第12話 新造回廊
「何だ、昨日の今日でまた来たのか?俺も暇では無いんだが……」
「昨日ぶりね、副協会長様。突然悪いのだけれど、あなたの秩序って精霊秩序と幻術秩序だったわよね?」
数十分後、探索者協会内。
「レヴィンさん、何か疲れてません?」
「……昨日、魔女の晩餐の奴らがまた暴れていてね。全く、少しは大人しく出来ないものか」
「大変ねぇ、私も昨日一人会ったわよ。喧嘩を売って来たから叩きのめしたけれど」
「イテラ姉、人に言うけど結構アグレッシブだよね」
そう言えば、吸血秩序を貰って来たと言っていたが、もしかしてそれか。
「それで結局何の要件なんだ?用がないならまた馬鹿どもの御守に戻らないといけないんだが――――――」
「そうね、副協会長様も忙しいでしょうしさっさと済ませちゃいましょうか。簪の肩に軽く触れてエラを流してくれるかしら?」
「……俺がか?」
「ええ。害は無いから安心して、ちょっとした実験よ」
「君が言うと、信用ならないな」
レヴィンは、そう言いながらも軽く簪の肩へ手を乗せると、半透明のエラ流す。
簪の中で、何かが混じり合った気がしたのは、その直後だった。
刻印は攻撃されることで上書きできると言っていたが、エラを流すだけでも成立するのか。
「簪、欲しい方を選んで?」
「分かって聞いてるでしょ?身体が縮んだら教えてよ」
精霊秩序はエラの操作において非常に使い勝手は良いが、どちらかと言えば魔法や魔術主体の戦闘に向いているため、簪の求めているのはもう一つの秩序。
「もう良いか?」
「ええ、ご協力ありがとうございます、副協会長様」
「この程度構わんさ、ただ何か企んでいるのなら、せいぜい始まりの塔には迷惑をかけないようにしてくれよ。探協は良いが、今、君にまで対応できる戦力は無いからな」
探索者協会、通称探協は基本的に中立を掲げているため、罪盟以外の面倒事は基本的にそのほとんどを依頼として発する。
そのため、なりたての探索者達の面倒事は必然的に育成を請け負っている始まりの塔に流れ込んでいるのだ。
「依頼は、今日は必要か?」
「ええ、お願いするわ。それじゃあ、次に行かなきゃいけないから。ルクスちゃんはそうね、取り敢えず適当に見て回りましょうか」
「秩序はどういったものが有るんですか?」
「どんなものでもあるわ。でもそうね、秩序を色々みたいなら他の同盟の所にでも行きましょうか。もし天使秩序もあれば」
そう言うと、イテラが妖し気に笑い、簪の方を見る。
意味は直ぐに分かった、簪が唯一知っている同盟の事だ。
「あー、もしかして師匠のとこ?」
「そう言う事よ。ルクスちゃんは着いてからのお楽しみ。目的地はここから三千キロ、場所は――――――」
「あははは、気持ち良いです!」
「ちょ、待ってって。俺これ苦手ぇええええええーー―――っ‼」
数十分後、新生世界上空。
「くそ、何でこんな事にっ!」
「それは、新造回廊は遠いんだから仕方ないじゃない。私の背中に乗っても3時間、でも大砲を使えば30分よ。多少の乗り心地は我慢しなさい」
「いや、大砲で飛ばされるのは乗り心地とかじゃないって!」
簪の言葉に、イテラが笑う。
今現在、三人が居るのは世界首都ファナヴィ―ゼラから北東に約三千キロ、研究者や鍛冶師達の聖地、新造回廊ミドラズオルエへの道中の空。
何故空に居るのかと言われれば、探索者協会を出発した後、3人は目的地へ向かうための手段を探し、その中で一つの異装を使ったからだ。
エラを流すことで指定地点までの風の道を構築し、超高速で撃ち出してくれる風の大砲を。
「マジで、この浮遊感死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」
「落ち着きなさいって!着地地点にはちゃんと減速魔術もかかってるし、最悪落ちても私が居るんだから。寧ろ暴れてうっかり魔術が解けたら面倒よ」
「凄い!私今風になってます!」
「ほら、ルクスちゃんもこんな楽しそうじゃない」
「十年間部屋に籠った後なら何でも楽しいって!」
簪の言葉に、こちらへ身体を向けたルクスが二本指を立てる。
風の大砲は基本的にどの都市にでも一時間足らずで移動可能だが、成功率は約八割。
とはいえ、基本的に人類が空を飛ぶ今は死者はほとんど出ておらず、落ちる原因もほとんどが秩序の干渉による魔術式の相殺のため、今ではこの異装は面倒な手続きなく高速で移動できる便利道具として、探索者達の間で親しまれている。
欠点が有るとすれば、風に対する抵抗魔法が速度に見合ってないため、慣れていないと気持ちの悪い浮遊感と吐き気に襲われるくらいだ。
「おぇ……まだ着かない?」
