反対の世界

梅田 乙矢

もしも…

 毎日毎日暑い日が続いている。

私は家の中から空を見上げ、うだるような暑さとは裏腹の涼しそうな青い空に思わずべランダの引き戸を開けて、空を見た。

蝉の声があちこちで聞こえてくる。

ふと、空を見ながら思った。

この空は、どこへ繋がっているのだろう。

もしかしたら地球ではない、どこか別の世界に繋がっているんじゃないだろうか…。

 その世界は、地球に似ていて人間も存在するが、全てが ”あべこべ “でこんなおだやかではない。

無法地帯と化し、犯罪は当たり前で人を殺すことだって何とも思わない。

街もゴミが散乱して汚れている。

喋る言葉も全て反対語で…いや、全てだと

ややこしい。

一部の言葉のみ反対語を使い、「美しい」は「汚い」になり「生きる」は「死ぬ」という意味として使われる。

 空を見上げながら私は存在しない世界を想像してみた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 自殺しようとしている男がいた。

それをみんなで必死に止めている。

どうやらここは病院の屋上のようだ。

屋上にいる人達は必死の形相ぎょうそうで、下から見ている人達は心配そうな顔で男を見守っている。


「来ないでくれ!」

柵の向こう側にいる男は言う。


「ちょっと待て!

 話ぐらい聞いてくれたっていいだろう!」

友達だろうか?

必死に説得をこころみているようだ。


「話?どうせいつもの話だろう!

 もう聞き飽きたんだよ!

 俺は…決めたんだ。

 生きることを!!」

〘……生きること?いいことじゃないの。

あぁ、そうだった。

私の想像したこの世界では喋る言葉も一部、 あべこべ なんだった。〙


「だからちょっと待てと言ってるだろう。

 そんなに答えを急ぐことはないじゃない

 か。

 生きることは、話をしてからでも遅くな

 い」


その言葉に柵の向こう側にいた男は下を向き考えているようだった。


「分かった。

 確かに話したあとでも遅くはないな」


周りに少しだけ安堵あんどの空気が流れる。


「どうして、生きることを決めたんだ?

 これまでだってみんなで一生懸命適当にや

 ってきたじゃないか。

 この光り輝く楽しい世界を…

 なんとなく、頑張らずにやってきた。

 それなのに!何で今さら!」


「だからもう、死ぬことが嫌になったんだ

 よ!

 あんただって分かるだろう?

 この世界は、悪人は一人もいないし、

 善人で溢れてる。

 街を歩けば、そこかしこにゴミは落ちてな

 いし、とんでもなく綺麗だ。

 でも、あの光景を我慢しろというのか?

 みんな…殺されていく…

 人がバタバタと倒れているあの光景…

 みんな…みんな…ドロドロに溶けてそこら

 中…血で真っ赤に染まってないあの光景

 を!!」


男は街の惨状、いや、この世界をうれいているようだ。


「気持ちは分かる。

 でも、ここなら安全だとみんなで集まって

 必死にどうでもよく過ごしてきたじゃない

 か!

 お前もすごく頑張っていなかった。

 それはここにいるみんなが知っている。

 お前ほどみんなの為に頑張らなかった

 奴がいるか!」


突然の言葉に男は無言になった。

みんながそんなふうに思っていたなんて…


「俺は…俺は…

 ごめんな、みんな…」


男は地面を見つめ、飛び降りようとする。

その場にいた全員に緊張感が走った。

説得していた友人は叫ぶ。


「だからやめろと言ってるだろう!

 生きるんじゃない!

 死ぬんだ!!」


「うるさい!

 もう話は聞いた。

 俺は生きると決めたんだ!!」


「なあ!覚えてるか?

 昔、よく二人で話したよな?

 もう一つの世界のこと」


その言葉にピタッと動きが止まる。


「地球っていうところでさ、そこはとんでも

 なく青くて、空も海も全てが汚い。

 人も信じられないくらいゲスで、街もこ

 ことは違って驚くほどゴミが散乱してい

 る。

 四季ってものもあって、自然は様々な変化

 を見せてくれるんだそうだ。

 この街はもう枯れ果ててしまってるけど、

 自然が見せてくれる変化は、想像以上に

 毒々しくて物凄く幻滅するんだって」


「そんな…夢みたいな話…」


「そう、そんな夢みたいな話、あるわけない

 んだ」


男はその時のことを思い出しているのだろうか。

相変わらず下を向いているが、懐かしい思い出にほんの少しだけおだやかな顔になる。

友人は言った。

「一緒に探してみようぜ。

 地球とかっていう世界を」


柵の向こうから顔を上げ、友人を見る。

その目は、飛び降りることを決心していたあの時とは違い、悲しみを含んではいたが希望の光が宿っている。


「探してみるか。

 その青い地球とやらを」


友人は力強くうなずき、男に手を差し出した。

その手をしっかりと握り、柵のこちら側へ

とやってくる。

見守っていた周りの人達は、拍手とブーイングで二人を迎えた。

その声を聞きながら俺は決めた。

もう生きるなんて馬鹿な考えはよそう。

俺はこの友人と共に、そしてここにいるみんなの為に宇宙のどこかに存在すると言われている最も醜い「地球」という世界を探そうと。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ハッと我に返った。

私は一体、何を考えていたのだろうか。

ベランダの扉を開けっ放しだったせいだろう。

熱風でかなり汗をかいていた。

きっとこの暑さのせいだ。

尋常じんじょうじゃないこの暑さのせいで意味の分からない妄想をしてしまった。

さあ、扉を締めてアイスでも食べよう。

私は冷凍庫へと向かった。


 

 …もう少し外を見ていたら丸い円盤のような、ロケットのような不思議な物体が空を飛んでいるところを見れたのに…。

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反対の世界 梅田 乙矢 @otoya_umeda

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