第21話 強欲

 河川敷の土に足の指を刺し、夜空を見つめる灰色のプロキシー。時間も時間、場所も場所であるため、周囲に一般人は居ない。故にプロキシーは未だ、誰一人として人間は殺していない。

 周囲に人間が居ない場合、プロキシーの中にある殺人衝動は抑えられるのだろうか。そのプロキシーは河川敷の坂から1歩も動かず、ただただ、空を見つめている。


「プロキシーも夜空に魅力を感じるものなの?」


 プロキシーの居る斜面。川を跨いだ対面の斜面を上がった先に、河川敷の平地がある。その平地には幾本かの木々が並び、数十メートル感覚でベンチがある。

 そのうちの1つ、比較的綺麗なベンチに、香楠とアイリスが座っている。このベンチに座っていると、夜空を見つめるプロキシーの姿がよく見える。


「僕には分からないが、案外そうなのかもね」


 プロキシーを見つめながら行う会話は、大抵、酷くつまらない。今回の会話は、その中でもダントツでつまらない話だったらしく、質問をした香楠は「ふぅん」と雑な返しをした。ただ、限りなく生返事に近い態度をとられても、アイリスは決して不機嫌にはならない。寧ろ素っ気ない態度の香楠は珍しく、眺めているアイリスは僅かながら楽しんでいた。


「灰色のプロキシーってどんな特徴があったっけ?」

「運動能力だね。攻防力に関してはかなり控えめだが、フィジカルは鬼……ってとこかな」

「あー……そっか、灰色って空席だから印象が薄いのか」


 全9色の色彩少女。その中では現状、紫と灰色だけが空席。さらに、灰色に関しては前任も居ない為、香楠の中には「灰色の色彩少女、及びプロキシーの強み」という知識が薄い。

 ただ、灰色の特徴はフィジカル。体力重視の黄色同様に極めて地味で、その強さを記憶に刻む事は難しい。


「いっそ舞那か雪希にあげちゃう? 空席の紫と灰色。本来のシナリオなら、龍華が2色で戦う手はずだったでしょ?」

「まあ、本来のシナリオなら、ね。しかし僕達はこれから、バタフライエフェクトの至る未来さきを体験する。本来のシナリオを尊重するよりも、僕達の知らない新たなシナリオを楽しむ方が面白い」

「なら、紫と灰色はまだ譲渡あげない方向で」

「いいと思うよ。尤もそれは、今後の展開次第だろうがね」


 アイリスが発言を終えると、香楠とアイリスの視界に、2台の自転車が映り込んだ。舞那と雪希が到着したのだ。


「プロキシーは……1体だけ。舞那はそこで待ってて。戦うのは私だけで十分だから」


 下車し、自転車のスタンドを立てる雪希。ヘルメットを脱ぎハンドルにかけると、自転車から離れた。

 待っていろ、そう言われてただ待つのは、正直、舞那的にはあまり認めたくないシチュエーションである。しかし舞那は、撫子から既に得ている情報を持っている。

 現状、色彩少女の中で最強なのは、雪希であると。

 もしも本当に龍華が最強であるのならば、舞那の助太刀は足手まといに変わる。加えて出現したプロキシーは1体。ここは敢えてと、舞那は静観に徹した。

 河川敷の斜面をゆっくりと下りながら、雪希はぐりんと首を回す。そして、首から下げ、服の中に隠していたネックレスを引き出した。

 ネックレスの先端には、色彩少女のアクセサリー。雪希の担当する色は赤で、赤のアクセサリーが模しているのは、日本刀である。


「色彩変化」


 アクセサリーを握り、雪希は呟いた。何の能書きも無く、覇気も無く、息を吐くようにそう言った。

 雪希を包む光は、目をチカチカとさせるような原色の赤。深夜故に光が少なくなり、且つ街灯からも遠いこの暗い斜面に於いて、雪希の放った光は、誰もが目を疑うような極まった異質な光景だった。

 光が消えると、変身を遂げた雪希が姿を現す。ブラウンだったボブヘアは赤く変わり、瞳は翡翠色に変わり、エメラルドグリーンのシャドウが目元を彩る。衣類も、色彩少女の共通衣装へ変わり、右手には、武器となる赤い刃の日本刀が握られた。

 変身し、極めて鮮やかな姿へとった雪希。しかし円を描く月明かりも、遠く離れた街灯も、雪希の姿を鮮明にはさせない。

 色さえも奪うような夜闇が雪希の体を覆い、赤い髪も、刃も、何もかもを影に隠した。


 ―――暗い……本当に戦えるの?


 平地で静観する舞那は、この戦いの場が如何に危険かを即座に理解した。

 まずは地形。ゆったりと流れる川へと続く斜面。背の低い草や苔が靴の摩擦力を奪い、人の体を容易く滑らせてしまうような足下。両の足で平行に立つことさえできないこの地形は、戦いに於いては有利にも不利にもなる。

 次に視野。光が少なく、人影さえも背景に溶けてしまうような、極めて悪い視界。場合によっては距離感さえも狂わされ、攻防に大きな支障が表れる。

 たった2つ。その2つが、この勝負の結果を決める重大な要因となる。

 舞那が仮に助太刀に入ったところで、足手まとい以前に、そもそも戦うことさえできない可能性もある。


 ―――学ばないと……戦いを!


 舞那は未だ、戦いに慣れていない。可能な限り、他の人間の戦いを観察し、理解し、体得したい。

 最早、強欲とも言うべき戦いへの欲。そんな欲は舞那の体をジリジリと前へ動かし、前のめりにさせた。




「へぇ……そういうことか」


 ベンチに座り、舞那と雪希の様子を窺っていたアイリスが、何かに納得した。


「どうしたの?」

「どうやら、バタフライエフェクトの影響が表れたようだよ、香楠」

「というと?」

「色彩少女に、七つの大罪という設定が組み込まれたらしい。木場舞那は、強欲、らしい」

「……七つの大罪、ね……よくある話だけど、食べる前の胃もたれは失礼だよね。一先ずは観察を続行だね」


 珍しく、香楠は少しだけ不服そうな顔を浮かべたが、アイリスだけは嬉しげに笑みを見せた。

 その笑みが「設定の追加に気付いたことに対する自画自賛」なのか、或いは「設定の追加を単純に楽しんでいる」のかは分からないが、その笑みの真相を知りたい程に香楠の知識欲は強くないため、香楠は無視した。

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色彩少女・望 智依四羽 @ZO-KALAR

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