「全く、仕方ないわねぇ。なら――――――」
目を瞑ったまま気持ち悪そうにえづく簪に、イテラは小さく溜め息を吐くと……その身体を自分の身体に埋める。
「気持ち悪いなら、私の体温だけ感じていなさい」
「……イテラ姉、俺もう18歳」
「でも、落ち着いたでしょう?」
「……まあ、少し」
背中を擦るひんやりとした竜の尾と頬に感じる温度に、簪は目を瞑り、早まる鼓動が聞こえないように僅かに身体を反らす。
イテラは誰に対しても優しい。
だからこそこの感情が、家族へ向けるものから恋へと変わったのはいつだっただろう。
つい先日、イテラは簪の母、暁の恋人であるという衝撃の事実を知ったが、それでも。
「ふわぁ、見えてきました!あれが新造回廊ですか⁉」
だが、狙ってか意図せずか、簪の鼓動が伝わるよりも早く3人の視界は雲を抜けた。
「あら、本当ね。ええ、上空千メートル、巨大な浮島の中心に浮かぶ空中都市、あれが新造回廊ミドラズオルエよ」
新造回廊、そう呼ばれる街は貴重な地下鉱脈や洞窟、遺跡群に囲まれた新生世界最大の空中採掘都市。
街の中央に立つ全長一万メートルにも及ぶ世界樹、通称ユグドラリウムを中心に辺りには無数の小さな小島が枝分かれしており、更にその周囲にも無数の島々が浮かんでいる。
島の真下、地面にも見える大きな都市は、研究における前線拠点だ。
「綺麗でしょう?採掘エリアの中心に建てられたから世界首都と違って自然が多いけど、規模は同等かそれ以上よ。ちなみに、今から向かうのはあそこの世界樹の……23階?」
「……48」
「そう、そこよ。同盟の名前は【
『千夜工房』は戦闘能力では他の同盟に一歩劣るながらも、鍛冶師や錬金術師の数や質では新生世界随一を誇る、職人達のための同盟。
構成人数は約1万人、その中で簪が知っているのは数えるほどしかいないが、創世会議に出られるだけあってその規模は新造回廊に拠点を構える同盟の中でも最上位。
「近づいてきたわね。簪、着くわよ」
「ん、了解……せんきゅ、イテラ姉」
「くす、どういたしまして。ルクスちゃんも、降りる時は転ばないように気をつけて。それと念のためだけれど、基本的に種族秩序は解いちゃ駄目よ。万が一バレると面倒だから」
「はい」
イテラの言葉に、ルクスは身体の向きを僅かに反らすと、直後急速に迫って来る地面に足を向け僅かに下がる。
そして、地面に尻餅をついた。
「あうっ」
「ね、危なかったでしょう?」
「それ、一回目転ばない奴いないよな」
「あなたは十回目くらいまで転んでいたけどね」
イテラの言葉に簪は苦笑いを浮かべると、地面に落ちたルクスへと手を差し出す。
着いたのは回廊の中心である世界樹の根本、ここは様々な鍛冶屋などが集まる商業区の中心であり、目的地の場所まではイテラの翼か世界樹の中の転移門を使えば直ぐだ。
「いやあ、でもやっぱここは空気が美味え!」
「そうね、それは分かる気がするわ。取り敢えず、軽く歩く?」
「はい、そうしましょう!」
元気良く頷くルクスに、二人はつられて笑うと、一行はその場からゆっくりと歩き始める。
周囲を埋め尽くす木々と木造の建物群は、滅多に他の都市ではお目にかかれない光景。
ある意味原始的ともいえるような風景だが、鉱石や繊維、素材については、そこら辺のお店を軽く覗くだけでも一級品や掘り出し物があり、一流の探索者になれば誰もが一度は訪れる、正に職人たちの聖地だ。
「どこのお店も煙突から煙が出ていますね」
「ふふ、良い所に気が付くわね。それもこの街が職人の街と呼ばれる所以の一つよ。世界樹の周囲は高密度のエラが常に取り巻いていて、辺りを汚す排気ガスとかを浄化してくれたり、異装も作りやすくなるの」
世界樹は新生世界へエラを満たす役割を持った木であり、これにより新造回路ではほとんど雨が降ることが無く、周囲にはエラの満ちた最高の素材が発見される。
ここは正に、世界樹によって創られ、守られている街と言えるだろう。
「はぁ、このまま今日くらいのんびりしちゃいましょうか?」
「いやいや、そうしたいのは山々だけど、もう師匠に送っちゃったよ?」
「師匠……師匠って、どんな方なんですか?」
「うーん、どうって言われると……端的に言うと馬鹿だけど……」
簪の言葉に、ルクスが首を傾げる。
今から会う約束をしているのは、簪が魔術秩序を選ぶきっかけになった探索者であり、昔一度だけ新生世界でイテラとはぐれた際、簪に色々と世話を焼いてくれた相手。
「おや、そこに居るのは……もう来ていたのか!我が弟子にライバル、それと――――――」
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