分でも手に入れば、二人は早くも本戦へ大きく近づく。


 最も、その程度のポイントを手に入れるためならば、人工生物を狩っていた方が余程マシでかもしれないが。


「ふふ、良いわね。それじゃあ、行くわよ。『決闘申請、イテラ・メル=オーリア』」

「同じく『決闘申請、簪・レゼナ・ヴァ―リ』!」

「叫べばいいんですか?」

「ええ、真似してみて」

「『決闘申請、ルクス・レゼナ・ベルンハイム』!」

『決闘申請を受理しました。参加者3名、決闘方式は?』

「私と他二人のチーム戦、移動ポイントは50%」

『設定されました。それでは現時点より、イテラ・メル=オーリアVS簪・レゼナ・ヴァ―リ、ルクス・レゼナ・ベルンハイムによる決闘を始めます。敗北条件はどちらかの降参、追加条件が無ければ戦闘を始めて下さい』

「しゃ、もう良いか?」

「ええ、久し振りに遊んであげるわ」


 簪の言葉に、イテラが背中から大鎌を取り出す。

 攻めてくる様子が無いのは、あくまで余裕の表れだろう。


 とはいっても、普通に攻めたのでは当然勝ち目はない。


「ルクス――――――」

「……‼はい、行きます!」


 そして、戦闘が始まった。


「『生成』」

「あら、先ずはルクスちゃんかしら。言っておくけれど、私に銃なんて聞くとは思わないでね?」

「試してみないと、分からないですっ!」


 ルクスは手元にさっきまでと同じアサルトライフルを取り出すと、無数の銃弾がイテラの元へ降り注ぎ、その鱗に弾かれる。

 当然だが、傷の一つもない。

 眼にでも偶然当たれば、なんて甘い考えは、恐らく彼女に対して無駄な思考だ。


「ろけっと!」

「だから無駄だって……!」


 一つの砲弾がイテラを捉え、その左手に受け止められる。


 だが、ここまでは予定通り。

 砲弾の爆発にイテラの姿が一瞬隠れ、同時に簪は剣を振り下ろす。

 一撃必殺、異装の攻撃を煙に紛れて放つためだ。


「天裁」

「血命断」


 最も、彼女は一面を覆う煙でさえも、障害にしないようだが。

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