SIDE:B
出会いは高校に入学したその日。
これまで家族や友達に可愛いと持てはやされて育ったあたしは、誰よりも圧倒的に可愛いと信じて疑わずここでもイージーモードだなんて思い込んでいた。
「じゃあ次の席の子お願いね」
担任からの声を受けて、立ち上がったあたしは周囲に向けて微笑む。
「
いつものように受けのよさそうな事を口走ると男子がざわざわとしだす。女子の反応なんてどうでもいい。すっと椅子に腰掛けて、ここでも余裕でカースト上位だなんて確信していた。
「
あたしはその声に思わず振り返った。
窓の外で舞う桜を背景にしてしまうように、艶のある長い黒髪が揺れるとわずかに柑橘系の香りが漂う。
自己紹介を終えたばかりの後の席の彼女は、あたしと目が合うとぺこりと会釈。その佇まいに息をするのも忘れてすっかり心を奪われてしまった。
「ねえねえ伊澄さん。あたし石上って言うの。前後の席同士これからよろしくね!」
それどころか、気付いた時には声を掛けてしまってたから驚きだ。最初はあからさまに引かれてて迷惑そうな態度だったけど、彼女はどうも押しに弱いみたいで何度もアピールすると名前を覚えてくれた。
でも本格的に学校生活が始まると思いどおりにはいかない。あたしは周囲からよく話し掛けられる事もあって優子とは話す機会がなくなっていった。
中学の頃馬鹿にしていた帰宅部。だったはずなのに、不思議なもので彼女の真似をしてあたしは部活の勧誘をすべて断った。スカートの丈だって我慢して同じように長いまま。せめて帰りだけでもと画策してたのだけど、放課後気付けば後の席には誰もいない。
悔しさで何度奥歯をギリギリといわせたかなんてもう覚えてない。
事あるごとに振り返り、じっと見つめるだけの日々が続いてついに行動に出た。
「その本めちゃくちゃいいよね! ここあたしの大好きな場面なんだけどさ」
優子がいつも読んでる恋愛小説の話を振ると、彼女はぱっと目を輝かせてこっちを見つめてきた。
初めは共通の話題のつもりで校内の図書館で借りたのが、段々とのめり込んでいってしまいネットで注文。生まれて初めて買った高いブックカバーを掛けて、繰り返し味わうように読んでしまうほどになった。
動機は確かに不純だったかもしれない。だけど結果的に彼女に対して嘘をついてるわけじゃなくなった。
「いつかこういう焦がれるような恋がしてみたいんだ。なんて……、私変な事言ってるな」
可愛すぎて今すぐに抱きしめたい。
照れたように横髪をいじりながら、視線を逸らし窓の外を見つめる儚げな彼女の姿にあたしの視線は釘付けになった。
「全然そんな事ないよ伊澄さんっ! ねえ、学校終わってからどこかでちょっと話そ?」
梅雨入りの空の下、並んで歩きながら彼女のお気に入りだという喫茶店に入った。
向かい合い普段の教室じゃ見る事のできない彼女の笑顔を独り占めにしている。その事実だけが、ふわふわと暖かで幸せな気持ちになってあたしの心を満たしていく。
誰の目も届かないこの静かな場所で、止まらないくらいにお互い会話が弾んで楽しい時間を過ごした。
それからは学校終わりに一緒になる事が多くなり、ついには親友としての月日となって過ぎていき季節は移り変わっていった。
「……優子はどうして泳がないの?」
「本を読んでるほうが好きだから。ほら、皆呼んでるよ? 藍那は私に構わず楽しんでおいで」
「じゃああたしもごろごろしてよっ~と。ほんとはさ、皆に合わせるのとかワイワイするの苦手なんだ。ね……これ二人だけの秘密にして!」
パラソルの下なのに「わかった」と微笑む優子は眩しい光を放つ。
夏休み、クラスの子達と来た海で日に焼けなかったのはあたし達だけだった。
「本を読んで物思いに耽るのが秋の醍醐味だよね~……」
「藍那お腹鳴ってる。本当はお腹空いてるんでしょ?」
「うぅ……ラーメンがっつり食べたい」
「素直でよろしい。じゃあこれから付き合ってあげますか」
彼女と一緒にいると、周りの目を気にしてばかりのあたしは自然体でいられる。
そして訪れた冬。お互いの距離がより縮まると一つの作戦に出た。
「ねえねえ聞いて。あたし、好きな人ができたんだ!」
好きでもなんでもない先輩に恋をした設定で話題を共有。
「優子はあたしの応援してくれるよね?」
彼女は絶対に首を横に振らない。それをわかってて協力関係を取り付けた。
ドキドキとした練習を済ませてついに訪れた告白の日。
彼女がいると知っていた先輩に予定どおりに振られたあと、用意しておいた目薬を両目に差す。それがじわじわと沁みていく中、本当にガチ泣きする時はこんな感じなんだろうな。そう思いながらあたしは優子の前でうまく涙を流す事ができた。
「ねえ藍那。藍那は可愛い。誰が何と言おうと世界で一番可愛い。だから次は絶対に上手くいく!」
優子がこんなに大きな声を出したのは初めてだ。
そのあと泣き出したのも意外だったけど、力強く抱きしめられて感じた彼女の温もりと匂いは想像をはるかに越えて心地がよかった。
それから数日経った放課後、静かな教室で二人きり。もう少しだけコマを進めようと思う。
「あたし、好きで好きでたまらない人ができたんだ!」
「えっ……それって誰?」
振られて間もないから当然だけど彼女は驚いたような表情を見せた。
「今は秘密にしとこうかな~」
「どうして? もしかして私の知ってる人とか?」
「どうかな。じゃあ早速なんだけど……練習させてね」
「あ、うん。私は何すればいい?」
近づいてきた優子に口づけをして、離れた彼女の唇からははあと吐息が漏れた。
「優子って柔らかーい」
「あ、藍那……!? こういうのはせめてほっぺたにしないとだめ!」
「でもそれじゃ練習にならないよね?」
無抵抗な優子と何度もキスをする。
近づくと落ち着かなくなるし、目もあんまり合わせてくれない。
避けられてるのかと思って大人しくしてると、慌てて変な話題ばっかり振ってくる。
もしかして、バレてないと思ってる?
優子があたしを好きな事くらいずっと前から気付いてたよ。
「ねえ、これって本当に練習なんだよね……?」
「へー、優子は練習じゃないほうがよかったんだ?」
その言葉に無言で頷いたあと、「あ、今のは違くて……!」あたふたと取り繕う彼女は本当に可愛い。すぐにでも好きだと言いたいけど種明かしにはまだ早い。
もっともっとあたしに夢中になって、今より大好きになってもらわなくちゃ困る。
「じゃあ、これから家で練習の続きしよっか?」
人差し指で優子の唇をなぞったあと、同じように自分の唇に触れる。
「やっぱり……着替えてきたほうがいいよね」
「優子は何を想像してるのかな。ちゃんとわかるように教えて?」
「体育で汗かいたからそれだけ。ほら行こっ!」
しっとりと湿った手のひらが力強くあたしの手を取った。
ねえ、本当にわかってる?
ここからがあたしたちのスタートなんだよ。
ずっと我慢してたんだから覚悟して欲しいな。
そう微笑むと、視線が合ったままの優子は顔じゅうを夕日のように染めていた。
ウソツキ ひなみ @hinami_yut
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
カクヨムの片隅で/ひなみ
★9 エッセイ・ノンフィクション 連載中 4話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます