第13話 千夜工房《サウザンドランド》
「あっ、師匠じゃんお久ー!」
その時、話している三人の後方から、一人の大柄な男が歩いて来る。
やたらとテンションの高い語調に青色の髪、法衣のような服と背中に背負われた巨大な銃。
「あれ、集合場所って千夜工房のいつもん所じゃ?」
「うむ、その予定だったのだが急遽同盟長から使いを頼まれてな。丁度帰る所だったのだが……おや、今日は見ない顔が居るようだな!」
「初めまして、ルクス・レゼナ・ベルンハイムと言います。簪さんの妹です」
「あ、その設定……ではないんだっけ?まだ続いてたんだ」
「ふむふむ、ルクスか!良い名前だ!我はヴィリアス・ミルデ=タリア・レグリード、血竜姫の永遠のライバル【
ヴィリアスはそう言うと、ルクスへと手を差し出す。
彼は千夜工房の鍛冶長、実質的なナンバー3であるのと同時に魔術秩序と機械秩序を合わせた魔技秩序を扱う最上位探索者。
【湖氷銃座】という二つ名は、今背負っているものと同じ銃を持った彼が新世界大戦における予選で、半径数十キロは有る湖を丸ごと凍らせた出来事から命名されたものだ。
「17戦17勝だから、厳密にはライバルでは無いけれどね」
「俺も。師匠とは呼んでるけど、厳密には魔術秩序について教えてもらっただけだから弟子かと言われるとちょっと」
「はははっ、照れるな照れるな二人共!褒めても良質な素材くらいしか出ないぞ!それで、今日は久しぶりに呼び出されたかと思ったら突然どうしたんだ?」
ヴィリアスの言葉に、簪はイテラと視線を合わせる。
さっきと同じ説明で良いか、一瞬迷ったためだ。
「……あー、別に大した用事じゃないんだけどさ。実は横に居るルクスが秩序を新しく刻みたいらしくて、俺達じゃ見せてあげられるのも少なかったから、どうせなら大きい同盟に行けば色んな秩序の人が居るだろうと思って」
「ふむ、そういう用事か!ならば、一先ず歩きながらでも話そうか。魔術秩序は弟子から聞いているだろうし……うむ、ならば機械秩序からだな。ルクス君は……見た所竜種秩序か!戦闘スタイルは教えて貰う事は可能か?」
「はい!」
ルクスが頷くと、ヴィリアスは「よし!」と言って、三人はそのまま道を反転してヴィリアスと共に歩いていく。
「なるほど、竜種秩序と合わせる多層刻印か。使う武器は槍、なんともアンバランスだな!」
「そうなんですか?」
「勿論だ。槍は基本的に近接戦闘でリーチを得るためのもの。ただしその構造上武器同士の打ち合いは余りしない。だからこそ合うのは五感の向上が見込める妖精秩序や、常に距離を保ちやすい天使秩序だな。だが竜種は真正面から破砕する、いわば大剣や斧などに向いた秩序だ。とはいえ、異装次第な所も有るが」
槍で竜種を使う場合、貫いた時の一撃には目を見張るものがあるが、一方で速度は落ちるため刺突による速度の理を活かせず、両方が中途半端になりかねない。
「イテラ姉、やっぱ俺竜種で良かったんじゃない?」
「異装次第って言ってるでしょ。あなたの場合はあの異装での一発逆転も狙うんだから必要ないわ」
「なるほど」
小声で呟かれたイテラの言葉に、簪が頷く。
ヴィリアスに聞こえないようにしたのは、簪は彼と会った時、記憶秩序を刻み続けている理由を話したからだ。
『コチラ、セカイジュエレベータ。ナンカイニ、イカレマスカ?』
「48階だ、千夜工房本部に頼む。」
『カシコ、マリマシタ』
ヴィリアスの言葉に、木の根元、四人の乗った半透明の床が高速で上がって行く。
世界樹は全長一万メートル超、一方で人々が入れるのは五千メートル地点の
全219階までだが、その中には多くの同盟や上位探索者達が軒を連ねている。
『トウチャク、イタシマシタ』
「うむ、ご苦労!さて、それでは一先ずルクスには我の秩序を見せておこう」
「ヴィリアス、派手なものは止めなさいよ」
「当然だ!機械秩序ならばそうだな――――――!」
ヴィリアスは背中に背負った巨大な銃、対物性スナイパーライフルを手に、彼方に見える草原へ銃口を向ける。
直後銃身の機械が肥大化し巨大化を始めたのは、機械秩序による機械生成。
既にイテラが頭を抱えているのは、つまりそう言う事だろう。
やっぱり馬鹿だ、あの師匠。
「わぁ!これは何ですか?」
