第4話 2度咲
教えてないはずの私の名前が誰かも分からないこの子の口から出てきたことに心底驚き、警戒心が高まる。
「なんで私の名前...!」
「センパイの中学2年の県総体の演技、見てたので。」
それは私が最後に出場した個人演技の試合だ。
リボン1位、総合3位という最初で最後の好成績だった。
「先輩こそ、私が誰か分かりませんか?」
「!」
やっぱりさっきから顔を見ていてどこか見覚えがあると思った。
「...あ、え、まさか
「ぴんぽ~ん!そのまさかの水口陽光でした~!前髪があるので分かりにくかったですかね〜」
水口陽光は県内でも1、2を争うほどの選手で、全国から選ばれた選手だけが参加できるユース合宿に毎年参加していると聞いたことがある。
それほどの実力者がなんでまた新体操の強豪校でもない
「水口さん、あなたなら全国の強豪校からいくらでも推薦がもらえたでしょ。それこそ
「あ〜、そういえば来てましたね。まぁ全部蹴ったんですけどね!えへっ」
「はっ?!えへっじゃない!蹴った?なんでそんなことしたの!?」
「なんでってそんなの彩華センパイがそこにいないからですよ。」
「いやいや、なんでここで私が出てくるの...。」
「センパイの中学2年の県総体の個人を見て、私は変わったんです。センパイの演技に魅せられたから。」
予想外すぎる言葉に私は何も言えなくなった。
「私、小学生のときに新体操を始めたんです。姉が2人とも習っていたから私もって、親に強制されて。生まれつき柔軟性はあったので、特に苦労することはなかったですけど。でも逆にそういった事のせいで新体操の面白さが分からなかったし、見つけられないままズルズル続けちゃって...。1度も本気で新体操をすることが出来なかったんです。それで、これで新体操辞めようって決めてた県総体でセンパイを見て、そのとき初めてやっと"新体操"を見つけれて、ここまで楽しめるもんなんだなって分かって。」
「そんな過去が...。」
「試技順はセンパイの演技の後の班だったので、本番、あの演技に少しでも近づきたくって真面目に頑張ってみました。ま、そんなに練習してこなかったから案の定ボロッボロの酷い演技だったんですけどね〜。でもそれからは誰よりも練習に打ち込んで、本気で新体操やるようになりました。センパイに追いつくために。...なのに」
「うん、ごめんなさい。」
彼女がこれから口にするであろう言葉が自ずと読み取れ、私はいたたまれなくなって頭を下げた。
「っち、違うんです!謝ってほしいわけじゃないんです。...謝ってほしくて、
頭を下げ続けていた私と、彼女の視線がぶつかりあった。
真っ直ぐな瞳で見つめられて、つい緊張してしまう。
「私は、水口 陽光は、緑 彩華センパイと新体操をするためにここまで来たんです。」
彼女の言葉に涙が込み上げてくる。
涙がこぼれないように頭を上げた。
「でも、ごめんね。ほんとに申し訳ないけど、私はもうあの頃みたいには踊れない。」
「なんでですか!まさかどこか怪我を...?」
「怪我ではないよ。私はもう誰からも必要とされてない、選手としては終わった身なの。それにそもそもの話、私には新体操をする資格なんて無かった。」
「なんでそんなこと言うんですかぁっ!!!」
体育館に彼女の声が響き渡る。
「お願いだからそんなこと言わないでください!!センパイは触れられたくなさそうなので深くは聞きませんけど!昔誰かに言われたんですか!?」
「言われてはない...けど、私は取り返しの付かないことをやったから...。だから...!」
「だから自分は今までみたいに踊る資格は無いとでも言いたいんですか!」
「っそうだよ!!!」
「違うっ!!!」
間髪入れず答えられて思わずたじろいだ。
水口 陽光が私を見つめながら真剣な面持ちでどんどん近づいてくる。
「な、なに...?」
「センパイは!センパイは私の...たった1人の尊敬できる選手で!目標で!憧れなんですよ!!誰からも必要とされてないなんて嘘です!!じゃないと、失礼ですけど私こんなところまで来てないですから!!それに新体操をする資格?そんなものどうだっていいんです。センパイは罪悪感かなんだか分かんないですけどそれでも新体操が好きで、だから朝練までしてるんですよね?」
そうだ...。罪悪感や後悔に薄々気づいてても、それでも私は新体操をしていたかったんだ。自分が自分の新体操を必要としていたんだ。
「センパイが新体操をする資格なんて私がいくらでもあげます!!センパイの事だって現在進行系で必要なんです!!!」
「!!」
「県で1、2を争う実力者の私が言ってるんです。絶対誰も文句なんて言ってきませんよ!」
そうやってニシシと笑う彼女を見て、こらえきれなくなった涙が一気に溢れ出た。
彼女の存在が私にはとても眩しかった。
「せ、センパイ?!ごめんなさい!言い過ぎちゃいました...。」
「あははっ 違う違う、実力者って自分で言っちゃうんだね。ふふっ 」
「えっ?ちょっと!センパイ笑わないでくださいよ〜!」
「あははっ ごめんごめん。」
「...センパイ、もう1度、新体操しましょう。そして今度は私とも一緒に。」
「もちろん。ありがとう、水口さん。」
「!
...どういたしまして!」
「...あー、やっと目の腫れが落ち着いてきた。」
「センパイ泣きすぎなんですよ。涙腺脆くないですか?」
「そんなことないしー。」
センパイの背後から太陽の光が差し込んでいる。
足元においてあるリボンにも。
「センパイ、できればでいいので、県総体で踊ってたリボンの演技、今踊ってみてほしいです。」
「え、突然だね。」
「やっぱりダメですかね。」
「ううん、音源もあるし、私もなんか踊りたくなったから踊る。」
「ほんとですか!やった!」
「デッキのボタン、押してもらってもいいかな?」
「はいっ!!」
センパイの曲は花にちなんだ洋楽だそうで、とても聴き心地が良くて好きだ。
私は気合を入れて声を出した。
「入りました ガンバーッ!!」
スタートの音に続き、センパイがあのときの演技を舞う。
ピンク、黄色、白のグラデーションをしたリボンが綺麗な楕円をかく。
センパイは昔と変わらず、ほんと楽しそうに舞っている。
リボンが生きてるみたいに動く。
難しい技も、ターンも、バランスも軽やかにこなして魅せてくれる。
そして1番の見せ場のターンジャンプ。
陽の光を浴びながらセンパイが飛ぶ。
昔より手足が伸びて、強くしなやかなターンジャンプになっていた。
逆光であまり見えなかったけど、センパイは気持ちよさそうな表情に見えた。
その光景は息を呑むほど美しく鮮やかだった。
「...やっぱりセンパイは、私の永遠の憧れだなぁ。」
2分半フェアリー まーらく @ma-rakukuma
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