星の瞬き、宇宙の終わり、私の始まり

家猫のノラ

第1話 浮気者

ずっとずっと、何かが足りないんだ。


「烈遅いっ!!遅刻しちゃうじゃないっ」

扉を開けるとセーラー服姿の彼女が仁王立していた。

「ごめんナミ」

「もうっまた絵描いてたの?」

「うん」


「………………、烈はどっちがいい?」

「え?ああごめん、なんて言った?」

「もう!!今度の週末水族館とプラネタリウムどっちがいいって言ってるの!!何度も言わせないでっ」

「ああ、うん。ナミの好きな方でいいよ」

「…また考えてたの?」

「えっ、何を…っ痛った」

頬に衝撃が走る。叩かれた。

「もう知らないっ」


「なーなー、お前らどうしたん?」

クラスメイトが話しかけてきた。

「え、何が?」

「そうやってすぐしらばっくれてさー、ケンカの原因もそれじゃねーの?」

「ケンカ、僕が?誰と?」

「愛しのナミちゃんとだよっ。お前ちったぁ考えろよ」

「考えるって、何を?」

「何をって、ちっ顔がいいやつはずりーぜ全く」


クラスメイトは舌打ちして去って行った、あの人なんて名前だっけ。

僕は君のことだけを考えてる。何かが足りないんだ。

君が満たしてくれる。そんな気がするんだ。


教科書を開きながら、窓の外を見る。そこにある凪いだ海のように、なんの刺激もない平和な、退屈な、日々。

えっ。海から何か…

次の瞬間けたたましいアナウンスが響いた。

『生徒は急いで屋上に避難してください』


「おいっこれ見ろよ」

階段を駆け上がりながら、さっきのやつがスマホを見せながら話してくる。ニュース速報だ。

「『相模湾から突如謎の物体が現れた』!?あれは、どう見たって人だっ…はっ!!」

階段を駆け下りる。

「おいっお前どうしたんだよっ」

「烈ーっ!?待ってっ!!」

「どこに行くのっ白樺くんっ、小縄さんっ」

「待てっナミ」

「っ、烈ぅぅ!!」

校門を飛び越えて、信号も全部無視して。

生まれた時から探していた。


やっと会えた。


「君の名前は?」






小縄ちゃん、小縄くん、小縄さん…


ナミ…


「小縄、つまり目標、『未来の見える少年』は消えたと言うのだな」

「はい、アレッサンド大佐。烈は消えました」

金属製の椅子の冷たさを体温が中和していくのが気持ち悪くて仕方がない。私は世界の消滅の準備が始まったあの日の報告と責任追及のために本部に呼ばれた。

「そのクラスメイトと教師が邪魔したのだな。解放軍の手先かもしれん、詳しい情報を言え」

「…いいえ」

「あ?」

「違います。あの二人が邪魔したのではありません」

「では何故目標を見失った?小縄、全てお前のミスなのか?」

「そうです。私のっ、私の恋心のせいです」

「ぁあ?」

「私は烈を好きになってしまった。烈の『会いたい』という想いを尊重してしまった。これは私の意志です」

気づけば椅子から立ち上がっていた。

姿を持たぬ者LOSTMYSELFとも呼ばれた小縄がどうして…」

「どんな人物にもなる、外見も名前も定期的に捨てる。でも私はっ私をっナミをっ見つけたんですっ」

「小縄、お前…」

「そもそも、何故私たちは自然のサイクルを止めるような行為をしているのでしょうかっ、創造があれば崩壊もまた必然っ。じっ人類の今日までの繁栄も全ては破壊のための女神高エネルギー体による恩恵っ。奇跡、偶然と呼ばれた青い地球の誕生は必然っ。それを汚し生きてきた人類の終止符として、世界の崩壊はむしろ立派すぎる餞ではありませんか…っ痛った」

「お前はっ生きたくないのかっ」

アレッサンド大佐が、涙を流しながら、私を、叩いた。

「…烈がいない世界では生きられません」

「そんな悠長なこと言ってられる場合じゃねぇんだよ」

「烈がっ、烈が欲しいっ」


『…ねぇ、ずっと何描いてるの?』

『分からない』

『分からない?』

『ずっとずっと頭から離れなくて、この人のことを考えないときなんてなくて、胸が苦しいんだ』

『その人はどこにいるの?』

『分からない、けどとっても冷たくて、寂しい場所』

『その人はいつからいるの?』

『分からない、けどとっても昔からいて、これからもずっといる』

『…烈』

『何?』

『私のっ、私のことも描いて』

『ああ、うん。分かったいつか描くね』


烈が私のものだった時なんてなかった。烈はいつも私の前にいなかった。きっと、あの日も、あの女を描いて、私との約束なんて忘れて。全部、全部、女神あの女に奪われた。


「ナミ、烈を取り戻せっ!!誰かのものなら奪い取れっ!!」

「…!!」

「このままでムカつかないのかよ。全部、全部、女神様の言う通りでいいのかよ!?」

「私はっナミっ。烈の恋人っ、相手が女神でもなんでもっ手出す奴は許さない」






「ナミ、どこに行ったんだよ」

烈とナミがいなくなってから一年が過ぎた。放課後、みんなが教室からいなくなった後も残るのはあの日からの習慣だ。こうして待っていれば、何と無くナミがひょこっと現れてくれる気がして。

なんで烈なんだよ。なんで、なんで。

「ナギくん」

「ナミ!?転校したって…」

「本当は学校行く歳でもないの。ねぇちょっと手伝ってくれない?」

「えっ、何を?」

「浮気者の制裁ついでに世界を救うのよ」







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星の瞬き、宇宙の終わり、私の始まり 家猫のノラ @ienekononora0116

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