私から貴方へ
南沼
Fly me to the moon.
私を月まで連れてって
星のまにまに遊ばせて
私の手を取りキスをして、なんて
言い換えても良いのだけれど
フライミートゥザムーン。とても良い曲ですよね、私も好きです。
さて、あれから100年とちょっとが過ぎました。
そちらはどうですか? 私の方は、これっぽっちも変わりません。まるで退屈なものです。
まずははじめから、話をしましょう。
最初は、何もない空間でした。
いえ、すみません。何もないというのはおかしいですね。正確には、1立方メートルあたり数個の水素原子があるばかりの真空です。
最初に出くわしたのは、外縁天体の小さな岩くれたち。ジャガイモみたいな形をしているのや、丸まった猫みたいなのもありました。数だって、あの何もない場所に比べたらまるでわんぱくな子供のおもちゃ箱のよう。中々どうして、見ていて飽きないものです。
その次に出会った冥王星やエリス、マケマケ、ハウメアは、小さくてとても可愛らしい星ぼし。公転軌道も形もまちまちな彼らは、ともすれば岩くれたちと同じに見えるかもしれません。でも組成も色も様々で、踊るように軌道を交える様子には、また独特の味わいがあるものです。
海王星の住人たちは、とてもせっかちでした。何せ太陽系で風の強さが一番の星、吹き荒れる風に四六時中さらされていたら、自然とそんな気質になってしまうのかもしれません。太陽の周りをぐるりと回る160年あまりの間に幾千幾万もの世代を経て、それらが皆生まれてから消えるまで、のべつ幕無しにプラズマの明滅で会話するんです。
賑やかで退屈しないところですよ。それは私が、自信をもって請け負います。
天王星は、とても面白い衛星を持っていますね。まるで継ぎはぎみたいな痕が、むき出しの地面のいたるところに残されたへんてこな地形。
私も最初はなんだろうって思っていたんですが、気付いたときは思わず笑ってしまいました。
あれって、実は楽譜なんです。誰が残したのかは分かりませんが。
しばらくはずっと、そればかり口ずさんでいました。私はほら、歌が好きですから。
それから、土星。
知っていますか? あの輪っか、見かけの厚みはたった数十キロかそこらなんですけど、実は4次元的に畳まれた空間で、中にはたくさんの電気竜が踊っているんです。
とっても壮観で、貴方にも是非見せてあげたかったなあなんて思います。
木星では液体金属水素が作り出す強力な磁場と5つの衛星との重力の干渉のおかげで、虚数時間軸に沿ったいくつもの精神文明がお互い少しずつ重なりながら、同時に発達しています。これはある時点での衛星の3次元位置なんかが関係したとても複雑なものですから、お話しするには時間がいくらあっても足りません。
まあそれはまた、追々ということで。
火星は、地球にとても良く似ていますね。貴方からするとそうでもないかもしれませんが、よくよく見るとかつての文明の跡なんかが地下に残っていたりして、昔々の彼らの生活を想像したりするのは中々に楽しいものです。
ああ、月も見ましたよ。地球の月です。
裏側を見たことはありますか?
私は勿論見ましたが、どんな風だったのかは内緒です。
最後に、地球。
白い雲の掛かったあの青い海の美しさ、それを見た時私の裡に湧き上がった感動と言ったら!
とてもとても、言葉に言い表せるほどではありません、でも、少しでも貴方に伝われば嬉しく思います。
それで、大気圏に突入してここに落っこちてからは、貴方も知ってる通り。
だから、これが全部です。私の通ってきた旅路の、これが全て。
それからずっと、私はここに居ます。貴方がたがツングースカと呼ぶ、ここに。
微弱な放射線を発しながら、まだ見ぬ貴方が私を見つけてくれる日を、心待ちにして。
――ツングースカ大爆発
1908年6月30日朝7時、ロシア帝国ツングースカ川上空で巨大な火球が爆発し、周辺の森を約2150平方キロメートルにわたって破壊した。
爆発中心にクレーターは残されておらず、当時の科学者の多くは彗星の落下によるものであると結論づけたが、現在では小さな流星物質もしくは小惑星が地球に衝突したために起きたものであるというのが定説である。
私から貴方へ 南沼 @Numa_ebi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます