第9話 夢へと踏み出す少女

 咳払いして、俺は職員室へと歩き出す。胸ポケットにしまいこんだスマホは未だにメッセージの受信を知らせてくれるが、このままでは木崎のペースに乗せられてしまう。

 教師と生徒。過去は色々あったし、本気で関わると言ったのも俺。

 ただ節度は守るべきだ。そう、守るべきだろう。

 そう思い、俺が職員室の前に来たときだ。廊下の奥に見知った人影が見えた。

 規則を守るように膝丈で揺れるスカートに黒髪。両手で本を抱いて、小走りに駆けていく女生徒が見えた。

 最上彩矢だ。俺は何となくそう思い、首を傾げた。

 俺は腕時計を見て、職員室から方向転回をする。

 最上が駆けていった先は確か図書室だったはずだ。図書室の開放は昼休みからで、まだ二限目が終わったばかりだ。当然、図書室はまだ施錠されているはずだ。

 俺はすれ違う生徒に挨拶しながら図書室に向かう。図書室への道は一本道で、奥側にある。つまり袋小路だ。

 だが俺の視界には最上の姿はなかった。不思議に思いながら、徐々に人気がない廊下を歩いて行くと俺は図書室前にたどり着いてしまう。

 ここまで最上の姿はない。何処に行ったんだ?

「見間違いか? ただーーーー開いてる」

 まさかと思い、図書室のドアに手をかけると施錠されていないのだ。

 俺はゆっくりとドアをスライドさせて、図書室を見渡す。鼻を擽るのは少しほこりっぽい匂い。学生時代、俺は少なくても図書室を利用するような生徒ではなかったが、今はよく利用させて貰っている。流行の文庫本なども揃えられており、空き時間のお供になっている。

 図書室に足を踏み入れ、俺は声を出す。

「誰かいるのか? いるなら返事をしてくれ」

 ・・・・・・返事はなし、か。

 最上については見間違えで済むが、流石に図書室が未施錠は頂けない。かりに部屋の中が無人でも、確認しなければいかない。

 並んだ長机を歩き、本棚の間を確認していく。一通り、確認したが、誰もいない。

 担当顧問か、委員が閉め忘れた可能性が高いか。俺は踵を返し、図書室から出ようとしたときだ。小さなくしゃみが聞こえた。

「え?」

「あ」

 主に図書委員が座るカウンター席から声が聞こえたのだ。俺は入り口から四角になっているカウンターに回り込むと、テーブルの下で隠れていた最上を見つけた。

 俺と視線がかち合った最上の瞳は気まずそうに揺れていた。

 ぎゅっと両手で抱きしめられているのは本と、スマホだろうか?

 俺の視線に気がついたのか、最上の顔がみるみると赤くなって、質問を間違えたら泣きそうな気配がする。

 下手に質問はしないほうがいいが、流石に無断で入ったのを指摘しないのはまずいか。

「・・・・・・図書室は今、閉館中のはずだぞ? 忘れ物か?」

「・・・・・・」

 黙る最上に俺も無言で返事を待つ。最上の性格もあるが、俺としてはやはり言葉を被せるよりも、最上からの言葉が聞きたい。

 リンコーン。リンコーン。

予鈴が鳴り、俺は嘆息する。確か次の授業の受け持ちはなかったはずだ。最上の方は確か、数学の授業だったか。あとで古見先生には事情を説明しておこう。

そんな時だ。最上が迷うように、テーブルから出てきてスマホを片手に握って渡してきたのだ。

 スマホを覗き込むとそこには恋愛小説を対象とした小説の新人賞サイトが表示されていた。

「これは?」

 思わず疑問が口から出てしまい、最上を見下ろすと最上は戸惑いながらも口を開く。

「今日、発表日だったんです」

「発表?」

「はい。そのサイトの、一次選考の、です」

「一次選考? あ、ああ。なるほど、この新人賞のーーーーん? もしかして最上も応募していたのか?」

 コクン、と頷く最上を見て自分の推論が当たっていた以上に、俺は熱い何かがこみ上げてくるのが感じた。

「その、通っているかずっと不安で、でも教室で眺めていたら変な顔になってそうで。図書室の鍵は委員の持ち回りで管理していたので、ここなら大丈夫だと思って」

「そんなルールになっていたのか」

「はい。古見先生が自分で管理するの面倒だからって」

 おい。古見先生、それは駄目だろ。

 心の中で突っ込みを入れ、俺は本題に入る。

「まぁ、図書室での出入りが許されているならば俺がとやかく言うことはないが、その、どうだったんだ?」

「え?」

「いや、その、すまん。聞くべきなかったな」

「・・・・・・通っていました。一次選考」

「本当か!?」

 思わず大声を出してしまい、俺は取り繕うように咳払いをする。

 いや、だって凄いだろ? 俺自身、文才はないと自負している。一条蓮花が現役時代にアドリブ用の台本を考えてくれと言われたこともあったが、それは酷いものだった。

 それにちらっと見た先ほどの投稿サイトの総応募数は七千を超えており、そのうちに一次選考を通過した人は五百人前後だったはずだ。

 ・・・・・・いや、やっぱりすごいことだ。それに最上に小説を書く一面があると思っていなかったから余計に驚きだ。

「大谷先生?」

「すまん。いや、本当にすごいなと思ってな。俺の中でも演劇と繋がったというか」

「まだまだ一次選考なので、でもそうですね。はい。嬉しいです」

 小さくはにかむ最上は大事そうにスマホを抱きしめ、気づいたように「演劇?」と呟いた。

「演劇ってもしかして学園際のことですか?」

 先ほどまで晴れやかだった表情が曇り、最上は顔を逸らした。

「すみませんでした。あれ、その、勢いで書いてしまったんです」

「勢いって」

「だから私のは、破棄でお願いしますっ」

 踵を返し、パタパタと走り去っていく最上の背に声をかける暇もなく、図書室には俺だけが

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担当していた元天才子役少女が俺の担当クラスにいる目立たない生徒で、俺は教師だった件 蒼機 純 @nazonohito1215

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