「ふはははっ、カッコいいだろう!これぞ最強の機械秩序。機械構造を把握し、自動的に組み立てる事で通常の銃から数十メートルの機工兵器まで作ることが出来る!そしてこれと魔術秩序を組み合わせれば――――――‼」
刹那、ヴィリアスは銃を構えたま木の隙間、街へ当たらないよう方向を調整すると……直後辺りに巨大な炸裂音と衝撃波が吹き荒れる。
恐らく発射されたのは魔術式の刻まれた弾丸。
その威力は。
「……‼山が凍ってます⁉」
「ふははっ、これが我の二つ名の由来だ。機械秩序だけではあそこまでは無理だが、多層刻印でも極めれば今の山を吹き飛ばすくらいは出来るぞ」
「あなたにとっての派手の基準って何なの?」
「……迷惑過ぎる」
簪とルクスの言葉に、ヴィリアスは豪快に笑う。
とはいえ、実際機械秩序が強力なのは事実だ。
遠距離から近距離、移動用から殲滅用まで様々な武器や兵器を造ることが可能であるのと同時に、様々な秩序とも合わせやすい。
最も、竜種と合うかと言われれば。
「どうだ、機械秩序は?」
「……試してみたいです!」
「あら、気に入ったのね。そうしたらもう千夜工房に行く必要も無いわ。ヴィリアス、ちなみに天使秩序の子とかあなたの同盟に居たりする?」
「ふむ、心当たりはないな。恐らく探せば居るとは思うが、元々天使秩序はそれほど鍛冶秩序と相性が良くないからな。恐らく、秩序世界を訪れた方が早いだろうが……」
基本的に現存する秩序には、全て対応する秩序世界が有る。
だが、その全てが外部者を歓迎しているわけでは無く、中でも秩序位階の成長と秩序世界が絡むことのない種族秩序ではその傾向が強く、天使秩序を要する『
「あら、面倒くさいわね天使秩序」
「ふはは、トップだった灰明の天使が倒れた直後は天使狩りもされていたからな、多少は仕方あるまい!ともあれ、要件はそれだけか?」
「そうね。なら最後に、この子の肩に手を置いてエラを流してくれる?」
「うむ、意図は解りかねるが、我がライバルの頼みだ!任せろ!」
ヴィリアスはそう言うと、ルクスの肩へ手を置き、やがて彼女が頷く。
刻印が完了した証だ。
「ありがとう、もう大丈夫よ」
「ふむ、これで用件は終わりか?折角ここまで来たんだ、茶ぐらいは出せるぞ」
「ありがとう。けれど、遠慮しておくわ。私達、今年は新世界大戦に向けてポイントを稼がないといけないから」
今年は私も参戦するから、と好戦的に笑うイテラ。
彼女が新世界大戦に出るのは十年ぶり、だからこそそれは聞く者によっては大きな衝撃になりえるのだろう。
レヴィンもしかり……或いはかつて彼女と戦っていた者は。
「……‼何だ、我がライバルも参戦するのか。今回の大戦はどうやら荒れそうだな。我が弟子は、無理か!」
「はっ、今年の俺はマジだぜ!今はまだ無理だけど、予選の内に位階を上げて、本戦では師匠もぶっ潰す!」
「ふはは、相変わらず口だけは大きいものだ。ならば、今年も楽しみにするとしよう。貴様達はもう同盟には入ったのか?」
「ああ、新しく結成したぜ!再臨の天竜、まだメンバーは3人だけだけど……」
一般的に大同盟と言われるのは構成人数が3桁を超えたあたりから。
先は長いが、一度大戦を勝ち上がればその申請数は直ぐに増える。
「ほう、悪くないな。小さい同盟は恩恵も少ないが、目も付けられにくい。とはいえ、我がライバルが要る以上時間の問題だとは思うがな。」
「あら、私は目立ちたがりじゃないから大丈夫よ」
「イテラさん、昨日検索したら統合サーバーに『敬愛なるイテラお姉様の破壊的偉業100選』が出てきましたが……」
「破壊的偉業って、それただの破壊でしょ……」
「ふはは、それでこそ我がライバルだ!とはいえ、人数が多い同盟の奴らには面倒なのも多い。何かあったら千夜工房に来い、我が弟子。ルクス君もな!」
「にひひ、もち!」
「はい!」
「あら、私は?」
「どうせ返り討ちだろう」
ヴィリアスの言葉に、簪が「確かに」と笑い、ルクスが頷く。
正直もっとゆっくりしていたい気はするが、これで当初の目的である秩序の上書きは達成出来た。
後は、実戦だ。
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